7話. お節介にも事情を訊ねる
「あのー」
クロがちょっと近づいて、青年に声をかけた。
しかし、彼は呼びかけに気付かないまま、手に持った木の皮のようなものを見つめて考え込んでいた。
ならばと、クロはその腕を軽くつついた。
それでようやく、青年の視線がずれて、彼女の方に向く。
「こんにちはっ」
「う、うわぁっ!?」
元気な挨拶ののち、認識が遅れて彼の元にやってきて、青年は驚きのあまり道標から落っこちて草むらに転がった。
「大丈夫か?」
その盛大な有様に半分呆れながらも、ヒューは青年に歩み寄り手を差し出した。
「どうも……」
素直に助けを借りて、彼はゆっくりと立ち上がる。
先ほどまで座って背を丸めていたからよく分かっていなかったが、この青年は二人の頭が上向くぐらいには大柄だった。
けれど、背の高さと筋肉質な体つきに似合わず気弱な雰囲気を漂わせており、威圧感はまったくなかった。
「こんなところで何をしてるんですか?」
「えっ、えっと……」
クロに視線をあてられ、青年はしどろもどろになって舌をもつらせる。
話が進まないので、ヒューが横合いから口を出した。
「じゃあ、その手に持ってるものは何だ?」
言われて、思い出したように自分の手に持っていた木の皮をちらと見ると、一つ息をついた。
そして、ヒューに向けて言葉を続けた。
「今朝、僕の家の前にあったんです」
差し出された木の皮をヒューとクロが覗き込む。そこには、鋭いもので削ったような、文字が刻まれていた。
「山……」
「来い?」
それぞれが呼んでみて、青年に顔を向ける。
「脅されてるのか?」
「実を言うと、まったく身に覚えがなくて」
「今朝、僕の家の前に、大量の木の実と一緒にこれが置いてあったといいますか」
「なぜ木の実も?」
「さぁ……」
互いに首を捻る横で、クロがじっと腕を組んで、周辺の地理を思い出した。
「この辺りで山って言ったら、ええと、べグ・フェアだっけ」
「ええ。東にある、小さな山です」
「イラドの町からどれくらい?」
「今から向かえば、日が暮れる頃には戻れるでしょうね」
そこまで聞いて、クロはヒューに向き直る。
「ねぇ」
「どうした」
「私たちも一緒についていくのはどうかな?」
彼女の提案に食いついたのは、何よりもまず青年の方だった。
「本当ですか!?」
思いがけぬ味方を得て、二人の視線がヒューに集まる。
ヒューも特に否定する意思はなくて、槍を包んだ布袋を抱え直した。
「報酬がもらえるなら、やぶさかではない」
「具体的には、ご飯と寝床が欲しいって」
「もちろん構いません。イラドには僕の家がありますから、どちらの条件も満たせますよ」
「あとは、竜だ」
「竜?」
「ああっと、それは話すとちょっと長くなるから、歩きながら話そう?」
「わ、分かりました」
青年は頷いて、シャツの襟を正した。
「自己紹介が遅れました。僕は、トルツァといいます。気軽にトール、と呼んでください」
「私はクロ。こっちはヒューだよ」
「短い間だろうが、よろしく頼む」
「こちらこそ」
順番に、青年とささやかな握手を交わして。
二人は、べグ・フェア山への同行を引き受けたのだった。
次のお話は12月17日の23時頃に出します。
※未定に延ばします。