3話. 早々に対峙する
逃げた盗賊の追跡は、クロが導く形で進んだ。
既にその姿が見えないにも関わらず、彼女は迷いのない動きで森の中を走り、ヒューがその傍を離れずぴったりついていく。
「どうだ?」
「色がどんどん濃くなってる」
「……お前の理屈で言われても困る」
「あー、えっと、かなり近いってこと!」
そう言い切ると、クロは木々と茂みばかりの周囲をざっと見渡す。そして、ほとんど時間をかけずに左へと舵を切った。目標を見失わない確信が持てたためか、走るペースは徐々に落ちていき、最終的に歩きに落ち着いていく。
そうして、二人の足は、開けた空間に出たところで緩やかに止まった。
「ここ」
自信に満ちた眼差しがヒューを見つめる。しかし、彼はクロのナビゲート以上に気になることがあるようで、周辺をちらちらと確認していた。
「だろうな」
その様子に怪訝な表情を見せたクロだったが、彼女もまもなくその理由に気付いた。
ゆっくり首を巡らすと、息を潜めている盗賊の姿がそこかしこにあったのだ。しかも、隠れているというよりは、いつでも襲い掛かれるよう態勢を整えているようだった。
つまり二人は、敵地のど真ん中にノコノコと侵入してしまったのである。
「えっと、気付いてた?」
「ああ」
「じゃあ早く言ってよ! これじゃ私がマヌケみたいじゃん!」
「止めるの、悪いかと思って」
「そんなヘンな遠慮しなくていいからっ」
「大丈夫だ。本当に危ないときは死んでも引き留める」
「はぁ……」
いたってまじめなヒューの答えを受け、空気と格闘するような言い知れぬ疲れが降ってきて、クロは肩を落とした。
このように、危機的状況にも関わらずのんきな会話を交わしている侵入者たちに、樹上で身構えていた盗賊たちもどうしたものかと顔を見合わせる。
奇妙な空気が流れるなか、騒がしい話し声を聞きつけて、木陰の一つから三つ編み頭がひょっこり出てきた。
そして、そこに仲間を倒した二人組を認めるや否や、三つ編みはまたそそくさと頭を引っ込めた。
代わりに、今度はがしゃがしゃという金属の擦れ合う音が響いてきた。
「何の音?」
森の自然のそれとは似つかわしくない響きに、クロは脱力から覚める。ヒューはといえば、既に音の鳴った方を注視していた。
果たして、無造作にその姿は現れた。
手入れが行き届いてない、くすんだ銀の甲冑と、土に汚れた兜。腰には両刃の長剣を帯びており、ボロボロになった鞘からその刀身が微かに覗く。
それは、まさしく騎士だった。
「騎士だ……」
「騎士だね……」
二人は驚くというより、納得していた。確かに、村の男の言っていたことの一つは間違いではなかったのだ。幽霊であるかどうかはさておき。
「親分、やっちゃってー!」
三つ編みが木陰から応援する。しかし、親分と呼ばれた騎士はそれには反応を示さず、樹上に待機していた盗賊たちを見上げ、首を振った。
それで、場にいた盗賊たち全員が渋々構えを解いた。
「一対一か」
ヒューの言葉に、騎士は頷く。そして、半ば棒立ちの状態で彼はヒューを招くようなしぐさをした。
「クロ」
「うん」
彼の意思を察して、クロも邪魔にならないよう距離を取った。
こうして、ヒューと騎士だけが相対する形となる。
「実力勝負だ。『参った』と言ったら負け」
「勝った方が負けた方の要求を呑む。これでどうだ?」
「……」
相手の提案を聞いて、騎士はまた静かに頷いた。
否が応にも緊張が満ちていく。どちらかが仕掛ければ、戦いが始まる。
ヒューは槍の柄を強く握った。浮遊する穂先を使おうかと思ったのだが、やめた。相手がどんな手を使ってくるのか分からない以上、自分の奥の手を先に切ってしまうのは得策ではないと考えたのだ。
分からなければ、まずは突っ込んでみる。
槍をまっすぐに構え、ヒューは騎士へと向かっていった。
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