6話. 分かれ道に男が佇む
奪われた食料を村に送り届けた二人は、男に感謝された。
どうしてあの男だけなのかというと、ヒューたちは少しの食料と竜の情報が欲しかったからで、村全体のちょっとした栄誉なぞはどうでもよかったのである。
むしろ、変に疑われるリスクの方が強かったため、報酬をきっちり受け取ったあと早々に旅を再開したのだった。
「良い竜と悪い竜、か」
なだらかな街道の途上で、ヒューが呟いた。
「おじさんから聞いた話?」
ぼんやり鼻歌を唄っていたクロが、横合いから口を出す。
肯定する代わりに、ヒューは麻の粗雑な袋を背負い直した。
そして、晴れとも雨ともつかないぐずついた空を仰いで、眉をひそめた。
「ああ」
どこか思案気なヒューをよそに、クロは男の持ち出した"おとぎ話"をそらんじることにした。
「『むかしむかしあるところに、大きな国がありました』」
「『その国は賢い王様が治めていて、ずうっと穏やかだったのですが、ある日突然、おそろしい竜が空からやって来ました』」
「『竜は口から吐く炎と鋭い爪や牙で国を壊そうとしましたが、勇敢な王子様が、太陽のように光る剣を振るって、竜を見事やっつけたのです』」
「『長い時が経って、平和になった国に再び、竜が現れました』」
「『けれどその竜は優しい竜で、大きな翼とたくさんの知恵を使って、人々を大いに助けたのです』」
淡々と語られる物語の最後を、ヒューが引き取った。
「そして国は、それまで以上の繁栄を築き上げた……」
緩めた歩調のなかで、クロは軽く息をつく。
「おじさんの味方をするつもりはないけど、やっぱりこれだけじゃ何とも言えないよね」
物語は物語。実際に求める何かは、そこにはないのではないか。
ところが、ヒューは平然と首を振った。
「いや、そんなことはない」
「誰かの語りの内に竜がいた。それだけでも十分な収穫だ」
彼が落胆していなかったことを密かに安堵しつつ、しかしクロは怪訝そうに訊ねた。
「そういうものなの?」
「少なくとも、俺は俺の頭の中でしか竜の存在を知ることができなかったから……言うなれば、天啓とか閃きとか、そういうやつだ」
「閃き、かぁ」
現世をほんの少し外れてしまったような、暗く紅い髪がゆらゆらと揺れる。
存在するかどうか分からないものを殺さなければならないという閃き。
そんなものは、当然ないほうが幸せである。絶対に。
浮かない表情の彼女を見て、ヒューは戸惑いつつも言った。
「大丈夫だ。テーミに行けばもっとたくさん情報が手に入る」
「竜は必ず見つける」
「……うん」
頷いたところで、まもなく二人の歩みが一緒に止まった。
それは、二又に別れる路に来たからというよりは。
「うぅん。どうしよう……」
それぞれの路の行先を示す看板に腰掛けた、何事かをぶつぶつ呟く青年を見つけたからであった。
次のお話は12月10日の23時ごろに上げます。
※12月11日の23時に延ばします。