伏線
数日後、クライヴ殿下から返事の手紙が返ってきた。
「では行ってきます、お父様。」
「ああ、気をつけて行っておくれ。」
予想通り、彼は私の誘いに乗ってきた。そして今日はそのお茶会当日である。
「今日は勝負の日ね。…さて、どう出ようかしら…」
扇子を広げて考え事をしながら、私は揺れる馬車の外の景色を気怠げに眺めた。すると、そこにはしばらくして一面の草原が現れる。
「綺麗…」
昔から自然が好きだ。とはいえ、貴族の、しかも首都に近い領地の令嬢ではあるから本物の森などの景色は知らない。
伸び伸びと生い茂った森に、壮大な海。人工的な加工がされたことのない、ありのままの自然の姿には心が躍るものの、それらはきっと美談として物語や伝記に残されているから魅力的に映るのだろう。だから、私はこうして人工的に作られている自然の隙間から、野生のかけらを発見しては美しいと感じるのだ。
そのようなことを思っていると、王宮の姿が近づいてくるのが見えた。
「…今日は長い日になりそうね。」
やや憂鬱になりながらも、これからの行動のための大切な一歩だとして私は自分を奮い立たせた。
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「やあ、ラピス伯爵令嬢。本日は誘いに乗ってくれてありがとう。」
「クライヴ殿下こそ、誘ってくださって私は大変嬉しく思っております。」
ご挨拶もほどほどに、といったところで殿下は本題に入る。
「で、早速なんだけど。ちょっと僕忘れっぽくてさ〜、なんで君を誘ったのかを忘れてしまったんだよね。…教えてくれるかな?」
かなり直球で聞いてきたが、彼はしっかり人払いをしている。一応気は遣ってくれているらしい。
ここはとぼけることもできるが…私は素直にネタばらしをすることにした。
「実は…王子名義のお茶会のお誘いが来ていたんです。どちらから来たのかが分からず、とりあえずより話した方のクライヴ殿下宛に返信を…という体で殿下をお茶に誘いました。」
クライヴ殿下の目は一瞬見開いたあと、興味深そうに細められた。
「…それはまた大胆な。しかしそのように話しているのであれば、兄上だということは分かっているのだろう?なぜそのまま返信しなかった。」
「ノクターン殿下の意図が読めないまま、急なお茶の誘いに乗るのは危険だと判断したからです。」
「でもそのことを弟の私には話していいと?」
「このくらいは話さなければ、そちらも適当に話をはぐらかすだけで終わると思いましたので。私が本日来ている理由は、ノクターン殿下の意図を知りたいからです。」
一拍置いてから、クライヴ殿下は唐突に笑い出した。少し予想外だったその行動に一瞬びっくりしたものの、彼はどうやら純粋に面白くて笑っているようだ。
乱れた息を整えると、彼はこちらを真剣な眼差しで見つめた。
「はあ…なるほどな。あー、これは確かに兄上が気に入る理由もわかる。」
「気に入る…ですか?」
「ああ、そうだ。…少しくらいなら話してもいいか。よし、君に兄上の意図を教えよう。」
先ほどまで緩んでいた空気が一瞬にして張り詰めたものになる。心なしか私の背筋も伸び、王族特有の威厳をひしひしと感じていると、クライヴ殿下は静かに語り出した。
「兄上はね、昔から周囲に関心が薄かったんだ。今では目つきが鋭いって噂だけど…昔は何に対しても同じような、つまらなさそうな目を向けていたんだよ。」
ゆっくりと足を組み直しながら、彼は続ける。
「でもね。とある日、彼は僕の方に言ったんだよ。『面白い人がいる』と。それまでは貴族社会の裏側に辟易して、暇つぶしがてら気に入らない貴族を潰していただけなのに、それからは目的意識を持ってパワーバランスを調整しはじめたんだ。」
遠くを見つめながら、クライヴ殿下は紅茶を一口飲む。
「兄上曰く、初めて自分の知らない動きをする人を見つけたらしいんだ。もちろん、予想できない動きというわけではなかったんだよ?ただ、そんな動きをする人は滅多に居ないから目を引いてしまったらしい。」
そこまで言うと、彼はゆっくりこちらの目を覗きこむ。
「…それはね、君が7歳くらいの時のことかな?あまり悪い記憶を掘り起こしたいわけではないけれど…今から思えばそこで君を見つけたんじゃない?」
彼の言わんとしていることに気づくと、私は思わず手の震えを抑えることができなくなった。だって、その時私は…
コンコン。
ドアがノックされる音が響き渡る。すると、クライヴ殿下はニヤリと口の端をあげた。
「あ、時間切れみたい。残りは彼から話を聞けばいいよ〜。じゃ、僕はこの辺で抜けるね。」
「え、抜けるって…」
「そうだね…簡単に言えば、選手交代だ。」
クライヴ殿下はそう言うと、ドアを開けて部屋から出て行ってしまった。
そして、彼の代わりにドアから現れたのは。
「…ノクターン殿下」
先ほどまで話していた人物本人である。