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第三手

「…ノクターン殿下。」


「やあ、お茶会以来だね。さてと、少し失礼するよ〜」


そういうと、ノクターン殿下は先ほどまでクライヴ殿下が座っていた席に優雅に腰掛けた。


「ーーで、僕のいない会話は楽しかったかい?」


唐突に話を切り出したかと思えば、この発言。


…彼の声のトーンは明るいが、目の奥には鋭い光が宿っている。部屋の温度も心なしか少し下がっているような。…これは下手に答えるよりも、話題を逸らそう。


「…気づいていたんですね。私が来ることを。」


「ふふっ、それはね。君のことならなんでもお見通しだよ。でも、いくら予想できたとはいえ…僕より先に、弟に手紙を送るのはちょっと妬けちゃってね。だから待ちきれずに来てしまったんだ。」


「…そこまで気づかれていたのなら、なぜクライヴ殿下にお茶会を…?」


「うーん、そうだねぇ。殆どはあいつがどう出るか見たかったからだよ。でもまさか、僕の方に相談しに来るとはね……君の企みが失敗して、残念だったね?」


ノクターン殿下はそう言うと、目を細めながらこちらをじっとりとした視線で見つめてきた。私はそれに対して居心地の悪さを感じつつも、それよりも気になる彼の発言に対して反応せざるを得なかった。


先程のクライヴ殿下の様子といい、今の発言といい…仲が良いというよりも、これは。


「…元から協力関係、ですか?」


「そう!さすが、察しがいいね。…彼はね、僕が玉座により相応しいと判断してからずっと、僕の味方であることに徹しているんだよ。たまに僕からも試したりするんだけど、大抵は今回みたいな結果になる。面白いよねぇ?」


なるほど。私の行動を利用して忠誠心を試した…というようなところか。でも、それは私に何かしらの利用価値があると定義した上でないと成り立たない理屈。…何か、私が見落としている可能性でもあるのだろうか。


「ねえ、一つ提案いいかな?今から僕と一緒にチェスをしてくれれば、その間になんでも質問していいよ?しかも…君が僕に勝てば、なんでも僕に頼んでいいという条件付きで。」


…また意図の読めない、突拍子もない提案。しかし、今の私にとっては願ってもいない好機。


「…私が負けた場合は?」


「特に何もしないよ?僕はね、チェスごとき(・・・)で勝ったくらいでは喜ばないよ?だから、そこは安心して挑んで欲しいなぁ。」


…胡散臭い予感しかしないが、この勝負自体には特に頓着していないらしい。なら、私からの答えは一つしかないだろう。


「…よろしくお願いします。」


私がそう答えると、急に彼の頬が緩み始めた。ついその変わり様に対して怪訝な顔を向けてしまいそうになると、表情の変化を隠そうともせずに、彼の方からこちらに近寄ってきた。


「さあ、そうとなれば部屋を移動しようか。僕のお気に入りの場所へと案内しよう。」


もう約束してしまった手前、私は大人しく彼にエスコートされるほかなかった。


ーーーー


いざ着くと、そこは一見普通の部屋だった。


「ここが殿下の好きな場所なのですか?」


「うん、驚いた?ここはね、僕の執務室のすぐ隣の部屋なんだ。ほら、ここの扉あるでしょ?これ、繋がってるんだよ。」


手招く殿下の方へ向かうと、確かにそこには扉があった。これ、本来は隠し扉なんじゃ…?


「…それ、私に見せてもいいものなんですか?」


「僕がそう判断したなら問題ないよ。それに、これはそもそも僕の部屋以外には通じないよ?」


まあ、そういうことなら…と思いつつ、部屋の他の部分も失礼じゃない程度に見ると、とあることに気づいてしまう。


「…殿下。こちらの部屋の窓、かなり高くないですか?光は入ってきますが、梯子がない限り開けられないですよね?不便ではないのですか?」


「いや?むしろ便利だよ。上にある分、光が入ってきても眩しくないし。君の意見を聞いても、やっぱり念の為上の方に設置してよかったと思っているよ。」


「そうですか…」


やや物言いに引っ掛かる点はあるものの、このことに関してあまり深掘りしても意味はないか。とりあえず席に着こう…と思い、テーブルの方を見るとそこにはすでに配置済みのチェスセットが。


「あ、気づいた?実は今日、元から君とチェスをしようと思っていたんだよ。さあ、座って座って。」


…なぜそこまでチェスをすることに執着をしているのかは分からないが、それもまたゲーム中に質問すれば判明するのだろうか。


とりあえず今は聞いても躱されるだけだと判断して、私は一礼をしてから案内された席についた。


すると、殿下は私の様子を見るや否や、嬉々とした様子で自席についた。


「さあ、僕も準備できたことだし…早速始めようか。」


殿下が無駄に嬉しそうなことに対しては目を瞑り、私は目の前に広がるチェスボードの様子を見る。すると、私側に白いピースが、そして殿下側には黒いピースが綺麗に整列していた。


「では、私から。」


そう言うと、私はキングの前のポーンを2マス進める。


とりあえずは無難な手を。


そう思っていたら、殿下は私の動きを見ると、ニヤニヤしつつ自身のビショップの前のポーンを2マス進めた。


「…経験に物を言わせる気ですか。勝ち負けに興味はないと言ってませんでしたっけ?」


「それを言う時点で君も十分経験を積んでいるんじゃないかな?ほら、どうせなら面白いゲームにしようよ。」


はあ…彼はきっと、私が慎重派であることも見抜いた上でこのような攻撃的な盤面につながるような動きをしたのだろう。私は諦めてナイトを動かすことにした。


「では殿下、ゲーム中ですので質問をしても?」


ノクターン殿下がナイトを動かす手を見つめながら質問をする。


「うん、いいよ。…君は僕の何が知りたいのかな?」


私は少し考えてから、クイーンの前のポーンを動かすことにした。


「そうですね…では、直球ですが。殿下の私へ婚約を持ちかける意図が知りたいのです。」


必要ないかとは思いますが、興味がある方向けに少しだけチェスの動きの解説を。

(※一応下調べはしてありますが、こちらもあくまでアマチュアですので話半分に聞いてください)


今回の話の動きは、1. e4 c5 2. Nf3 Nc6 3. d4 という構成になっております。


この 1. e4 c5 という動きは俗にいう「シシリアン・ディフェンス」という定跡になっており、ある意味定番の動きとはなっておりますが、黒側の動きとしてはかなり攻撃的なムーブにもなります。


なぜ主人公がこの動きを少し意外に思っている描写があるかと言いますと、それはそもそも殿下が彼女をより勝率の良い白側に誘導したこと=勝つ気がないというやや無意識の思い込みと、彼女自身があまり攻撃的なプレイスタイルを好まないのでそのような動きを十分に研究できていない、という二つの側面があります。


また、シシリアン・ディフェンスは定跡なだけにかなり研究されている上、何度も同じ盤面になりにくいという特徴から彼女視点では「経験にものを言わせる」動きに見えている、といったところです。


もう一点、2. Nc6 は少し定跡から離れているトリッキーな動き(普通は d6 を動かす)となりますが、これは後半への布石となります。一応シシリアン・ディフェンスのドラゴンバリエーションを想定しております。

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