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おし、イケる。今度こそはイケる。
直樹は心の中で呟き、可愛らしい瑞々しい唇を見る。
唇からは微かな吐息が漏れている。
(よし! イケ~!)
グワッ! と唇に唇を付け――ようとした。
「直樹?」
ピタリと、止まる。
シャルが寝ぼけ眼で直樹を見やったのである。
かぁぁ、と顔が赤くなるのを感じる。
当たり前である。
儀式が未だ、猫になっているシャルとなのだ。
口の周りが毛のせいで痒くなっていくのが分かるところまで来たのでコレはヤバい、と思ったのだ。
そして、儀式の練習。
それを見られたのだ。
儀式という名の『キス』を寝ている間にしようとしているのが。
「あ、それは。じゃなくて……これは~、え~」
「キス?」
まだ寝坊ているのだろうシャルがほんわか訊く。
「あ、えとまあ、そんな感じ」
どんな感じだ! と思うが直樹は無視する。
「けど、今日はいいや。昨日したし」
白く綺麗な指先で目をゴシゴシ擦りながら起き上がる。
「シャルってさ、何時まで擬人化って保つんだ?」
「直樹と離れてだったら……う~ん、何にもしてない状態だと一日ぐらい保つかな……」
「ふ~ん」
と言いながら、直樹は台所に向かい目玉焼きとウインナーを作る。
ウインナーは焼くだけなのだが。
直樹の料理のレパートリーは物凄い狭い。
ギリギリ作れるのも含めても、『カレー』から、『チャーハン』までが限界である。
「ううう、野菜炒めにモヤシ炒め、玉子焼き、究極奥義のお好み焼きも作っちゃったし……今日の晩御飯何にしよう?」
あと、残されている料理といえば、『カレー』に『チャーハン』『ホットケーキ』『焼き肉』しか無い。
いやいや、『ホットケーキ』と『焼き肉』は違げーだろ。
俺のバカ♪
と思考が少しヤバめになっている直樹は目玉焼きが半熟を通り越し、完熟になっているのに気付かなかった。
――――――――
「い~や、目玉焼きは半熟だぁぁぁ!」
「違うね!! 絶対完熟だね!! あの固さが良い!」
「半熟の旨さを知らねえから言えんだよ!」
「はんっ! 半熟のどこがいいって言うのさ」
「半熟の方が良いよな?」
「完熟の方が良いよな?」
「え!? わ、私?」
俊也と直樹の毎度お馴染みのトーク (幼なじみトークが一番初め) を聞いていた麗奈は目を丸くする。
ロリ、ショタどっちがマシかとか、クーデレかヤンデレかとか、卵掛けご飯はご飯に穴を開けるか開けないかとか、犬派か猫派とか様々なバカトークを繰り広げていたのだ。
「なあ、麗奈」
「なあ、麗奈ちゃん」
「あわあわ」
両手を左右に振りながら慌てる。
「何でお前が麗奈とか呼んでんだよ?」
「幼なじみの特権だぞ、このボケェ! ってか? 独占欲強すぎじゃありませんこと?」
「直くん、そんな事思ってたの?」
リンゴみたいに顔を赤くしながら麗奈。どこか、期待しているようにも見える。
「全然違いますけど!? シャル……じゃなかった。山田の周りに凄い人居るなぁ」
無理やりに話題を変える直樹。
どうぶつ調査会会長こと、松田がシャルの戸籍をでっち上げたらしく、名前が山田沙弥 (しゃみ) となっていたのだ。
「何かあだ名も付けよう!」
メスゴリラという女子にとって大変不名誉なあだ名を頂戴している女子生徒が言う。
ゴリラ顔で意外にも友達が豊富な事で有名である。
彼氏は居ない。
「ええっと、私の事はシャルって呼んで……くれないかな?」
顔を見てからおずおずといった調子で言う。
最初怖いよな。
と、思う直樹。
「シャル……って沙弥、だから?」
「あ~うん」
(沙弥で良かったな……ん? シャルって名前結構気にいってんだな)
直樹はニヤニヤ笑顔が止められなかった。
「山田の事見てニヤニヤしてるぞ」
「直くんッ!」
ギュガッ! とヘッドロック。
「ちょっ、痛いんですけど……」
「どうしたの? 顔赤いよ?」
直樹の言葉が尻すぼみになるのが気なり訊いてみる麗奈。
「あ~いや、ん」
何となく「シャンプーの良い匂いにどぎまぎしまして」とは言いにくい直樹は言葉を濁す。
「???」
麗奈はヘッドロックを外し、ポケットから紙を取り出し直樹に渡す。
「あ? ドキドキ☆ 美江の初ライブ? なんだコレ?」
ファンの三歩程手前 (美江の出ているテレビは七割見ている程度) の直樹は一応ライブの事を知っている。
が、何故こんな物を渡すのかが分からない。
「デートの行き先♪」
「普通は映画とかじゃねえの?」
「別にいいじゃん。多分楽しいよ」
「俺あんな人がうじゃうじゃ居る所って嫌いなんだよなぁ」
「美江の事好きなんでしょ?」
「いや、それは別だろ?」
「初めてのキスの相手は美江のクセに」
「いや、それはゆ……ってシャル!?」
ガタンと椅子ごとひっくり返る直樹。
シャルは冷ややかな目で直樹の事を見つめている。
「初めての相手ってどういう事!?」
頬を抓り、般若のような表情で訊いてくる麗奈。
「夢! 夢ぇ!」
「夢でとか、最低の思春期少年ね」
「何でそこまで言われなくちゃならねえんだよ!?」
直樹は、中学生の頃髪の毛の長さの規則とか無かったのか? と思わず訊いた頃から親交が始まった『美』少女、水上奈々 (みずかみなな) を睨む。
腰まで伸びていてしっかり手入れをしている艶のある黒髪。
鼻が高く、狙った獲物は逃がさない! と豪語しているかのような鋭い目が特徴である。
キンコンカンコ~ン♪
とチャイムが鳴り授業が開始された。
「オイ、シャルとはどういう仲なんだよ?」
「別に、友達」
女神勇樹に直樹は素っ気なく答える。
身長百八十の大男である。
因みに、金髪に染めており、本人曰わく「あ、ああ、高校デビューで張り切り過ぎてよ……」と、後悔が滲み出ている言い方をする。
実際、後悔しているのだが、金髪を直さないのでみんなは嘘だと思っている。
本人は「染め直したら負けだと思っている」という訳の分からない負けず嫌い精神を発揮している。
勇樹は大の女好きでもある。
「日曜日デートにでも、誘おう!」
「ガンバ~」
そして、日曜日。
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