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薫は部屋に籠もり、「お兄ちゃん何て猫に興奮してればいいんだ。変態兄貴!」と取り合ってくれないので新たに『変態兄貴』の称号を頂戴した直樹はとぼとぼと自分の部屋へ向かったのだった。
「はあ~~あ。終わった、終わったよ俺。薫に完全に嫌われた……は、は、は」
勉強机 (勉強など全くしていないが) に、突っ伏して陰気なオーラを出している。
猫がぺちぺちと掌で頭を叩くと、
「うう、ホントどうしよう……」
と簡単に深く深く、落ち込んでいく。
飼い主に捨てられた犬か、借金返済の目処が全く立たない社長のような落ち込みっぷりだった。
因みに猫は、直樹の小豆色の地味なジャージを着ている。
「猫にキスしてんだもんなぁ……そりゃあ、変態兄貴のレッテルぐらいつくよなぁ…………」
深海にして三千メートル程沈んだ頃、
『私立風鈴高等学校』
というプリントが見えた。
そういえば学校で貰ったけなぁと思い出す。
新設して三年の高校らしい。
友達も行くって言ってたのに、今の今まで忘れてたので友達に心の中で謝罪する。ついでに学校にも謝罪しておく直樹。
「あ~……お前も学校行くんだぞぉ…………」
ローギアのままで呟くように言う。
「へ? 私が? 猫だよ私」
驚きで一杯にしながら、聞き返す。
「そうそう、行かなきゃなんねぇの」
「何で?」
「色々あったんだよ」
「まさか、私を見つけ出したあのレーダーと関係あるの?」
「風鈴高校を通う代わりにレーダーを渡してやるっていう交換条件でな」
「直樹も行かなきゃいけなくなったの……?」
「ああ」
う゛、と申し訳なさで一杯になった猫は素直に謝る事にした。
「ごめん」
「へ?」
それに対し、謝られるという事を予想していなかった直樹は素っ頓狂な声をあげてしまう。
「何よ「へ?」って」
不満そうに口をへの字に曲げて言う。
「ごめん、まさか謝られるとは思わなかったからさ」
「まあ、別にいいんだけどね。それよりさっきから何書いてんの?」
「お前の名前」
「ほぇ!?」
ほら、と紙を渡す。
『次郎・太郎・タマ・NEKO・花子・吾郎・五郎・隆一』
「どうだ? いい名前だろう?」
ビリビリビリビリビリビリビリビリッッ!
「ぬぁぁぁぁぁ!? 何故に無言で細かく破っていくんですか!?」
「私は一応女の子なのよ?」
「雌ッスね」
「女の子」
「頬を引っ張るな! 頬を!」
「お・ん・な!」
「そふれすね…………ほれがどふかしたんれふか」
「五郎とか隆一とかとにかく男の名前なのよ!?」
「いやいや! 花子とかあっただろ!? 第一候補はタマだけどな!」
「花子なんて古いわ! タマも猫丸出しじゃない! 雄の名前だし」
「わーったよ! 考えればいいんだろ! 真剣に!」
五分経過。
「…………」
「まだ?」
十分経過。
「んぐぐぐぐ…………!!」
「ふぁ~あ」
二十分経過。
「出よ! 俺のインスピレーション!」
「むにゃむにゃ」
三十分経過。
「おっしゃあ! 考えたぜ!」
「すーすー……」
フローリングの上で猫みたいに背を丸くして寝ている。
長い睫毛。
小さな可愛らしい唇。
フローリングに押し付けられている柔らかそうな頬。
「俺が考えてる間に寝てただぁ!?」
それら全てが忌々しく感じられた直樹は相当大物なのかもしれない。
すぅ、と肺に空気を溜める。
別に揺すって起こしてもいいのだが、せっかく考えたのだから、名前を呼んで起こしたくなったのだ。
「起きやがれシャルゥゥゥッッ!!」
ビリビリと空気が震える。
「……ふはっ!?」
目を白黒させながら、キョロキョロと辺りを見回す。
「えっと、『シャル』ってわ、たし……?」
自分の事を指差す『シャル』。
「シャルおはよう」
笑いながら言う。
「あ、うん。おはよ……直樹」
はにかみながら言うシャルは可愛いかった。
(言っとくけど少しだからなッッ!)
「お兄ちゃん……?」
キィとドアを開けて様子を見にくる薫。
「あれは向こうが勝手にやってきた事なんだ!」
直樹が言う。
「なっ!? あれは合意の上の事でしょ……ッッ!?」
「お前は黙れぇぇぇ!」
「お兄ちゃん……? 彼女だよ……ね? 口塞いじゃってるけど」
困惑したような表情で薫。
「違う違う。コイツは友達だよ」
「友達と裸で寝てたの!?」
「それはコイツが勝手に!」
「私とは中一から一緒に寝るのは駄目だとか言ってたのに!!」
「違うってコイツが勝手に来たんだよ!」
「んむーむー(アンタが連れ込んだんでしょっ)!」
「ふ~ん、胸なんて揉んだりしてたくせに?」
白々しいと冷たい視線を投げかける薫。
「それは、マシュマロと間違ったからでさぁ」
「どこの世界にマシュマロと胸を間違える馬鹿がいるっていうのよ!?」
「ここに居るんだけど……」
「まあ、いいや。なんとも思ってないの? その人」
「うんうん」
「じゃあ、その人の一方的な片思いなんだぁ」
「んむっ!? むーむーむーむー! (なっ!? 冗談じゃないわよ! だ、誰がこんな奴なんか!)」
「真面目な話なんだけどさ」
「どうしたの?」
急に真面目な顔つきになった兄に神妙になる薫。
「風鈴高校って所に行くんだけどな……」
「へ? 中山工業高校じゃなかったけ? 偏差値三じゅ」
「まあ! それでだ! 俺は向こうで暮らさなきゃならないんだ」
「へ?」
呆然と問い返す薫。
何で二度目の方が言いにくいんだ? と思いながら、言う。
現実を突きつける一言を。
「だから、こことは別の所で暮らすんだよ」
スッと何かが落ちた気がした。
「そうなんだ、ははは。元気でね。風鈴高校って確か近かったしぃ……」
「そうそう、たかが電車で一時間半だしな」
「じゃあ、ここで通えるじゃん」
希望に目を輝かせるが、直ぐに落胆の表情を見せる。
「無理だよね。もう、契約とかもしちゃってるだろうし……」
「ごめんな、薫」
「いや、別にいいんだけどね」
「遊びに来いよ……な?」
「うんっ!」
笑顔で、
「今日みたいに女の子と何かしてたら殺すからねっ☆」
ゾクウッ! と背筋に寒い物を感じた直樹はブンブン頭を振った。
縦に。
――――――――
「誰がアンタに片思いしてるのよッ!」
「仕方ねぇだろ? あん時はああするしかなかったんだよ。それより、いつ俺にキスしたんだ?」
「寝返りを打った時に」
顔を真っ赤にしながら言う。
「ほ~。それでキスしたと?」
怒気を含めながら言う。
「そ、それより優しいわよねっ! アンタの妹はアンタと違って!」
「おいおい、自分が不利になったからって会話を無理やり変えたよ……」
「う、うるさいわねっ!」
「まあ、そうだな。アイツは俺の事を一回も責めなかったもんな……。アイツは基本優しいしな。それが心配な時もあるけどな」
少し、優しい兄の顔になって直樹が言った。
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