序章
初投稿です。温かい目で見守ってくだされば幸いです。
それは夏の暑さが徐々に増してきた頃の、少し季節外れのお茶会だった。
「それで、彼はこう言ったんですの」
「まあ、それはなんて嬉しいことを!羨ましいですわ〜!」
「わたくしも実は…」
たわいのない令嬢達の会話に軽く耳を傾けつつ、出された軽食をちびちびと堪能する。余り気味だったきゅうりのサンドウィッチを食べ終え、楽しみにしていたショートブレッドに手を伸ばそうとしたちょうどその頃。
「…ごめん。」
親友のアリシアが困った顔でこちらに声をかけてきた。
「…いいよ。ついて行って欲しいのね。」
「うん…毎回ごめんね、ありがとう。」
彼女は極度の方向音痴のため、お手洗いに行きたくてもすぐ迷ってしまうのだ。そこで最近は私が一緒に行くことで迷わないようにすることにした。
「それにしても、今回のお茶会の意図が読めないわ。シーズンの終わりに急に招待するなんで。あと数日遅かったら王都にいる貴族以外はほとんど帰ってたはずだわ。」
「うん…そうだね。でも今回主催している公爵家は最近あまり目立った動きしてなかったし、政治的な意図はないんじゃないかな?お嬢様の我儘ゆえという話もあるし、あまり気に留める必要はないかもだよ。」
「そうだと良いけどね。まあ、私達には意図が読めないということは、恐らく何らかの駆け引きが行われていたとしても、直接的には関係が薄い可能性が高いわね。…あ、ここで待つことにするわ。」
アリシアを近くまで送り届けると、庭園の方に軽く寄り道する。
美しい薔薇がこれでもかと咲き誇っており、公爵家なだけあって流石に壮観だった。陽の光を受けて、薔薇の柔らかな蕾の上にある水滴が、真っ赤なベルベットのような花びらの上でキラキラと光を放っていた。
「これはお手入れ直後なのかしら…それにしてもなんて綺麗ね。」
薔薇の美しさに見惚れていたところ、唐突に後ろから声がかかった。
「おや…?君は?」
後ろを振り返ると、そこには眩い光を放つ金髪と、好奇心が宿っているブルーグレーの瞳があった。
「クライヴ殿下」
すぐさま姿勢を正し、礼をする。
「解いていいよ、僕から声をかけたわけなんだし。君の名前を伺ってもいいかな?」
「はい。セレステ・ラピスと申します。」
「ラピス伯爵家の娘か。確かに噂通り、君の瞳は秋空のように澄んでいるね。」
「…殿下にそう言われますと、私の両親もきっと嬉しいと思います。」
「ははは、そうかそうか。ところで君はなぜここに?」
「少し友人が席を外しており、その付き添いで。薔薇が見たかったものですので。」
「なるほどね。確かにここの庭園は綺麗だ。」
そう彼は言うと、先ほどまで私が見ていた薔薇の方に手を伸ばす。
「少し独り言をいいかい?」
唐突に彼がそう言うと、間髪入れずに話を続けた。
「実はね、僕は少し逃げてきたところなんだ。ここを主催している公爵家の御令嬢が少し…積極的でね。ちょっと疲れたんだ。」
彼は目を伏せながらそう言い終わると、一歩こちらに距離を詰めてくる。
「ねえ、少しだけ話し相手になってよ。悪いようにはしないからさ。」
「…はい。」
伯爵家の令嬢が王子の誘いを断れるはずもなく、それからはしばらく他愛のない話を続けた。最初は少しぎこちなかったものの、思ってたよりもすんなりと打ち解けて気づけばお互い純粋におしゃべりを楽しんでいた。しばらくすると、アリシアがキョロキョロと何かを探しているような素振りをしているのが目に入った。
「あ、友人が出てきたようです。」
「じゃあ僕たちもこの辺にしておこうか。楽しかったよ、ありがとう。」
そう言い残すと、クライヴ殿下は軽く手を振ってから一足先にお茶会へと向かっていった。
「アリシア!こっちよ。」
「…!また迷ったのかと思っちゃった!」
「ごめんごめん、ちょっとお取り込み中でね。」
そう言いながら彼女を迎えに行くと、急に彼女は瞳を輝かせていった。
「ねえねえ、さっきお手洗いの中で噂話を聞いてしまったのよ!!」
「どんな噂のこと?」
「それがね…王子殿下に好きな方がいらっしゃるんですって!」
「ふーん。まあ、二人ともそろそろ婚約の話が出てもおかしくない年よね。で、どなた?」
「もう!反応が薄いんだから〜!でも、きっとお相手の話を聞くと驚くと思うよ!」
「なぜ?まさかあなたの友達の一人?」
「それがね…あなただそうです!!!ああ、なんてドキドキするの!!」
…アリシアは極度の恋愛脳だったんだわ。たとえ本人に自覚がなくとも、こういう話の時だけ異様に興奮するんですもの。でも、だからこそこう言える。
「それ、勘違いではなくって?私、どう考えても婚約者の第一候補に上がるようなすごい人ではないのよ?」
「もう、分かってないわね!婚約者の話ではないの、好きな相手のことよ!愛にはね、能力も身分も関係ないのよ。」
「はぁ…」
こうなっては止められない。とりあえずお茶会の方に向かうとするか。
「とりあえず話しながらでも戻りましょう…?」
「そうね!あ、そういえば…さっきお取り込み中とか言ってたけど、迷惑ではなかったかしら?申し訳ないことをしてしまったわ。」
「それは大丈夫よ。たまたまクライヴ殿下が庭園にいて、軽くお話に誘ってくださったのだけれど…あ」
アリシアの顔はますます紅潮し、目はキラッキラになってしまった。
「噂は嘘でなかったのね!!!どちらの王子のことなのかは断片的にしか聞いていなかったからわからなかったけど、きっとクライヴ殿下のことよ!!ああ、恋の実りの気配がする…!」
「いや、それは少し違うような…それに、彼の感じからすれば、どちらかといえば友人を見つけたような気分で接してくれていたのだと思うのだけれど。」
そうは言っても、もう聞く耳を持っていないアリシア。とりあえずお茶会の方へ行けば流石に彼女も落ち着くかと思い、はしたなくない程度に歩くスピードをあげるのであった。
「ほら、早く着いてきてくれないとまた迷ってしまうわよ。」
「ああ、置いていかないでセレステ!まだ聞きたいことがたくさんあるのよ!」
二人が庭園を去った後、影から一人の人物が現れた。
「ああ、セレステ……本当に長かったよ。でも大丈夫。もうすぐ、全てはうまく行くはずだから。だから、それまではちゃんと待っていてね?僕の大事な大事な未来の王妃さん。」
金髪の髪の毛が、光を反射してキラキラと輝いていた。