Rebirth of DeViLs
あれから一週間。いくらゆっくり考えてお返事くださいと言われていても、もうさすがにタイムリミットは限界だ。
いろいろ考えたが、やはりわたしにはあのパフォーマンスについて行くのは無理だろう。運動神経は自慢できるくらい鈍い方だ。
せっかくのチャンスだが、わたしが加入することでユニット全体の足を引っ張ることになっても迷惑をかけるだけである。自分にはあまりにもハードルが高すぎるのだ。そんなマイナス思考が支配的となっていたニコリーナである。
スマホを手に取り、松井氏の名刺に印刷されている事務所の電話番号の数字を押していった。
呼び出し音が二回聞こえたあと、女性スタッフが
「マイルスマイル・プロダクションでございます」
と応答した。
「あの、わたくし小町と申しますが、松井様はいらっしゃいますでしょうか」
「こまち様ですか。松井でございますね。少々お待ちください」
保留中に流れていたのはエリック・ドルフィーのバス・クラリネット・ソロの曲だったが、ニコリーナには演奏者も吹いている楽器名も知る由がない。
十秒ほどして松井氏の声が聞こえた。
「松井です。こまちさまと伺っておりますが、どこでご挨拶させていただいたか教えていただけますか?」
仕事柄、あちこちで声掛けしているのだろう。誰に対しても個人情報は聞き出さないのが彼もしくは事務所の方針なのかもしれない。
「あの、一週間ほど前に渋谷のスクランブル交差点で……」
「ああ、あの時の! 私が交番に連れて行かれた日にお会いした方ですね。
こまちさんとおっしゃるんですか。あの時はびっくりされたでしょう。改めてお詫びいたします」
「いえ、とんでもないです。それより大丈夫でしたか? あの後……」
「ええ。いつもの事ですから、事務所に確認を取って事情を説明してカツ丼をご馳走になって釈放されました」
「え⁉ やっぱりカツ丼食べるんですか? ドラマみたいに」
「そうですよ。定番です」
「はあ。でもとりあえず疑いが晴れて良かったです」
通報したのが彼女の親友であることはこの際、内緒にしておくことにした。三秒ほど間が開いて松井が切り出した。
「今日ご連絡いただいたのは先日のお誘いの件ですか」
「はい」
松井はニコリーナが言い出し辛いのを感じ取ったのだろう。
「そのお声から察すると、お断りのお電話ですね」
「はい。あの、その通りです」
「よろしければ理由をお聞かせくださいませんか」
「ライヴを観させていただいてすごく感激と感動しました。と同時に『あんな激しいパフォーマンスはわたしには無理』と思ったのも事実です」
「あのユニットは特別激しい動きをステージで繰り広げるために、日々練習に励んでいる人たちの集まりですからね。
ユニットの名前はご存知ですか?」
「……いえ、失礼ながら存じておりません。そう言えば感動のあまり、グループ名を確認する余裕がありませんでした」
「そうでしたか。あのユニットはリバース・オブ・デヴィルズ(Rebirth of DeViLs)と言って、メジャーデビューして三年目になります。元々は地下アイドルとして活動していたんですが、ちょっとしたきっかけで急に人気が出て、その勢いに乗ってデビューCD発売と同時に東名阪福へのツアーに打って出て大成功し、以降も多少の増減はあるものの、ファンもCD売り上げも、この規模のユニットとしては、業界で平均以上の実績を残しています」
「そうなんですね。それを伺って益々わたしの入る余地はないと思います」
「こまちさんのお気持ちは判りました。ただ、こまちさんに求めているものはRoDの路線とはちょっと違うんです。
実はこまちさんも含めて、同じ年齢の女性五人程度で新しいユニットを組もうと企画してまして、その一員としてこまちさんを起用しようと考えていたのですが……
どうでしょう、もう一度ご検討してもらえませんか? こちらでもこの一週間である程度の路線が見えてきたので、そのことも踏まえて再度お会いしてご説明させていただくと、こまちさんにも考慮していただく際の参考になると思うのですが、いかがでしょう」
「……わかりました。最初からデヴィルズのレベルに到達していないといけないと思い込んでいました。
今のお話しを伺ってもう一度考えなおす機会をいただけるのなら、わたしからもぜひ詳しいお話しをお聴かせてくださいとお願いします」
「良かったです。実は先日のライヴの会場で、私の上司もこまちさんの姿を拝見して、ぜひ新しいユニットに参加したいただきたいと申しておりました。
ではまた先日と同じスタバでお会いすると言うことでよろしいでしょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
「では都合の良い日と時間をSNSでご連絡ください。またお会いできるのを楽しみにしております」
「あ、こちらこそとても楽しみです。では失礼いたします」
「失礼いたします」