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ニコリーナの冒険  作者: アルシオーネM45
1/5

さまよえる秋田美人

登場人物

小町 ニコリーナ(こまち にこりーな) 十八歳の女子大生

小町こまち 羽黎ハレー ニコリーナの父

小町こまち 入鹿いるか ニコリーナの母

小町こまち 竜之介たつのすけ ニコリーナの兄

あすみ ニコリーナの親友。関東在住

松井 マイルスマイル・プロダクション スカウト担当

 「おめでとうございます。よくがんばりましたね! 元気な女の子ですよ」

 看護師さんが抱き上げたその腕に、たった今この世の仲間入りをした存在が、小さいながら分娩室全体を震わすほどの大音声で泣き声を轟かす。

眉目麗しい玉のような赤ちゃんが自身の誕生を高らかに宣言していた。

 父は思った。

 「こりゃ泣き声じゃなくて鳴き声だな。いつか酒の席で誕生シーンの話題になった時のネタにしよう」

 兄は思った。

 「なんか泣くってより高笑いしてるみたいだよね」

 母は疲れて意識が飛びそうな中で感じた。

 「んまあ、でっかい声……」

 看護師さんも

 「すっごいこの子! 経験上、将来は大物になる要素があるわ」

 室内の人々がそれぞれ心の中で感嘆しているのを当然ながら知る由もなく、赤ん坊はそれからしばらく雄叫び続けた。


 『ニコリーナ』。生まれた女の子にはこう名付けられた。

 なぜカタカナきらきらネームをこの運命の子に授けたか。理由は「これから世界はグローバル化していく。そのとば口に立ついま、日本はもちろん、世界にも通用する名前を持たせてあげるのが親の務めである」らしい。

 その全世界対応型の名前ゆえ、初対面の相手に対し、頻繁に誤解を与えることとなる。

 すなわち「お生まれはどちらですか」「二世の方ですか」「コスネームね! ほんとのお名前教えて。コス友なろうよ」等々。

 改めて記しておくと、彼女の父も母も生粋の秋田生まれの秋田県人。彼女本人は外国人離れしたコテコテの秋田美人である。

 しかしその名前が彼女の学校生活で災いすることはなかった。

 名前から受ける印象と実際の彼女のかわいさ美しさは、男子児童生徒先生はおろか、女子群からも人気の的。その状況はいやでも本人に意識させることではあったが、だからといってお高く振る舞うことなど全くない。それがまた周りの人たちを彼女の虜にするのだ。


 月日はアッと言う間もなく流れ、早くも高校一年生。ニコリーナも進路の選択をしなくてはならない時期だ。

 地元の大学に進学し、四年間好き勝手やって卒業したら五年くらい働いてコトブキ退社するのかなあと漠然と考えていたある日、めずらしく兄の竜之介が部屋にやって来て唐突に妹に訊ねた。

 「おまえ、進路決めてんのか?」

 「進路? うーん、だいたいね」

 「まさか地元の大学に入って卒業したら四~五年働いてちゃんと食わせてくれそうな同僚つかまえて寿退社、なんて安直な計画じゃないよな」

 「な、なによそれ。わたしはそんな単純な人生なんて歩かないわよ」

 「そうか。それならいい。お前、理数系得意だから東京の大学に行って博士号とって、将来はノーベル賞取れよ」

 「の のーべるしょー? それは無理でしょ。わたし、賞状なんて幼稚園と小学校と中学校の卒業賞書しかもらったことないんだよ!」

 「そりゃ賞書じゃなくて証書だろ。

 あのな、目標は高く持ってないとそこに到達できないぞ。もし到達できなくても、それまでに培った経験や知識はかならず人生の栄養になる。

 学者になるならノーベル賞、大工になるなら棟梁、先生になったら校長、アイドルになれば武道館。それぞれの分野で最高を目指すくらいの心持ちじゃないと途中で挫折するぞ。

 でも挫折してもかまわんのよ。エベレストが無理なら富士山、それもむずかしければ八塩山でいい。その時その時で臨機応変して最善の道を探り当てればそれがお前の幸せだから。

 若いうちは目標は高く持て、それが兄からの助言だ。以上!」

 言うだけ言って兄は部屋を出て行った。


 それから三年後、ニコリーナは東京の二ツ橋大学物理学部理論物理学科へと進学していた。

 秋田に住んでいた同級生の親友たちもあっちこっちに散らばっている。あすみちゃんもそのひとりだ。

 ある日、渋谷でショッピング歩きをしているとあすみちゃんからSNSにメッセージが届いた。

 「なにしてんの」

 「渋谷にいる」

 「お買いもの?」

 「そう。元気?」

 「元気だよ。そっちは?」

 「すっごい元気。ちょっとスクランブル交差点のライヴ・カメラ見てて」

 「見てるよ」

 「じゃあ今から渡るから、まん中くらいで手振るからね」

 「わかった。それで生存確認できる」

 「そうよ。見ててね」

 ニコリーナは歩行者用信号が青になると歩き出した。そしてクロスの中心付近で立ち止まると、スタバ方向に設置されているカメラに向きなおり手を振った。

 ニコリーナには当然見えないが、あすみちゃんもパソコンのディスプレイに向かって手を振っている。

 と、ひとりの男性がニコリーナに声をかけてきた。


 「あの、ちょっといいですか?」

 ニコリーナにとっては東京に来てもう何度目かの声かけだ。単なるナンパもあれば、得体のしれないプロダクションのスカウトなど、迂闊について行くとどんな結末が待っているか想像するだけでも恐ろしい。

 だいたいの場合、声をかけてくるのはバカっぽい男なので、テキトーにあしらってバイバイする。

 が、今回はちょっと違う。芸能関係のオーラが出ているし、差し出した名刺には有名事務所の名称が印刷されている。

 「すみません、急にお声掛けして。わたくし、マイルスマイル・プロダクションの松井と申します。主にタレントのスカウトを担当しております。

 先ほど信号待ちをしている時にお見掛けし、つい気になって無礼ながらご挨拶させていただきました。

 もしお時間があれば、なぜお声をかけたのかと私の仕事の内容をご説明させていただきたいのですが」

 「あ、はあ」

 「多分、急なことで怪しまれていると存じます。どうでしょう、周囲からもこちらからも見通しがいい、TSUTAYA二階の通りに面した席でコーヒーでも飲みながらお話しさせてくださらないでしょうか」

 ちょっと迷ったが、短い会話ではあるものの、あぶない人ではなさそうなのは直感的にわかる。

 「じゃあ三十分くらいなら……」

 「良かった! ありがとうございます。私にチャンスを与えてくれて感謝します」

 両者合意の上でスタバに向かった。


 その状況を一部始終モニターしていたあすみちゃんは、ニコリーナが怪しい男に連れて行かれたと完全に思い込んでしまった。

 「あの子、ヤバい!」

 焦ったあすみちゃん、取りあえず警察に通報することにした。

 一一〇を押しスマホを耳に当てるが無音だ。

 「どうしたんだろ、なんで通じない!」

 ほとんどパニック状態のあすみちゃん、一度入力した番号を消し再入力した。が、やはり応答はない。応答はおろか発信音さえ聞こえない。

 「なんでなんで⁉」

 落ち着けわたしと自分に言い聞かせ、通話手順に気を付けて再度一一〇を押した。ちょっと冷静になったおかげで、番号入力のあと通話ボタンを押していないことに気づいた。

 「これだ! わたしバカっ!」

 今度は呼び出し音がなり指令室に繋がった。

 「一一〇番です。事故ですか事件ですか」

 「事件です。友だちが連れ去られかけてます!」

 「誘拐されかけているんですか?」

 「誘拐と言うか、怪しい男に連れて行かれています」

 「判りました。場所はどこですか」

 「あ あのあそこです スクランブルエッグです」

 「スクランブルなんですか?」

 「スクランブルエッグです。人の大勢いる」

 「ああ 付近に目立つ建物や目標物はありますか」

 「って、スクランブルそのものが目標物ですよね」

 「何区になります?」

 「渋谷区ですよ、当然でしょ!」

 「……渋谷区 ですか?」

 「そう渋谷区です し・ぶ・や・く!」

 「東京都渋谷区のスクランブル交差点ですか?」

 「そうですそうです。早くお巡りさんを向わせて! 髪の長い白い服を着た女の子と、黒っぽいスーツ姿の男です。早くはやく!」

 「確認ですが、東京の渋谷区ですね?」

 「だからさっきから何回も言ってるじゃないですか! そうですそこです」

 「こちらは地元の指令室なので、こちらから警視庁の渋谷署に連絡をとります。

 先方から確認のお電話がかかりますので、今おかけになっている携帯番号でよろしいですか」

 地元? あ、わたしここの一一〇番にかけてたんだ。わ、どーしよう。

 あすみちゃんは漸く自分の住んでいる管区の一一〇番にかけていたことに気がついた。

 「あ、あの、わたし焦って自分の住んでる警察にかけてました。ごめんなさい」

 「大丈夫ですよ。こちらから先方に早急に連絡しますから、折り返しお電話がかかるので詳しく説明してください」

 「わ わかりました。すみません、あわてちゃって失礼なこと言って」

 「お気になさらないで結構です。では管轄署からの連絡をお待ちください」


 「ご興味がありましたらぜひ一度、ライヴ会場にお見えになって見学してみてください。その上でご検討していただいて結構です」

 「わかりました。わたしがアイドルになるなんて想像つかないんですけど、興味はとってもありました。かならず見学に伺います」

 「ありがとうございます。きっと興味が更に深まるでしょう。

 こちらからはお電話番号やご住所はうかがいませんので、何かご用やお尋ねになりたいことがありましたら名刺の電話番号にご連絡ください」

 初対面だけどこの人は信頼できそうとニコリーナは思った。今度の日曜日にライヴがあるとのことなので、そこへ行ってみよう。

 それにしても、自分が見る側じゃなくて見られる側になることになるかもしれないなんて思ってもみなかったことである。

 しばらくの間、自分がステージに立つシーンを想像してはニタリ顔になってしまう精神状態に困惑した。


 話しが終わり、TSUTAYAの外に出ると三人の警察官が寄ってきた。

 笑顔ではあるが目は笑っていない表情で

 「ちょっとお話し、よろしいですか」

 と松井氏に声をかけている。いわゆる職質ってやつだ。

 「はい、なんでしょう」

 「この女性とはどういうご関係ですか?」

 「は?」

 「迷惑行為の恐れがあると通報があったのでお尋ねしています」

 「迷惑行為? 誰がそんなことを」

 「どのようなご関係ですか」

 「あの、この方、松井さんとはお仕事のお話しをしていました」

 ニコリーナが横から状況を説明しようとした。しかし警察官にはニコリーナが松井氏に、言葉巧みに騙されかけた疑いがあると見て職質の勢いを緩めない。

 「ちょっとそこの交番までご同行していただけますか」

 質問の形にはなっているが、連行する意志は固そうだ。

 「わかりました。同行します」

 「え⁉ 松井さん、よろしいんですか?」

 「はい。この仕事をやっていると、この状況はあるあるなんです。もう慣れてますから三十分もすれば開放されますよ」

 「あの、わたしも行きます」

 「あ、お嬢さんは結構です。ただお名前と住所と電話番号を教えてください。あとでこちらから連絡しますので」

 ニコリーナは言われた通り、住所氏名電話番号を早口に言った。早口過ぎて警察官が聞き返すほどわざと早口にした。


 警官たちに拉致された松井氏と別れ、バッグからスマホを取り出してあすみちゃんに連絡しようとしたら、そのあすみちゃんから大量のメッセージが届いていた。着信履歴もニ十回以上残っている。

 「もしもし、あすみちゃん? どうしたの 何かあったの?」

 「って、それこっちの訊きたいことよ! 誘拐されたんじゃないの?」

 「誘拐? わたしが? ぁあ もしかして警察に通報したの、あすみちゃん?」

 「そうよ! ライヴ・カメラ見てたらニコリが変なヤツに連れて行かれてたから、てっきり言葉巧みにだまされたと思ったよ。だから地元の一一〇番に電話して状況を説明した」

 「地元の一一〇番?」

 「そう。焦ってたのよ」

 「そうだったのかあ。心配してくれてありがとうね。

 あのね、アイドルにならないかってスカウトだったのよ」

 「やっぱヤバかったんじゃない! で、どうだった? 警察は見つけてくれた?」

 「見つかったよ。おかげでスカウトしてくれた人は交番に連れて行かれてる。多分いま頃、カツ丼食べてるんじゃないかな」

 「じゃあ白状したんだ」

 「そうじゃなくて、無実だって判明してるよ」

 「え、じゃあ不審者じゃなかったの?」

 「ちゃんとした人よ。もちろん初対面だから間違いないとは言えないけど、社会的地位もしっかりした人だと思う」

 「ねえ、さっきアイドルって言ったよね。アイドルになるの?」

 「だからそれのお誘い。わたしを街中で見かけてオーラを感じたんだって。悪い気しないよね」

 「それ、やっぱりヤバいよ」

 「ヤバくないよ。だって住所も名前も電話番号も教えてないし。一度そのユニットのライヴを見学して、それで検討してくれればいいって言ってくれた」

 「ふぅん。じゃあもしかしたら人生の転機ってやつかもね」

 「そんなオーバーな。で今度の日曜日にそのユニットのライヴを観に行ってくる」

 「そうなの。しっかり見て、よっく考えて返事をしなきゃよ」

 「わかってるよ。わたしもうおとなだよ」

 「そうかなあ。アイドルになったら永遠の十七歳って言わなきゃいけないんだよ」

 「はは。それ言ってみたいね、大勢の前で」

 「とりあえず無事でよかった。その松なんとかさんにわたしがお詫びしてたって言っといてね」

 「うん、わかった。心配してくれてありがとね」

 「ニコリの行く先々にライヴ・カメラがあればいつも見守ってあげるのに」

 「それってストーカーだよ。わたしは大丈夫だからそんなに気にしないで」

 「わかりました。それじゃ午後もご安全に」

 「ご安全に」


 日曜日のライヴ会場、お目当てのユニットがステージに登場。

 普段は聴くことのない急速調の曲を踊りこなすパフォーマンスに、ニコリーナは圧倒された。彼女たちがステージから去っても数分はその場から動くことができない。

 「わたしもあのステージに立ちたい。そして踊りたい。でも自分にあんなパフォーマンスができるのだろうか」

 ニコリーナは帰りの電車の中で逡巡するのであった。


この小説はフィクションです。フィクションですが現実世界と一部重なる部分もあるかもしれません。が、それは偶然の一致です。

連載を予定しておりますが、反響次第と言うことで。

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