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シャルが勉強している。
理由は言わずもがな、
頭が恐ろしく悪いからである。
直樹はシャルの熱気溢れる背中に声をかける。
「しゃ~ねえって、元々猫なんだし」
「今は人だもん」
「そうだけどさぁ。分数も分かってねえんじゃ、もう無理だぜ?」
「今日までに三平方の定理ぐらいは覚える!」
「無理。そこまで俺は教えらんない」
只今、二三時。
学校から帰ってきてクタクタの直樹に、
「ねえ!! 私に勉強教えて!」
と、言ってきたのだ。
この部屋唯一の娯楽であるテレビでクイズ番組がやっていて、それで叩きのめされたらしい。
「分数の割り算は~」
分数から一日で三平方の定理までいくのは無理である。
「ふぁあ、寝みい」
「ちょっとこれどうすんの?」
「ああすれば?」
「ああってどうよ」
「自分の好きなようにすれば? それが答えだよ」
「そうなの? よしじゃあ、これは3にし~ようっと」
直樹は簡単に信じたシャルを慌てて止めて、正しい答えを教えてやる。
――三十分後――
「ちょっと休まねえ?」
「そうね」
「トランプでもしよ」
「じゃあ、七並べ~!」
「いやいや、大富豪でしょ」
睨み合う事十秒。
「「どっちかを選ぶのにスピードしよう」」
完全にハモる。
実は、このやり取りを数回繰り返している二人である。
直樹は慣れて手つきでトランプを半分に分け、シャルに渡す。
シャルの白い綺麗な手に手が当たるが、そんな事は気にしない直樹である。
気にしてたら、スピードなんて、出来はしないのだ。
赤色と黒色に分け、赤色がシャルに黒色が直樹に渡る。
直樹とシャルはこれまた慣れた手つきで山札から、五枚トランプを場に表側に並べる。
そして、
「スピードッッ!」
合図で始まる。
先ず、場にあるトランプから直樹は十一を、シャルは十三を出す。
スピードとは黒色と赤色を分けて、数字の順番に置いていくゲームである。
場にあるトランプを一枚でも出したらまた、山札からトランプを補充出来る。
どちらも出せなくなったら、場のトランプを「スピード」の合図と共に好きに出せるのだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラぁぁ!!」
物凄いスピードでトランプを出して、補充していく直樹。
「ふははははははははっ! ひれ伏しやがれ! 愚民共よ!」
「な、何でこんな速いのよッッ!」
直樹が五枚出すペースにシャルは一枚しか出せない。
そして、最後の一枚を出す!
「俺の勝ちだ」
「ま、負けた……」
手に持っているキングがはらりと虚しく落ちていった。
「俺の必殺技「千手観音」を出す意味もないな」
ふははははははははっ! と勝利の高笑い。
「もう一回よ!」
意気込むシャル。
「勉強はぁ?」
茶化すように訊く。
「勝ったらやるわよ」
――三十分後――
「俺に『千手観音』を使わせるとは、やる……じゃねえ……か」
「まだ、使わせた……だけ……よ」
激闘の末両者ノックダウンする。
実際の要因はほぼ間違いなく睡魔なのだが。
――三十分後――
「ふわぁ……そうだ。『千手観音』を使わせて、倒れちゃったのか」
部屋を見渡してみると卓袱台の上に時計があった。
三時十三分。
「む、無理……」
俯くと直樹がべた~とスライムみたいにだらしなく寝ていた。
何だか、微笑ましかった。
本人には絶対に言わないが。
シャルはキョロキョロと辺りを見回し、直樹を起こさないように抜き足差し足で歩き出す。
「へっくしゅん!」
ビクゥ!
ギギイとロボットのように振り返ると、直樹が鼻をぐずぐず言わせていた。
どうやら、直樹がくしゃみをしたらしい。
「驚かせて」
掛け布団を押し入れから取り出し、直樹に掛けてやる。
「ありがと……」
「は、いや、別に」
寝言がピッタリ過ぎて起きているんじゃないかと一瞬疑う。
「美江ちゃ~ん」
ピクリと身体が反応する。
「別に、寝言だし?」
と、自分の怒りを収めていく。
美江ちゃんとは今、絶頂期のアイドルの名前である。
因みに十六歳である。
シャルには全く関係ないが。
「むにゃむにゃ……ふぇ!?」
急に驚く直樹に驚くシャル。
「キ、キキキキキスですか? いや、僕もまだぁ……心の準備があ……」
ぐぐぐぐっ! と拳を握り締める。
「キスなんて――『初めて』ですよぉ」
ブチ切れた。
別に直樹がアイドルとキスする夢を見ようが見まいが、そんな事はどうでもいいが、でも『初めて』というのには我慢がならない。
あれをキスじゃなく儀式だと言い張っていた者と思えない事を思うシャルはスラリと綺麗な脚を上げて、
「直樹のバカァァァァ!!」
ズドオン! 腹に踵をぶち当てる。
「ぐふほおっ!?」
ぐああっと腹を押さえて転げ回る。
「ふんっ」
ふて寝した。
――三十分後――
「じいちゃん、ばあちゃんに会って来たぞコラァ!」
三途の川を渡る舟が有料でなかったら、死ぬ所だったと本気でほっとする直樹はシャルに文句を言うべく歩み寄るが、
「はあ、止めとくか……」
機嫌悪げに寝ていたのだ。
今、起こして説教すれば殺されそうな気がするのだ。
「へくちっ」
可愛らしいくしゃみをする。
「はあ~」
掛け布団を押し入れから持ってきて掛けてやる。
少し、笑った気がした。
「さあ、寝るか」
シャルが持って来てくれたであろう掛け布団に潜り、夢に飛び立つ直樹。
シャルは少し笑いながら、
「直樹…………」
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