表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

予見の代償

作者: ken

予見の代償


東京の郊外にある小さな研究室は、日が傾き始める午後の光に包まれ、静かな空気が漂っていた。研究室の中は、壁に掛けられた数々の発明品のスケッチや賞状に囲まれ、長年の歴史と成果が重く積み重なっている。埃を被った古い顕微鏡、何度も開かれた形跡のある分厚い科学書、そして未完成の装置が雑然と並ぶ様子からは、博士の絶え間ない探求心と情熱が感じられた。研究室の隅では、電球がチカチカと点滅し、機械の微かな音が空間に響いている。これは、長い年月をかけて築かれた知識と夢の舞台であり、数々の成功と失敗がここで生まれ、博士をさらなる高みへと導いてきた。


博士は、その中央に立ち、目を輝かせながら最新の発明である"ミライスコープ"を手にしていた。彼の顔には、長年の研究がついに形となった満足感と、それがもたらす未来への期待が同居している。シンプルだが未来的なデザインのメガネは、淡い金属光沢を放ち、レンズの内部には複雑な電子回路が透けて見える。博士はメガネを持つ手を慎重に調整しながら、未来が見えるという信じ難い力を秘めたその装置に、自らのすべてを込めたような誇らしさを感じていた。


「私の長年の研究で導き出した定理を応用することで、この眼鏡は未来を見ることが可能なはずだ…」


彼は微かに震える声で独り呟いた。過去に直面した無数の失敗や挫折を思い返しつつも、彼の瞳には新たな挑戦への強い意志が宿っていた。


しかし、博士は自分自身ではこの眼鏡を試さなかった。彼は、未来を知るという力に対する深い畏怖を抱いていたからだ。もし自らの未来を知ってしまえば、それが自分にとって良きものであれ、悪しきものであれ、その知識が行動を歪める可能性があると考えたからだ。


「この力は、人類全体のためにあるべきものだ…」と、彼は固く心に決めた。


そこで、彼は親友である佐藤にこの発明を試してもらうことを決意した。佐藤は古くからの友人であり、彼の研究に対して常に理解を示し、時には的確なアドバイスを与えてくれる存在だった。博士はミライスコープを丁寧に箱に収め、慎重に車に乗り込んだ。そして、佐藤の家に向かう道中、彼は未来を知ることが人類にどのような影響を与えるのか、さまざまな思考を巡らせていた。人々は運命をより良い方向に導くことができるだろうか、それとも知識が新たな不幸を招くのだろうか。博士の心中には期待と不安が交錯していた。


佐藤の家は、博士の研究室から車で30分ほどの距離にある静かな住宅街に位置していた。この街は、古くからの住民が多く住む落ち着いた場所であり、街路樹が並ぶ穏やかな通りには、幼い頃の思い出がよみがえるような懐かしさが漂っていた。佐藤の家は、周囲の家々と比べてやや古びているが、手入れの行き届いた庭には季節の花が咲き誇り、彼の几帳面な性格が感じられた。玄関には小さな鈴が掛けられており、来客を迎えるたびに、ささやかな音色が響く。


博士が到着すると、佐藤は玄関で待っていたかのようにすぐに現れ、満面の笑みで迎えた。


「博士、今日はどんな驚きの発明品を持ってきてくれたんだ?今度は何だろう、モノを大きくするライトか、それとも動物と話せるヘッドセットか?いや、もしかしてまた例の無限に切れないハサミかい?」


その瞳には、いつものように好奇心が宿っている。佐藤は、博士の発明に対して常に尊敬と興味を持って接し、新たな発明品を目にするたびに驚きと興奮を隠せなかった。


博士は慎重に箱を開け、ミライスコープを取り出した。佐藤は、目の前に差し出されたメガネをしばらく凝視した後、ゆっくりと顔を上げた。


「メガネかい?」


佐藤は眉をひそめながら尋ねた。


「これは…ただのメガネじゃないんだ。」


博士は少し神秘的な口調で続けた。


「これを通せば、未来そのものが見える。私たちが今まで知ることのできなかった、これから起こる世界の全てが…」


佐藤は戸惑いながらも興味津々に問い返した。


「それってつまり…未来を見通せるってことか?」


博士はゆっくりとうなずきながら、言葉に重みを持たせた。


「そうだ。これで、運命すらも垣間見えるんだ。」


佐藤は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに期待と興奮がその顔に広がった。


「それなら、さっそく試してもいいかい?」


博士は微笑みながらうなずいた。


「もちろんだ。君が世界で初めて未来を見た人物になるんだ。有意義な未来にしてほしい」


佐藤は慎重にメガネをかけ、深呼吸をしてから目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けた瞬間、レンズを通して彼の未来が映し出された。


佐藤の目に映ったのは、倒れている自分自身だった。全身に広がる鮮血が床に染み込み、顔には深い傷が刻まれている。右足は不自然な角度に曲がり、左手はかすかに動くだけ。頭部から滴る血が視界を赤く染め、周囲の車両が止まることなく彼の横を通り過ぎていく。遠くから、救急車のサイレンの音が微かに響いていたが、救いの手は届かない。痛みや恐怖が身体を支配するかのように、佐藤はただその光景を見つめ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。彼は恐怖に震え、言葉を失った。メガネを外した佐藤は、震える声で博士に問いかけた。


「これは…まさか、本当に未来なのか?」


博士は、佐藤の震える手と蒼白な顔を見て、ただ事ではないと直感した。佐藤の視線はメガネから外れ、どこか遠くを見つめている。博士は静かに、しかし慎重に尋ねた。


「何が見えたんだ?どんな未来だった?」


佐藤は目を伏せ、一瞬口ごもった後、低い声で答えた。


「…交通事故だ。車にはねられて、血まみれで倒れている自分の姿が見えたんだ。まるで現実そのものだった…」


博士はその言葉に動揺を隠しきれなかったが、あえて冷静さを保ち、ゆっくりとうなずいた。「そうか…」彼は一瞬、思案するように視線を下げたが、すぐに佐藤の目をしっかりと見据えた。


「佐藤、落ち着いて聞いてくれ。それは…あくまで未来の一つの可能性だ。見たことがすべて現実になるとは限らない。未来はまだ、君の選択次第で変えられるはずだ。」


博士の声は静かだが力強く、その言葉に込められた信念は、佐藤にかすかな希望を与えようとしているかのようだった。しかし、佐藤の表情にはまだ深い不安が残っていた。


佐藤は、未来を知ることの恐ろしさに打ち震えながらも、何とかその運命を変えられないかと必死だった。交通事故のビジョンは鮮明に脳裏に焼きつき、夜になると夢にまで現れた。汗でびっしょりになって目を覚ますたびに、彼は胸の鼓動が早鐘のように響くのを感じた。逃げ場のない恐怖に追い詰められた佐藤は、自宅に閉じこもる決意を固めた。外の世界には、彼の命を脅かす運命が潜んでいるように思えたからだ。


自宅の窓は、昼夜を問わず厚いカーテンで覆われた。カーテン越しに入ってくるわずかな光さえも、彼には外界の危険を思い起こさせるようであり、部屋は常に薄暗いままだった。空気が重く湿った部屋の中で、佐藤は人の気配や車の音がするたびに怯えた。誰かが訪ねてくると、彼はドアの前で固まり、息をひそめて耳を澄ませた。玄関の鍵は三重に掛けられ、その金属音が彼にわずかな安心感を与えたが、それでも完全に不安が消えることはなかった。


郵便物ですら、佐藤にとっては潜在的な脅威となった。玄関に置かれる音がすると、彼は慎重に扉の隙間からそれを引き寄せた。ドアの外の風景が見えないように、目線を下に向けたまま、ゆっくりと手を伸ばす。その動作は、まるで見えない敵に怯えるかのようだった。食料や生活必需品の調達もすべてオンラインで行い、玄関先に置かれた荷物は、配達員が立ち去るまで決して開けなかった。外出のリスクを徹底的に排除することに彼は執念を燃やしていたが、それでも未来への恐怖は消えるどころか、さらに増していった。


部屋に閉じこもる生活の中で、佐藤は日に日に憔悴していった。食事の量は減り、髭も伸び放題になり、鏡に映る自分の顔に疲労の色が濃く浮かんでいた。瞳は暗く沈み、かつての生き生きとした表情は消え失せていた。彼は未来を変える決意で行動していたが、実際にはその恐怖に完全に支配されていた。


毎朝、佐藤は目が覚めると、まずは耳を澄ませた。部屋の静けさが変わっていないことを確認し、深く息を吐く。時計の秒針が規則的に刻む音が、彼の不安な心をかろうじて落ち着かせる唯一の音だった。ゆっくりとベッドから体を起こし、彼は慎重に部屋を見渡した。カーテンの隙間から差し込むわずかな朝の光にさえ、何かしらの危険が潜んでいるように思えた。


彼はその後、戸締まりを確認するために、玄関へと向かった。ドアノブを何度か引っ張り、鍵がしっかりと掛かっていることを確かめる。その動作はまるで儀式のように毎朝行われ、それが少しでも彼の心に安心感をもたらしてくれればと願っていた。だが、鍵の音すらも、心の底に潜む不安を完全には取り除けなかった。


一日の大半を家の中で過ごす佐藤は、読書や映画鑑賞に没頭することで、現実の恐怖から目を逸らそうとした。しかし、ページをめくるたび、映画のシーンが切り替わるたびに、未来のビジョンが頭をよぎる。ふとした瞬間、心の中に染み込むようにあの交通事故の映像が蘇ると、彼は本を閉じ、テレビを消してしまう。どれだけ物語の世界に没頭しようとしても、現実の恐ろしさは彼を離さなかった。


そんなある日の午後、佐藤は窓辺に腰掛けて、一冊の古びた小説を手に取っていた。曇り空は重く垂れこめ、風は湿気を帯びており、遠くの空には雷雲が見え隠れしていた。窓ガラスにはわずかな水滴が付着し、雨が今にも降り出しそうな気配が漂っている。薄暗い部屋の中で、小説のページをめくる佐藤の手は、どこか無意識に震えていた。


その時、静寂を破るように遠くから車のエンジン音が響き渡った。それはいつも耳にするような穏やかな音とは明らかに異なり、どこか焦りと怒りを孕んだような、荒々しく不安定な音だった。佐藤は瞬時に胸がざわつくのを感じ、握っていた本を膝の上に落とした。音の方向に意識を集中し、心拍が急に速くなる。


「何かがおかしい…」彼は心の中でつぶやき、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。エンジン音は徐々に大きくなり、音の質感がさらに不穏なものに変わっていく。佐藤は窓の外を見つめたが、曇天の中にある通りはよく見えず、不安だけが募るばかりだった。


やがて、鋭い急ブレーキの音が突如として響き渡り、その直後に鈍く大きな衝撃音が続いた。音の激しさに佐藤は反射的に立ち上がり、「まさか…」と声にならない言葉をつぶやいた。心臓は激しく脈打ち、全身に冷たい汗が滲む。恐怖に足がすくみながらも、彼はゆっくりと窓の方へと歩み寄った。手は震え、窓枠に触れるとさらにその震えが強まった。窓を開けた瞬間、目の前の信じ難い光景が彼を直撃した。


制御を失った車が猛スピードで彼の家に向かって突進してくる。タイヤがアスファルトをこすりつけるような音を立てながら、車はわずかに蛇行しつつも、直線的に迫ってきた。次の瞬間、車は外壁を突き破り、爆音と共にリビングに侵入した。破壊された壁の瓦礫が四方に飛び散り、部屋の家具が粉々に砕けていく様子が、スローモーションのように佐藤の目に映った。


佐藤はとっさに身をかわそうとしたが、体は恐怖に固まっており、反応が遅れた。車は彼の体をはね飛ばし、彼は背中から床に叩きつけられた。激しい痛みが背骨から全身にかけて駆け巡り、息が詰まったように呼吸が困難になった。痛みの波が次々と襲いかかり、全身が痺れ、視界がぼやけていく。


家具は木片と化し、テーブルの脚や椅子の背もたれが飛び散り、床一面に散乱している。ガラスの破片は太陽の光を鈍く反射し、どこか不気味な輝きを放ちながら、床のあちこちに散らばっていた。壁に掛かっていた写真や時計も床に落ち、割れたガラスやフレームが無残に壊れていた。煙がゆっくりと部屋に充満していた。彼の意識が徐々に遠のく中で、博士の言葉が頭の中に響いた。


「未来はまだ、君の選択次第で変えられるはずだ…」


しかし、その言葉は今、虚しく響くだけだった。自分が見た未来は、変えることができなかった現実となり、佐藤を襲った。その残酷さに気づいたとき、彼は無力感に打ちのめされ、目を閉じた。


救急車が到着し、佐藤は重傷を負ったまま担架に乗せられ、病院へと搬送された。救急隊員の声やサイレンの音が耳元で遠くぼんやりと響いている。意識が完全に失われる直前、彼はただひとつの思いが頭の中に巡った。


「未来を見ることは、必ずしも幸せをもたらすものではないのかもしれない…」


佐藤の事故の知らせを聞いた博士は、その場で膝が崩れ落ちそうになるほどの衝撃を受けた。電話越しに伝えられる佐藤の重傷の詳細は、博士の胸に鋭く突き刺さった。手が震え、冷や汗が額ににじむのを感じながら、博士は自分の耳を疑ったが、否応なく現実を受け入れざるを得なかった。


「私のせいだ…」博士は震える声でつぶやき、頭を抱え込んだ。彼の目に浮かぶのは、佐藤の痛ましい姿だった。ミライスコープがもたらしたのは人々の幸福ではなく、予測すらしなかった悲劇だった。博士は、自分の手で生み出した装置が、取り返しのつかない事態を引き起こしたことに対し、深い後悔と自己嫌悪に苛まれていた。


博士は、ミライスコープが置かれた机の前に立ち、しばらくその複雑なデザインをじっと見つめた。過去の成功や希望に満ちた日々が一瞬、脳裏をかすめたが、今の彼にはもうその輝きは見えなかった。目の前にあるのは、人を不幸に導く危険な発明品でしかなかった。


彼は深く考え込んだ。佐藤の事故をきっかけに、これまで自分が信じていた「未来を見る力」が、単なる可能性の予知ではなく、見た未来をそのまま現実に引き寄せる恐ろしい力である可能性に思い至ったのだ。彼は机の上に置かれたミライスコープを手に取り、その複雑な回路を凝視した。発明に込めた理論を思い返しながら、これまでに見たことのない角度から考察を重ねた。


「もし、未来を“見る”という行為自体が、その未来を確定させているのだとしたら…?」


博士は心の中でつぶやき、背筋に冷たい悪寒が走った。思い返せば、佐藤が見たビジョンは正確に現実の事故となって再現された。見た未来を回避するためにどれだけの対策を講じたとしても、結局はビジョン通りの結果が生じてしまったことを、博士は無視できなかった。未来の予知が単なる可能性ではなく、実際にその未来を現実に押し付けているように思えたのだ。


「まさか…これは未来を“見る”のではなく、“創り出す”装置だったのか…?」


博士の声は震え、冷や汗が額に滲んだ。彼の頭には、自分が想像すらしていなかった恐ろしい事実が浮かび上がり、体が一瞬にして硬直した。その瞬間、博士の目にはこれまでとはまったく異なるミライスコープの姿が映った。未来を見るための革新的な発明ではなく、見た者の意図に関係なく未来を確定させてしまう装置として、それは今や災厄そのものだった。博士の手はわずかに震え、心には強烈な罪悪感と恐怖が湧き上がってきた。


「このままでは…人々をさらなる不幸に巻き込むだけだ…」


博士は恐怖と後悔の入り混じった声でつぶやいた。彼が目指していた人類の幸福のための発明が、反対に人類を危険な運命へと導く装置に変わってしまったことが、痛いほどに明確だった。博士はミライスコープを手に取り、今一度決意を固めた。彼は深い息をつき、ミライスコープを破壊する準備を始めた。未来を見せるのではなく、未来を確定させる力を持つこの装置を、二度と使えないようにするために。博士は、迷うことなくミライスコープを破壊する準備を始めた。机の引き出しから工具箱を引き出し、その中から重い金槌を取り出した。彼はその冷たい柄をしっかりと握り締め、ミライスコープに視線を固定した。顔には深い決意と悲壮感が浮かんでいた。


「こんなものが存在してはならない…」


博士は、かすかなためらいを振り払うように、金槌を振り上げた。しかし、その瞬間、研究室全体が突然、異様な振動に包まれた。ミライスコープが青白い光を放ち始め、部屋の空間がまるで波打つように歪んでいく。揺れる床に足を取られながらも、博士は必死に金槌を握り直した。


「何が起こっているんだ!」


目の前のミライスコープは、光をさらに強く放ち、空間全体を不規則に震わせていた。博士は目を見開き、この異常現象の原因を探ろうとしたが、まるで次元の歪みが生じているかのような感覚に襲われた。頭の中が混乱し、足元がぐらつく中、博士は自分の立場を保とうと必死だった。研究室の壁が激しく音を立てて崩れ始めた。天井からは砂埃が舞い降り、所々に亀裂が走っている。次々と壁材が剥がれ落ち、瓦礫が床に散乱し、博士の足元を取り囲むように積み重なっていく。研究室全体が崩壊に向かう中、博士は恐怖に駆られながらも必死に逃げ道を探した。


「こんなはずじゃなかった…!」


巨大な天井の一部が彼の頭上に崩れ落ち、博士は瞬く間に下敷きとなった。彼は痛みに耐えきれず、地面に崩れ落ちた。胸に走る激痛が息を詰まらせ、体の力は次第に失われていく。それでも博士は、最後の力を振り絞り、目の前に転がるミライスコープを見つめた。レンズは青白い光を放ち続けており、その光はまるで未来そのものを嘲笑うかのような冷たさを帯びていた。博士は苦しげに顔を歪め、かすれた声で呟いた。


「こんなことが…あってはならない…」


意識が薄れゆく中で、博士の目に映るのは崩れ去る夢の残骸と、破壊しようとして果たせなかったミライスコープの冷たい輝きだけだった。研究室が完全に崩壊し、瓦礫と埃に覆われた後も、ミライスコープだけは奇跡的に無傷で残っていた。崩壊の中でさえ、その静かな輝きは消えることなく、未来を見続けていた。誰にも止められることなく、青白い光は淡々と明日を映し出し続けていた。



ある日、ニュース番組は突然の緊急速報を伝え始めた。


「本日未明、東京郊外にある研究所が原因不明の崩壊を起こし、研究者が死亡した模様です…」


画面の中でアナウンサーが厳しい表情で告げる。崩壊原因の解明は進展せず、次第に人々の関心から遠ざかっていった。しかし、この不可解な研究所の崩壊を境に、世界各地で異常な事態が頻発するようになった。最初に目立ったのは、都市部での奇妙な交通事故の増加だった。何の前触れもなく信号が故障したり、車が制御を失って暴走する事例が相次いだ。道路は混乱に陥り、住民たちは日常的な移動すら危険を感じるようになった。


それだけではなかった。各国の政治情勢も突然不安定さを増し、首脳たちは突如として予想外の外交方針を打ち出すようになった。国家間の緊張は高まり、わずかな火種で対立が激化する場面が増えていった。外交会談が次々と破談になり、世界は新たな不安定さに直面した。経済市場もまた異常な動きを見せ始めた。株価は短期間での急騰や暴落を繰り返し、投資家たちはその予測不能な動向に振り回された。市場は冷静さを失い、恐慌状態に陥ることさえあった。市場の専門家たちもこの異常な事態の原因を特定できず、経済の不安定さは日々増すばかりだった。自然環境にも異常が続いた。地震や津波、竜巻といった自然災害が立て続けに発生し、これまでの常識では捉えきれない現象が次々と人々を襲った。従来の気象予測はまったく役に立たなくなり、突如として現れる災害に多くの人々が戸惑い、恐怖に包まれた。その中でも最も不気味だったのは、原因不明の伝染病が発生したことだった。病原体の正体は依然として解明されておらず、各国の医療機関は対応に追われて混乱に陥った。医療崩壊の危機が迫る中、世界中で不安が広がっていった。この一連の異常事態に対して、科学者や政府関係者たちはさまざまな仮説を立てたが、いずれも納得のいく説明には至らなかった。人々は何か見えない力が世界を操っているかのような感覚に襲われ、確かだったはずの現実が崩れ去っていくような不安感を抱くようになった。誰もが薄々感じていたが、あの研究所の崩壊を境に世界は何かが変わり始めた。しかし、何がそのきっかけなのか、誰にも知ることはできなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ