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「そうか。行ってくればいいじゃないか。一人暮らし羨ましいぞ」
「お母さんビックリしたわ~。実は、調教師の才能をかわれて特待生なんて。しかも一人暮らしの資金を全面負担してくれるなんて」
二人はにっこり笑顔でそう言った。
直樹は嘘を吐いた所為で良心がチクチク痛んでいるのだが、そこは無視する。
直樹が吐いた嘘とはこうである。
「いや~。飛びかかって来た猫をこうパッ! と宥め賺したら、「OH! 君には調教師の才能がある! 僕と一緒に頂上 を目指そう!」ってオッサンがさぁ~。学費も住居も面倒みてくれるってさ」
なんとも胡散臭い内容である。
それをいとも簡単に騙される直樹の両親はピュアな心の持ち主なのだろう。
息子の直樹としてはかなり複雑な心境である。
「はあ」
詐欺なんか心配になるが敢えてそこは無視させてもらう直樹である。
郵便で来た手紙には、住居の住所などが、細かに書かれていた。
…… (笑) を三十回程度使って。
そして例によって例の如くビリビリに破り捨てた。
そして、引っ越し前日。
「いやぁ。一人暮ら……同棲かぁ」
バシン! と頭を叩く。
「アンタホント何言ってんの!!? ど、どどど同棲ってそんな関係じゃないじゃない!」
顔を真っ赤にしながら両腕をぶんぶん振っている。
「いや、焦り過ぎ。ガキ以下だぞ?」
「毛玉アタァァァァァッッッッッッック!!」
「うぎゃあああああ!!」
毛玉を思い切り喰らった直樹は意識朦朧としながらも起き上がった。
そして、顔を赤く染め上げながらシャル。
「キ、キスしなさいよ」
頬を桜色に染めてつっけんどんに言う。
ふっ、と一つ息を吐き出し、
「ふざけんなよテメエ! 毛玉を当てた上キスしろだぁ?」
魔力を与える儀式の事を『キス』と名付ける事にしたのだ。
「アンタが今日、友達と遊びに行ってるから魔力が沢山減ってるの!」
魔力が供給されるのはやはり、半径十メートルの間だけらしいのだ。
「分かったよ」
肩に手を置く。
「キスするからな」
「キスキス言わないでよ馬鹿!」
「ごめんごめん」
顔を徐々に近付けていく。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
冗談や比喩ではなく心臓の音がシャルに聞こえるかと思った。
桜色のふっくらした可愛らしい唇。
潤んだ瞳は今か今かと閉ざされている。
徐々に徐々に近付けていく。
吐息が顔に当たる程の近くで。
ピタリと止まる。
額には脂汗をたぎらせながら。
「猫に戻ってくれ」
か細く呟く。
マジックのように猫が現れる。
直樹は猫を見ながら苦悩する。
(俺のボケ! アホ! 何でだ!? くそぅ! 俺のヘタレェェェ!)
ムギャア!
「んじゃ」
気を取り直し、キスをする。
チクチクする毛も今は安堵の象徴のようである。
「おに、お兄ちゃん、またァァァァァ!?」
「違う誤解ぶべらっ!」
縮地の如き速さで距離を詰めると、パンチ、蹴り、蹴り、パンチ、噛みつき!
必殺技が炸裂した。
―――――――
夕飯 (シャルは猫になって、キャットフード) を食べて、直樹は居間でゴロゴロしていた。
「この家ともお別れか」
感慨深げに言う。
「直樹」
直樹のお父さんが声を掛けて、座る。
「調教師のあれ嘘だろう?」
ピクリと反応する。
お父さんやお母さんにはどうぶつの事を知って欲しく無い。
知れば、戦うかもしれないと知れば、止めるから。
もしかしたら、戦いに参加なんて馬鹿な事をするかもしれないから。
いや、どうぶつの存在を知れば心配するから。
コレが一番の理由。
直樹は心配なんてして欲しくないのだ。
だから、嘘を吐く。
「嘘じゃ」
「まあ、直樹が決めたのならそれで良いけどな」
「そうそう、直樹が決めたのならね」
直樹の嘘を遮るように、止めるように、優しく言う。
「おわっ! お、お母さんいつの間に!?」
と、この空気に耐えれなくなった直樹のお父さんがおどけて言う。
直樹は二人の、両親の優しさを噛み締めながら言う。
「ありがと」