18
「やった……のか?」
直樹はロッカーへと飛んでいった二人を見つめ、呆然と呟く。
シャルは、顔を赤らめて小さく一言。
「ありがと……」
「…………」
無視。
聞こえなかったのかな? と恥ずかしいがもう一度。
「あ、ありがと……」
ダッ! と美江の元に駆け寄る。
「美江、さん! 大丈夫ですか!!」
「大丈夫、ちょっと怖かったけど……」
「美江さん……」
シャルはぶるぶる震える。
はぁ、はぁと怒りを逃す。
そう、聞こえなかっただけ。うん。別に無視して美江の元に行った訳じゃない。うん。よしよし。
「美江さん……僕」
ブチン! シャルのこめかみから嫌な音が鳴った。
僕、って何?
美江さん……ねぇ。
美江の前だけあんな変わるんだ。
と思うが怒りを必死に抑えつける。
何となく、直樹にこの怒りをぶつけるのが堪らなく悔しいのだ。
「ホントに怖かったぁ……」
美江が目に涙を溜めて言う。
直樹は、緊張で声が裏返りながらも言う。
「美江さん……僕の、僕のむ、胸で泣いた、泣いたらどう、かねえ」
直樹はかねえって何だ! というツッコミを心の片隅でする。
と、
「美江に! 俺の妻に何言ってんだぁぁぁぁぁぁ!?」
護は、とちりとりを投げつけ、直樹の元へ走り出す。
後ろに居る美江の為にちりとりを腕で薙ぎ払い、拳を握る。
と、
「あんたの所為で、直樹に毛玉アタック喰らわせれなかったじゃないのォオオ!」
ゴカァ! とバレーボールのスパイクのように毛玉を叩く。
常人ならば、確実に気絶決定の毛玉が、護に飛んでいく。
今まで、倒れていたスカンクが突如吼えるように言う。
「護は私が守るんだぁぁぁぁぁぁ!!」
手から空気銃を放出して――飛ぶ。
「なっ……」
「何で……」
「飛んだ!?」
直樹は絶句。
シャルは疑問。
美江は驚愕。
三者三様の見方ではあるが、一つだけ全員が分かった事があった。
此処にいるどうぶつ、否――少女は護の事が好きだということである。
その少女は護を守る為に、高速で飛ぶ毛玉を背中に受ける。
「ゴ、ァ……!」
激痛が走る身体で、空気銃を全身全霊を込めて打つ。
護の右横を通り過ぎ、壁に激突する。
楽屋全体がミシミシと軋み、壁に亀裂が走った。
護は呆然とそれを見てから、直樹を殴る。
直樹は突然の事に反応出来ずに壁に激突する。
「あ……?」
先ず感じたのは痛みではない。
疑問だ。
あれだけの事が起こってコレだ。
余り、頭が働かない。
殴った、のか?
少し、頭がクラクラするだけで壁に亀裂なんて走らないし、楽屋全体が軋む訳でも無い。
果たして、彼女はどれほどの痛みを感じたのだろうか?
そして、コイツは何をしている?
「美江は俺の物だ! どれだけの計画を立てたと思ってる!?」
護は情緒不安定気味に激昂する。
「あ? けい、かく?」
何言ってる?
生気を感じさせない瞳で護を見る直樹。
「ああ、そうだよ! スカンクの匂い『のみ』を操る魔法を使ってよぉ、美江の『ラブラドール』が終わって御手洗いに行ってる間に、ガスの匂いを会場中に渡らしてさぁ……。 美江を呼びに行こうとした警備員をボコッてさぁ……」
苦労話をするように言う。
直樹の頭がドンドン覚醒されていく。
「下準備だってさぁ……。夜中に会場に来てさ……通気孔からスカンクを入れて、泥棒紛いの事して、楽屋の位置を調べたりさ……。頑張ったんだぜ?」
それを、と一拍置いて、
「お前は横からかっさらおうってのか!? イケメンでも、特別な能力を持ってるって訳でもないお前が!」
犬のように吼える。
「ふざけんなよ! 俺から彼女を奪ったイケメン野郎のように、美江を横から奪おうっつうのかよ!」
ぶさけるなァ! と、直樹を殴る。
ゴガン! 頭が壁に激突する。
「な――じゃねえぞ」
顔面に蹴りを入れる。
ゴカァン! と壁に激突する。
「アラァ!」
頭を踏むように蹴る。
と、
ガッ! と脚を捕まれる。
「舐めてんじゃねえぞ!!」
脚を放り、立ち上がる。
「舐めてんじゃねえぞテメエェェ!!」
腹に拳をねじ込む。
「がふっ……!?」
腹を押さえて直樹を睨む護。
「イケメン野郎に彼女を奪われた? 確かに、キツい事だと思うよ……」
護の細腕から繰り出されるパンチを受け止めて言う。
「けどな……テメエがヤってんのは好きな娘を泣かせてるだけなんだよ!」
「くぅ、あぁぁぁぁぁぁ! ウルセェ、ウルセェよ! ウルセェんだよ! 俺みたいな、顔も能力も無い奴が美江なんかに、アイドルなんかに好かれる訳ねえだろうがぁぁ!」
魂の叫びなのだろう事を言う護を直樹は思い切り殴る。
「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
竹とんぼのように回転して壁に叩きつけられる護。
「ゴ……ォ?」
カン、という音が楽屋に響いた。
歯が折れたのだろう。
「好かれねえとかふざけた事言ってんじゃねえよ! 分かんねえだろうが! それにテメエは好きな娘を泣かしてまで好きな娘を手に入れてえのかよ!」
「俺だって泣かしたくはねえ……けど、それしか……」
悔しそうに、泣きそうになりながらも言葉を紡ぎ出す。
「なら、こんな方法なんかとってんじゃねえよ!」
「……これ以外方法が無かった!」
「麗奈とか、客が楽しんでたライブをぶち壊して、そこの男の人に、シャルに美江を傷つけてまで……テメエの事が好きな彼女を犠牲にしてまでこの方法が良かったって言えんのか? この方法しか無かったからしょうがないって言えんのか!?」
「あ、く、そ……うわあぁぁぁ!」
護が自我を失ったかのように叫び頭を埋める。
いや、自我を取り戻したのかもしれない。
と、
唐突に、スカンクの声が響く。
「護を泣かせるなぁぁ!」
ドオン! 空気銃を直樹に飛ばす。
人が死ぬような強さである。
直樹は、咄嗟に腕をクロスして身を守る。
シャルと美江は走り出すが間に合わない。
直樹に空気銃が当たった。
瞬間、青い光がカッ! と光り、空気銃を掻き消す。
そして、直樹とスカンクは倒れた。
――――――――
社長が使いそうな机に椅子がある、ある一室。
松田が座っていた。
地べたに。
「失礼します」
ノックをしてから入ってくる花木は隠しきれない程の溜め息を吐いてから、
「また、地べたに座ってるんですか?」
「いやいや、日本人は床文化というのがあってだね。椅子は十分と持たないんだよね」
至極真面目に答える松田。
「で? 何の用かな?」
「はい」
花木は松田に隠し撮りした写真を渡す。
ほう! と食い入るように写真を見つめてから言う。
「ん~む。直樹が魔法使いに二番近い存在になったのか」
「美江のマネージャーとして潜り込んでいる芦谷 (あしたに) さんが「彼は魔力を解放しただけ」だと。何故分かったのでしょうか?」
「あぁ、彼は魔法を一回見てるからね」
サラリと松田が答えた。
戦闘描写に気を使ってみましたが、どうてしょうか?