第一手
数ヶ月後、社交界シーズンの幕開けとともに、早速王室主催のお茶会へと招待された。
仄かに冬の肌寒さが残る中、雪解けとともに姿を現してきた新緑を見つつ気分を落ち着かせようと思考に耽る。今回のお茶会は、王子達の婚約者探しのためだと噂されているのだ。
「まあ、確かに時期を考えればそうなるかもだけれど…あの二人の婚約者探しが難航するとも思えないのよね…」
第一王子のノクターン殿下と第二王子のクライヴ殿下。
二人とも顔が恐ろしく整っているとのことで、性格面も特に際立って問題があるという話は聞いたことがない。仲も良好なようで、まだ正式にはどちらが立太子するのかは決まっていないものの、玉座争いのような話が聞こえてこない。
これらの事象から推測できるのは、恐らく継承順…つまりノクターン殿下の方が立太子すると考えた方が自然。
もし、今回のお茶会の目的が本当に婚約者探しなのであれば、それらの動きに向けた一歩でもあると考えるべきだろう。
「ということは…御令嬢方の方に問題があるか。もしくは、内定してはいるものの、まだ表立って発表できないような事情があるためカモフラージュをしているか。年齢が近い令嬢は少なくない上、著名な家のパワーバランスも今や安定している…何か見落としているのかしら。」
そうやって頭を悩ませていると、いつの間にか王宮へと馬車が到着していた。
「まあ、私には特に何も通知されていないから、たとえ動きがあっても関係なさそうね。やっぱりただの噂止まりかしら?」
いくら伯爵家とはいえ、貴族社会ではすごく珍しい存在ではない。公爵家や侯爵家に比べるとどうしても流れてくる情報が限られてくる以上、ある程度憶測や噂でも動かなければならない場合もある。それが吉と出るか凶と出るか…情報を取捨選択し、適切に行動する能力だけでなく、運や状況にも大きく左右されるためより一層慎重になる必要性が出てくる。
「とりあえず傍観するしかなさそうね。どのみちこの案件は緊急性なさそうだし、動きがあったらお父様に報告する程度で手を打つことにしましょう。」
そうとなれば、あとはお茶会を楽しむのみ。ギスギスしていないといいのだけれど…と思いながら足を進めると、何やら人だかりが。
「こちらはどうされましたの?」
「それが…どうやら今回は座る場所が固定されているらしいんですの。」
「なるほど、それはまた。」
わざわざ座るところが明示されるなんて…王室側は一体何を企んでいるのでしょう。とりあえず自分の座るところがどこなのかを確認しようかしら。
それぞれの席に置かれた名札から自分の名前を探しつつ、さりげなく席の配置を確認する。どうやら今回のお茶会に出席している男性は王子二人だけの模様。やはりお見合い目的なのだろうか?
「あ、こちらにありましたわ。」
自分の名札を見つけると、他の御令嬢方とともに席につくことにする。
皆様と軽く世間話を交わしつつ話を聞いていると、どうやら私達はクライヴ殿下と同じテーブルの席に配置された模様。そして、今回のお茶会は前半と後半に分かれており、それぞれで席が入れ替わる仕組みになっているのだとか。
「変わったことをするのですね。とても面白いと思いますわ。」
「ええ、わたくしもそう思いますの。それに、見てください…この感じ、恐らくどの御令嬢も半分の時間は片方の殿下と話せるようになっているんだわ。」
確かに、テーブルは大きいとはいえ二つしかなく、それぞれに一人ずつ王子が配置されている。席が入れ替わる話も踏まえると、まさにそのような仕組みになっているとしか思えない。
「ということはやっぱり…」
「ええ、わたくしもそうかと。…ちなみに、そちらはどのように動くご予定で?」
「特に決めておりませんわ。そちらは?」
「わたくしは…そうですね。お父様が期待しているところ悪いとは思うのだけれど、やはりわたくしには重荷だと思いますの。一歩引いて見守るつもりですわ。」
「そうでしたか。ではお互い仲良くお話しするのはいかがでしょうか?実は私、以前からそちらのラバリース侯爵家がやっている鉱山事業に興味がありまして…」
「まあ!それは嬉しいですわ。こちらこそあの商才のラピス伯爵家と繋がれたらより発展しそうだと話しておりましたの…」
話の全体の流れに耳を傾けつつ、隣に座っていたラバリース侯爵令嬢と商談を進めていると、あっという間に前半戦は終わっていた。
「今日知り合えたのは本当によかったですわ!またこちらからも手紙を出しますね。」
「ええ、こちらこそ話しかけていただきありがとうございます。また後日、お茶でも交えながら詳しく話しましょう。」
そう言いつつ席を移動しようとしていると、クライヴ殿下と目が合った。結局(他の御令嬢方が随分と熱心だったのもあって)あまり話すことはできなかったが、流石にこの前お世話になった手前、無視をすることもできない。
そう思って軽く微笑むと、そちら側も少し目尻を緩ませて笑顔を滲ませた。
「あ、まだ君には正式に会っていなかったね。名前はなんというのかな?」
急に後ろから声をかけられ、振り向けばそこには……ノクターン殿下のお姿が。
彼の金糸のような髪の毛は陽の光を受け、眩く光を放っていた。ブルーグレーの瞳もまた、心なしか少し光っているような錯覚を覚える。
私は素早く礼をとり、名乗りあげる。
「セレステ・ラピスと申します。」
「あ、礼は解いていいよ。なるほど…綺麗な名前だね。」
そう呟くと、彼の瞳が一瞬とろりと緩んだ気もしたが、すぐにまた表情の読めない鋭い色が宿る。そして彼は柔らかく微笑んだ。
「これからよろしくね。仲良くしてくれると嬉しいな。」
「ありがとうございます。」
ノクターン殿下とはこうして対面するのは初めてだけれど、なんというか…底が知れない印象を受けた。
どちらかといえば可愛らしい顔立ちとは対照的に、目つきは「切れるナイフ」だと形容されているとは聞いていたけれども、まさにそのよう。何かしら後ろ暗いところがある貴族であれば、見透かされるような気がして少し怖気付いてしまうのも頷ける。
「とりあえず座ろうか。みんなも、そこまで緊張しなくていいからね。」
そう微笑むと、ノクターン殿下は早速席につき、紅茶を嗜み始めた。彼のラフな接し方や優しい声色も相まって、少しずつ御令嬢方の緊張も解け、こちらのテーブルの雰囲気もだいぶ和らぎはじめた。
…なるほど。通常や仕事モードでは恐らく鋭い目つきのままだろうけど、微笑むと鋭さは鳴りを潜め、代わりに彼のやや垂れ目がちな目や可愛らしい印象が手伝って空気が緩むみたい。
「へえ、それは面白いことを聞いたな、ありがとう。ちなみにラピス令嬢はこれについて何か知ってたりする?確か伯爵が軽くだけど関係していたよね?」
「はい、殿下の言う通り少しですがこちらも関わっておりまして…」
満遍なく話を振る殿下に適度に相槌を打ちながらも全体の様子を伺うと、ノクターン殿下の隣の席に配置された御令嬢の様子が少し変だということに気づいた。彼女は小刻みに震えながら、やや張り詰めた空気感を漂わせていたのだ。
私は少し考えてから、行動に出た。スコーンに手を伸ばす際にわずかに身を乗り出し、彼女の視界に入ると、目で助けが必要か訴えようとした。
が、彼女には私が見えていないようだった。そして、次の瞬間、
「あ…ああぁ…!ごめんなさい!!」
どうやら緊張のあまり紅茶をこぼしてしまったようだ。
特に友達がいなさそうな様子から、私が素早く彼女のエスコート役を申し出ると、なぜかノクターン殿下も付き添ってくれることになった。
特に話すこともなく、彼女もまだ緊張と申し訳なさから雑談をするような感じではなかったので、多少言葉はかけながらもほぼ無言で気まずいエスコートになってしまった。そして、そのまま首を突っ込むのも野暮なので、休憩室へ送り届けた後は二人でそのまま戻ることにした。
「彼女が大丈夫だといいのですが…」
「そうだね、心配だし後で手紙でも送ることにするよ。…それよりも、実は一つ君に聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたいこと、ですか…?」
そういうと、ノクターン殿下はこちらへグッと距離を詰めてくる。
いくら垂れ目で愛嬌のある顔だとはいえ、この近さになると嫌でも彼の顔立ちが整っていることを自覚させられてしまう。まるで神の作った人形のようだわ…などと現実逃避をしていると、ついに彼はまつ毛の一本一本が数えられるのではないかと錯覚するほどの位置まで来てしまった。
そして、私がほぼ鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離感に流石に物申そうと思った瞬間、彼からとんでもない発言が飛び出してくる。
「そう、聞きたいこと。…ねえ、君は王子の婚約者になることに興味はないの?」




