2話
直樹は本屋に寄り立ち読みをした帰り道、猫が犬にリンチされている光景を見た。
裏路地で人なんか見るからに通らない場所だ。
直樹だってそこが近道でなければ、見向きもしないだろう。
「こんなんホントにあんだな~。面倒くさいし、犬三匹は結構キツイ……」
中学の奴からは『なんやかんやで良い奴』という名誉なのか不名誉なのか、ツンデレなのかツンデレでないのか分からない称号を貰っている。
「いや、ツンデレはないね」
我ながらなんて馬鹿な事を考えたんだと頭を振りながら猫の元へ走っていく。
やはりこのままほったらかしにするのも可哀想だし、罪悪感っていう物がある。
間違いなくコレが『なんやかんやで良い奴』という称号を得ている理由だろう。
「あ~ほらほら退けお前ら」
手で払いながら猫の元へ向かう――事は出来なかった。
犬達 (三匹) が直樹を標的にしたからだ。
「ちょっと待とう! 落ち着いて話し合いをすればきっと分かっ――痛たたたたたたたたたたぁぁ!? 噛んでる噛んでる!」
――五分後――
「アイツら……戦死する所だったぞ? (俺が)」
猫は足を挫いたのか直樹が寄って行っても逃げはしない。
威嚇はするが。
直樹はこのままほっとく事も出来ず、怪我が治るまで家に置いとこうと猫を持ち上げる。
逃げはしない。
引っかきはするが。
「いだだだだだだだたぁぁぁッッ!!?」
手、腕、鼻、目を重点的に引っかいてくる。
「待て! 目は洒落にならねっギャァアアアア!!」
――二分後――
「糞猫! 俺はお前を離さない!」
あちこちに切り傷、噛み傷を作りながら、ラブロマンスで出てくるようなセリフを躊躇いなく猫に言い思い切り抱き締める。
「ぎにゃあぁぁ!?」
否、締め上げると言った方が正しいかもしれない。
最早、直樹には連れて帰って治療するなどという考えはトんでいる。
意地と意地との戦い。
人間と猫との意地(下らない)を賭けた聖戦である。
ピッ!
「どぉおおお!? 頬が切れたぁぁぁ!? クソッ! 持久戦は不利だ! 一気に片付ける!」
おおおおおお! と猫に引っ掻かれながらながら走っていく。
ぐにゃああ! とか叫びながら直樹の腕の中でジタバタ暴れる。
路地裏を駆け抜ける。
コンビニを横切る。
横断歩道を駆け抜け、一気に家へ雪崩れ込む。
猫を抱き締めたまま肩で息をしていると台所からやって来た直樹の母親が、不思議そうに言う。
「直樹? どうしたのその猫?」
「いや、そこですか? お母様」
「そこ以外どこに注目しろっていうの?」
「いや、息子の生傷とかさ」
「大方その猫にやられたんでしょ」
「いや、まあそうなんだけどさ……」
「で? その猫は?」
「ちょっと助けて……怪我が治るまで家に置いていい?」
「いや、怪我が治るまでなんていわずにずっと居てもいいわ~!!」
「やけにハイテンションだな」
「何で直樹はテンション低いの?」
「生傷が……増える、か」
胡乱な目で未来を見ながら直樹は思った。
(半分これからの生活の為に断ってくれという気持ちもあったんだけどなぁ……)
―――――――――
「直樹……」
怒りを押し殺した声で呼ばれ、猫との思い出がトび、身体中を恐怖を駆け巡った。
直樹はリビングに向かい、お父さん、お母さんとは反対側の妹とは隣の席に着く。
「さて、ゆっくり話そうか?」
直樹のお父さん、秀和が無言という名の武器を使い直樹を押し潰そうとする。
ほほ~今日は味噌汁と目玉焼きですかと現実逃避ばかりはしていられないので話の内容を訊いてみる。
「何を」
「薫がな、お兄ちゃんが「知らない綺麗なお姉ちゃんと寝てる~!!」とか言うもんだからな~」
(目が笑ってない! 目が笑ってない! それ以外は笑ってるのにぃいい!)
「錯覚じゃね?」
「絶対錯覚じゃないもん!」
いきり立って反論する薫。
「いやいや、錯覚だって。俺がモテる訳ねーだろ?」
「錯覚……だったかも……」
「止めて! 今のセリフで納得するのは!」
「そうよね~直樹が超然美少女と裸で寝てるなんてあり得ないもんね~。馬鹿だし、鈍感だし、顔も微妙だし」
「そこまで言ってやるな。確かに直樹は要領は悪いし、運も悪いがあり得ないとは言えないだろ?」
「お父さん、お母さん、何か前見えないんですけど」
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん?」
「「「なんだ(なに)?」」」
「私も前が見えなっ、うぅ」
「マジ泣きしてんじゃねぇよ! 俺まで泣けてくんだろうが!」
「だって……」
「浮いた話なんて全くないもんねえ。薫とは違って」
「バレンタインも義理で一つだろ?」
「うるさい! 義理で一つ貰えるだけで勝ち組なんだよ! それと薫と一緒にすんな!」
「そうだよ。私なんか遊ばれてるだけだもん」
「遊ばれてるって……」
「告白を一刀両断する子の言葉とは思えないわね」
「そういや、どうやって断ってんだ?」
「私にはお兄ちゃんが居るからって……」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………さて、美少女はどこに行ったのかな?」
史上最強のカミングアウトで家庭崩壊しかけたこの雰囲気を何とか打破したく秀和が取り繕うように言う。
「あ~それね~。何か怒って出て行っちゃった」
「そ~かそ~か。さぁ仕事行くかな……ってホントに」
「ホントに居るのね!!」
「やべッッ!」
「私が居るのにお兄ちゃんは知らない人と……!!? 酷いよ……私たち……」
「直樹……」
「悪ノリは止めろ!」
ガツン!
「いったぁ! でも告白された時にお兄ちゃんの話を使ってるのはホントだよ?」
「通りで昨日闇討ちにあった訳だ!」
「それより、いいのか?」
アイツの事なんて知るかよという風に素っ気なく答える。
「アイツが勝手に出てったんだから知らねぇよ。ご馳走様」
早歩きで部屋に戻っていく。
「その割に悲しそうに見えるけど?」
という妹の言葉は無視して直樹は部屋に戻っていった。