4
狐と狩人。
猫と雀の関係は今まさにそれだった。
飛び散る鮮血。
滴る鮮血。
飛び交う刃のように鋭い羽根。
干上がる喉。
ガタが来始めた脚。
「ハッ、ハッ、ハ」
できる限り繁華街から離れ、路地裏、民家の屋根、人間の来ない場所を選び、逃げて行く。
今はすべり台とブランコしかない寂れた公園に居る。
三日間の間の直樹と猫との思い出の場所の一つでもある。
(ただ、歩いてただけなのに……!)
そう、直樹のもとを去った猫はあてもなくさ迷っていた所を襲撃されたのだ。
ブオオオン! というアクセル音。
バイクに乗って追ってくる、東条真弥が出している音である。
バイクなど入れない路地裏を選び逃げて行っても難なく見つかってしまう。
間違いなく雀の魔法で猫の居場所を教えているのだろう。
と、
ドスン! ダーツのように脚に羽根が突き刺さる。
「ギニャッ!?」
ズザザザザ! と顔から砂に突っ込んでいく。
「意外としぶとかったな」
と、真弥がヘルメットを外しバイクを降りる。
筋肉質な身体に短い髪をした男だった。
「おい! コイツを倒せば良いんだよな!?」
真弥は公園中に聞こえる程度に言う。
「そうですね。倒すというより、直樹君が来るまで此処から逃がさないだけで良いのでもう帰っていいですよ。金は払っておくので」
特に形容するべき所がない普通の男が言う。
谷口である。
「その坂本って奴はよぉ、何でコイツを捨てたんだ?」
顎で猫を指す。
「気味悪がって捨てたって奴も居たし、どうなんでしょう?」
猫は痛みで朦朧としてきた意識の中で直樹の事を思い出す。
この公園に来たのは二日目。
直樹がずっと家に居たら退屈だろ? と連れてきたのだ。
別に特別な事をした訳ではない。
でも、猫にとっては掛け替えのない大事な時間だったのだ。
「此処かッッ!」
と、直樹が息も切れ切れで走ってくる。
どうやら、大分走ったようだ。ジーンズの裾は泥で汚れている。
猫はそれを嬉しいとは感じ無かった。
ただ、
『何でこんな所に居んのよ!』
ただ、怖かった。
「喋れんの? ……って怪我してんじゃねぇか! 大丈夫か?」
僅かに顔を強張らせながら言う。
『テレパシーのようなもんよ!』
「そういや、頭に響いてくるな――じゃねぇよ! 怪我してんじゃねぇか! って言ってんだよ!」
「オイ、坂本」
真弥が言う。
「うるせぇ!」
直樹は猫を抱えて、無理やりに笑みを浮かべて言う。
「今病院に連れてってやる。動物病院かやっぱ……ははは」
ドロリとした血が腹から見えた瞬間、笑みは崩れ落ちる。
「捨てたんじゃねぇのか?」
「捨ててなんていねぇ!!」
頭の中で病院への最速ルートを考えて言う。
「なら、何故松田さんからあんな命令が出たんですかね……」
ピクリと反応する。
「松田だと?」
(雀を使ってコイツを襲わせたのか)
ふざけやがって……。
「……ッッ!」
つー、と血が腕に流れてきたお陰で今やるべき事を思い出した。
「病院に行かねえと! 頑張れよ! 今病院に連れてってやるからな!」
「吐き気がする」
暫!
「あ……、は?」
地面がスッパリと斬れていたのだ。
直樹の目の前には冷たい目をした女性。
美人と呼ばれる部類に入るだろう。
どうぶつが擬人化したのだろう。
しかし、直樹が見ていたのは手に持っている羽根。
日本刀くらいの長さで茶色で白の縞模様のついている羽根。
毛が付いていない白い茎のような部分を柄にして持っている。
「クソ……」
日本刀のように鋭そうな羽根。
否、日本刀よりも鋭い羽根。
地面をも斬れる羽根を持った敵。
こんなバケモノに勝てる筈がない。
「今更、善人ぶって?」
ヒュン! と羽根を横薙に振るう――前に直樹はバックステップをして回避する。
「響!?」
真弥が驚くように言う。
女性の名前は響というらしい。
ああ、アイツ名前になけりゃあ、俺もアイツに名前やらないとなぁとボンヤリ思った。
「今更、」
何か苦しい事を思い出したように泣き声で言う。
羽根を縦に振るう。
直樹は羽根に目をやりながら、バックステップを続けて回避していく。
「回復したら! また、捨てるんでしょう!?」
殆ど、泣きながら突く。
バックステップをするが、少し腹に刺さる。
「く……あ……」
シャツにじんわりと血が張り付くのを感じながら紡ぐ。
「んな訳……」
苦痛に歪んだ顔をしながら縦に振るう。
「ねぇだろうがぁぁぁ!!」
右方向に二歩踏み込み、苦しんでいる響を助ける為に頬を殴る。
「ッッ……!」
そのまま、響はガン! と頭から地面に激突する。
「コイツがこんな事に巻き込まれてんなら俺がコイツを捨てる訳ねえだろ?」
全世界に宣言するように言う。
「俺はコイツの主人だから」
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