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「じゃあな……戦友」
風鈴高校一年三組――辻元圭介 (つじもとけいすけ)が親指を立てて直樹に言う。
辻元はつい先日、506号室で繰り広げられた死闘を演じた同士であり、二次元萌えビア○カ派である。
補足だが最終的には、506号室に三十五人集まり、○アンカ派二十人。フロー○派十四人。デ○ラ派一人を交えての大乱闘となった。
直樹は今日たまたま、彼が風鈴高校の一年生だと知ったのだ。
「ああ、じゃあな。肺炎治せよ」
「おう。学校で最強の防具を教えてやるよ」
辻元はそう言って、看護士さん (女) の元に走った。
「あんた……下んない事で怪我増やしてんじゃないわよ!」
直樹の横でジト目になっていたシャルがガン! と直樹の頭を殴った。
いでぇ……。と頭を撫でながらシャルの事を睨み付ける。
「なんか、文句でもある訳?」
「べっつに~。心配してくれるんだな~。とか思っただけだけど?」
シャルは少し、疑問符を頭の上に浮かべた後、自分の言った事を考え――。
「あ、あんた馬鹿!? 深読みし過ぎなのよ! 自意識過剰万年発情男!」
ひでえ! と言いながら、やっぱり心配してくれてる訳じゃねえのか……。いや別に期待してた訳じゃねえよ?
とか、バレンタインデー過ぎた後の男子的感情に襲われる直樹は、思考のベクトルを完全に変え、別にいいもんね! 妹や、お母さんに貰えるし! あ……もしかしたら、麗奈から貰えるかも。
とか、考えていた。
不意に、全体が赤色の車が止まり、ドアを開けて美江が出てきた。
「あり? 美江さ――じゃなかった。美江がどうしてここに?」
直樹が驚きを口にする。
美江は正統派アイドルとして人気を博し、毎日多忙な筈なのだ。それなのに、ここに来たという事は……どういう事だろう? と首を捻って考えてみる直樹に美江は言う。
「それは、直樹の退院日が今日だって聞いたから」
直樹は三日間ずっと、寝ていたらしいのだ。
美江、シャル、マロが交代で直樹の事を見ていたのだ。
美江はその間の仕事を全て却下したらしい。
週刊誌によると、数千万の被害があったらしい (直樹はこの事を知らない) 。
しかし、仕事を却下した理由が自分を助けてもらった人を診る為だという事で、またまたファンが増えたのだとか。
直樹は美江をたっぷり十秒間見つめ、
「ぇ」
間抜けな声を発した。
「迷惑だった?」
親に叱られた子供みたいに言う美江に物凄い罪悪感を感じた直樹は、
「全然、全然! 全く! 美江みたいな――」
直樹は慌てて止める。
美江みたいな可愛い女の子が退院日に来てくれるなんて、とか言おうとしたのだが、恥ずかしくて言えない。
直樹の頬が赤くなっていく。
「どうしたの?」
顔を直樹に近づけてて言う。
「はばっ!?」
「はばっ?」
「はばっ、ばばばるらわ!」
「え? 何?」
ヤバい! 俺の言語能力と精神力が! と、美江から逃げるようにシャルの背中に隠れる直樹。
? と訝しそうにシャル。
? と悲しそうに美江。
「どうしたのよ?」
シャルが訊く。
「いや、何でもない」
と、深呼吸。
「ええっと……」
どう声を掛けていいか迷っている美江を見て、直樹は決心する。
そうさ。美江はアイドル何だし、言われ慣れてるに決まってる。
なら、言っても問題ないじゃないか。
「可愛いからつい緊張して……ははは」
かなり早口で言ってから、よっしゃぁ! 言えた! 今、言えたぁ~! と心の中でガッツポーズをする直樹。
「あ、ありがとう……直樹も格好良かったよ……」
顔を赤くしながら恥ずかしそうに言う美江。
「はぅ?」
格好良かったよと赤面というダブルで予想外の事が起こった為に、脳がショートする。
「格好良かったよって……どういう?」
「助けてくれた時の直樹がか、格好良かった……というか……」
かぁぁ、と両者の顔が赤くなる。
物凄い恥ずかしい!
直樹は何故か謎のピンク空間が二人を支配しているような気がした。
打開する為に、言う。
「ありがとう。なんか告白されたみたいだね。この雰囲気」
言った瞬間、
美江はリンゴみたいに顔を真っ赤にさせ、シャルは煤ける。
グングン、ピンクの色が濃くなるのを肌で感じた。
最早、直樹と美江しか世界には居ないような錯覚を覚えた。
ぐわぁぁぁ! 失敗だった!? あり? 美江の顔真っ赤? まさか……? いやいや、それはねえ! つーか、この空気なんとかしてくりぇ~! シャル! シャル! ヘルプミー! 俺だけじゃ脱出不可能!
頼みの綱のシャルを見る。
シャルは何故か、物凄い悲しそうにしていた。
時々、「なんで私が!」というような疑問符を一杯浮かべて直樹と美江を見てから、悲しそうにうなだれる。
何故か直樹の心が締め付けられるように痛んだ。
痛みを無視して思う。
使えねえぇ! ヤバい! 俺=無力。美江=無力。シャル=瀕死。この空気の打開策をどうか俺に授けてくれぇぇぇ!
ん? と直樹はシャルと美江を交互に見やる。
直樹は少し悩んだ後、
「美江ってすんごい可愛いよなぁ」
ぼふっ! と美江の顔が真っ赤に染まり、シャルは肩を震わせる。
ん~。と次はシャルに変えて言う。
「シャルってすんごい可愛いよなぁ。俺、シャルが一番可愛いと思うなぁ」
シャルは肩を無理やり震わせながら顔を真っ赤に染めて驚きながら直樹を見る。
美江はえ? と世界の終わりみたいな顔をしてシャルと直樹を交互に見やる。
やっぱり!? まさかまさかとは思ってたけど、二人共俺の事が好き!?
いやいや、確認してみないとわかんねえぞ!? 何せ、シャルはそんな仕草一緒に住んでて見せて、一度も見せた事が無かったと思うし、美江は人気ナンバーワンのアイドルだしな。
と、心理的予防線を張り、冗談めかして訊く。
「二人共俺の事好きだったりしてなぁ? あははははは」
時が止まった――気がした。
かぁぁ、と三人の顔が赤くなる。
と、次の瞬間、
「んなわけぇぇ……ないでしょうがぁぁぁぁ!!」
シャルは毛玉アタックを全身全霊を込めて打つ。ズドオン! 少しヤバめの音と共に直樹は沈んだ。
……と思われた。
「なっ!?」
シャルが驚きの声を挙げる。
「テメェ、違うかったら違うって口で言え。口で」
直樹は目で美江はどう? と訴えかける。
「私は、直樹の」
と、言い終わる前に、中肉中背の少しカッコいい美江のマネージャー芦谷が美江を赤色の車に素早く押し込んでいく。
「ちょっと!?」
「仕事をキャンセルした時に約束しましたよね? 一生サボらないと」
「うっ……だけどコレは女の幸せの一ステップというか――」
直樹には「女の」までしか聞こえなかった。
「はいはい、ギリギリまで直樹君と喋らせてあげたんですからね」
芦谷は美江を車に完全に押し込む、直樹とシャルにニコリと微笑み、一礼をしてから、運転席に乗り込む。
「え? 美江ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
車は虚しく発進した。
「あ~」
シャルは掛ける言葉が見つからないかのように目を空中に泳がせる。
―――――――――
「なぁ、シャル俺さぁ。美江に好かれてると思うか?」
「さぁ。でも美江に人気ナンバーワン俳優の氷坂竜也 (こおりざかたつや) が告白したって言う噂を友達から聞いたけど」
「どっちの?」
「人間の方に決まってるじゃない」
「でもさぁ! 俺多分美江に好かれてると思うんだよねぇ。色々思い当たる節もあるし~」
フラグ♪ フラグ♪ と今にもスキップせんばかりに上機嫌な直樹をシャルは一瞥し、
「でも、氷坂竜也が告白してるのに直樹の事を好きになるのかしら?」
と、呟く。
直樹は今の台詞が聞こえたらしく、
「死亡フラグ以外のフラグが立ったぁ~。しかも美江にフ・ラ・グ立ったしぃ♪」
とうるさかったのがピタリと止む。
直樹は内心、悩んでいたのだ。
美江は文句の付け所の無い女の子だが、愛しているか? と訊かれれば「はい」とは答えられない。
故に悩んでいた。
表面上喜んでいたのはシャルに変な気を使わさない事と、ホントに喜んでいたからだ。
やはり、少しだけでも喜んでしまうのは仕方ない事だと直樹は思う。
だが、
「だよなぁ。氷坂竜也に告白されてるのに、俺の事なんて相手にする筈ねえよなぁ~」
少し、ガッカリしながら帰路につくのだった。