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「やっぱ、帰って来てねぇか」
部屋に帰って来てるかな、などと思っていた訳ではない。
訳ではないが期待はしてしまう。
宝くじを買った時の感覚に似ている。
三億など当たる筈もないが、夢を見てしまうあの感覚。
「アイツ何だったんだろ?」
猫が人間になるなんて異質過ぎる。
どんな、超常現象だよとツッコミたくなる程の異質な存在。
「まあいいか、二度と会う事も……」
ねぇしな、と心の中で呟く。
ピンポーンという間延びした音。
母さんは買い物、父さんは仕事、妹は遊びに行っている。
直樹は仕方なさそうに立ち上がり、インターホンに呼びかけてからドアを開ける。
「は~い」
立っていたのは男性と女性の二人。
「何ですか?」
「少し話がしたいのだが? 君の猫について……ね?」
人を馬鹿にするような、全てを見透かしたような笑みを浮かべて言う。
内心驚くが、顔に出さずに言う。
「何の事だ?」
「隠さなくたっていいさ、『どうぶつ』の事は知っているつもりだからね? ほら名刺」
直樹は名刺を貰い、読む。
どうぶつ調査会会長。松田潤
そして、電話番号とアドレスが書いてあった。
「は? どうぶつ調査会会長?」
そんなもん在ったか? いや、自分が知らないだけかも知れない。
調査会っつーことはやっぱり調査してんだよな。
と、直樹が困惑していると、松田が思考を遮るように言う。
「ゆっくり話がしたい。チェーンロック外してくれないかい?」
「分かった」
あの猫の事を知ってる以上、話を聞くべきだろう。
間違いなくアイツのように動物から人間になれる奴は居る。
チェーンロックを外し、二人を居間に上げる。
畳に座布団を置き座らせる。
「動物がどうしたって?」
「『どうぶつ』『う』の所を上上がりで言う。書くときはひらがなだ。一応国家機密なんでな。安直な名前もそのためだ。因みにどうぶつ調査会は国が極秘に立ち上げた『会』だ」
「あ~そう」
直樹は聞き流す。
国家機密だろうが『う』が上上がりだろうがどうでもいい。
先ずはアイツの、『どうぶつ』の事を知りたかった。
「で、どうぶつがどうしたって?」
「ノンノンノン。どう(↑)ぶつだ」
「どうだっていいだろうが! で、どう (↑)ぶつがどうしたって!?」
満足したのかふむ、と一度頷くと、
「花木、あれを」
松田が花木と呼ばれる女性に声をかける。
「はい」
眼鏡を掛けている。
冷ややかな瞳、端正な顔付き。
形容としては美人というのが正しい。
いかにも秘書という感じである花木は、ピンク色のファイルを松田に渡す。
「どうぶつというのわだ。キスで人間になる。これを擬人化とよんでいる。まんまだな」
「いや、アイツ勝手になってたけど?」
「例外はない筈だが?」
急に、サァァと顔が青くなる直樹。
「そういえば……寝てるとき何か当たってた気が……」
あれは夢じゃなかったのかぁぁ!? と頭を抑えてのた打ち回る。
「ああ、それだな」
「ああ、それだなじゃねぇよ! アイツ勝手になって…………動物にキスするなんて、ありえねえだろ?」
「まあ、落ち着け。ファーストキスが寝てる間とは不幸だったが。猫に噛まれたと思って」
「それを言うなら犬に噛まれたと思ってだろ」
力なく間違いを正す。
「思考能力はまだあるようだな。では続けるが、アイツらは魔力という糧を使い、人間になっている。魔力が切れるとジ・エンド。動物に戻ってしまう。またキスすれば良いだけだがな。キスは魔力をどうぶつにあげる儀式のようなものだ。因みに五件中五件が動物から人にキスしている」
「魔力って誰にでもあんのか? 魔力っつうと魔法とか思い浮かべるけど」
「誰にでもあるな。良し悪し、大小色々あるが。あと、魔法も使えるぞ」
「はぁ!?」
魔法も使えんのかよ。
いよいよ、バケモノ染みてきたな。
はぁと大きく溜め息を吐く直樹。
「但し、契約者であり、主人でもある直樹君の周り、半径十メートル以内でないと魔法は使えない。擬人化も行えない」
「じゃあアイツ今使えねえのか」
考えたら馬鹿らしい。
アイツはどこかに行ってしまったのだから聞いても意味なんてない。
チクリと何かが痛むが必死に気付かぬふりをする。
「そういえば、猫ちゃんは?」
と松田がキョロキョロ辺りを見回しながら言う。
「出てった」
「は? 出てった?」
松田は素っ頓狂な声を上げる。
まるで信じれないとでも言いたげな表情をして直樹を見る。
「家族とか居んじゃねえの」
「家族か……」
何故か考え込む松田。
「あぁ? 家族居たらおかしいのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが。今まで、とは言っても五件だけですが、その五件とも家族は居なかったですし、愛に飢えていました。ですから、『愛』にもしかしたら関係があるのではないかと。まあ、たった五件で決めつけるのは早計過ぎるとは思っていますが」
溜め息を吐く花木と松田。
猫に家族が居て、更に愛情を注がれて生きてきたならば考えが振り出しに戻る。
それを思うと溜め息が出るのも仕方がないというものだ。
「ふむ。今、どうぶつに襲われたら厄介だな」
『襲われたら』その不穏な言葉に心配になってくる。
「調査どころではなくなるな」
直樹は松田に詰め寄って訊く。
「襲われたらってなんだ? 襲われる必要があるのか?」
「いやそれは分からない」
人の心をネチネチと攻撃してくるような笑みを浮かべながら言う。
「ただ、「君達の好きなようにやればいい」と言っただけだからね? 暴力的な奴は力比べとかいう理由で猫ちゃんを傷つけるかも知れないねぇ?」
「なっ!? テメェェェェ!」
激昂し、松田の顔面を殴る。
ゴッ! という音が居間を支配し、松田は畳に叩き付けられる。
「ふざけてんじゃねえぞ! 何が目的だ!!」
「ふむ。君にも自由気ままにやって貰いたいと思ってるよ? それと、私の高校。『風鈴高校』に入って貰う。じっくりと調査したいからね?」
花木が用意していたティッシュを鼻に詰めて言う。
ふざけんなよと、奥歯を噛み締める。
「誰が行くか! テメェの指図なんざ受けねぇ!」
ルリリリリリリ!
とコール音でがなる。
「ああ、私からだ」
ニヤニヤ笑いながら、ケータイを操作する。
「おお、コレは大変だ」
芝居がかった口調でケータイを直樹に見せる。
「あ?」
写っていたのはボロボロの――
「あ、コレ……は」
茶色の毛並みをした可愛らしい猫は正しく、アイツ。
ゴミ箱に突っ込んだのか、生ゴミを背中にくっつけ、腹からは血が出ている。
後ろから雀が猫に鋭いナイフのような羽を投げつけている。
――どうぶつ。
「ここに、猫ちゃんを捜せる機械が有ります」
と松田は二十センチくらいの丸いレーダーのようなものを隣に置いてあるバッグから取り、直樹に見せる。
「人の魔力は指紋のようになっており、それを探知出来るのがこのレーダー」
直樹はレーダーを奪い取ろうとするが間一髪で松田が背中に回し、回避する。
「あの条件を呑むのなら、いいよ。貸してあげても」
一瞬も考える事無く言う。
「分かった」
今はあのアホを助けるのが先だ。
ニッ、と松田が笑いレーダーを渡した。
直樹はレーダーで猫の居場所を確認すると、
弾かれたように走っていく。
「あのレーダー本物ですか?」
「偽物だよ偽物。魔力を探知する機械じゃなく、あれを持ってる人の現在地を教えてくれる機械。でも担当に同じレーダーを渡しているから直樹君には関係ないさ」
やっぱりと安心したように一息吐いてから、
「雀というと、担当は谷口さんでしたか?」
「ああそうだ。彼には良い仕事をして貰った……っと魔力を探知する機械が新しい魔力を探知したぞ?」
ニヤニヤ笑いながら楽しそうに言う。
「では行きますか?」
「ああ、新たなどうぶつの誕生を祝いに行くとしよう」
全ては――調査の為。