表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜を殺すまで  作者: 鈴索
2/8

1話. 道行きとなりゆき

「雨、止んだみたい」

 その声で、少年の物思いは不意に覚めた。かたわらを見やれば、少女が外套のフードを脱いで、暗い夕暮れのような紅髪を外気にさらしていた。

「ヒュー?」

 期待していた返事が来なかったから、少女はちょっぴり不満げに彼の名を呼んだ。

 少年……ヒューは、そんな機微を悟ることもなく、自分の上衣の結び目を緩めた。

「どうした」

「いや、"どうした"はこっちのセリフ。なんかぼーっとしてたでしょ」

「気のせいだ」

 本当かしらと、光の籠った黒い瞳がじいっとヒューを見つめた。そんな湿った視線に動じることなく、むしろ興味深そうにヒューも見つめ返した。

「……」

「クロ?」

 結局、先に降参したのは少女……クロの方だった。

「な、何でもない。ほらっ、村までもうすぐだし、早く行こ」

「ああ」

 灰色の雲の裂け目に白い陽光が差し込む空のもと、二人は各々の荷物を担ぎ直し、草木の濡れた道なき道を再び歩き出した。

 遠い距離と雨霧でおぼろげだった建物群の形が、少しずつはっきりしていく。無造作だった周囲の草原も実りかけの穀物畑へと変わり、そのはざまが村の入り口を示した。

「静かだな」

 左右の畑を眺めながら、ヒューが言う。

「まだ晴れたばかりだから、みんな外に出てないんじゃない?」

「ふむ」

 肯定とも否定とも取れない頷きを返しながら、彼は一歩先に村の中へと踏み込んだ。

 歩きやすいよう整えられた通りに、石造りの家々がまばらに寄り添う。そのどれもが戸をぴしゃりと閉めていて、隙がない。

 ちょっと進んでみても、ヒューとクロ以外の人影は見当たらなさそうだった。

「……やっぱり妙かも」

「気配はあるんだが」

 改めて辺りの奇妙な雰囲気を共有しながら、村の中央に差し掛かったそのとき。

「あっ、人!」

 二人はここに来て初めて住民の姿を認めた。農夫の出で立ちで、顔に幾らかシワが寄り始めているが、日に焼けた肉体がいかにも丈夫そうな男だった。

 男は使い古された鋤を肩に担ぎ、不機嫌そうな面持ちで井戸のふちに腰掛けていたが、彼もまた村にやって来たよそ者の存在に気付いた。

「っまだ居やがったのか!」

 くすぶっていた表情が見る間に怒りに燃え上がる。男は体つきに似合わぬ身軽さで立ち上がると、鋤を槍のように水平に構えた。

「あの、おじさ……「図々しい盗人共め、覚悟しろっ!」

 クロの呼びかけは問答無用で遮られ、男が敵意を剝き出して突撃してくる。その矛先は、誤解を解こうと前に進み出たクロに向けられていた。

 人を殺傷するための道具でないとはいえ、当たれば大けがを負うことは免れない勢い。

 しかし彼女は動かなかった。ただ相手を見据えてじっと立っていた。

 ふと、男の眼前に何かが閃いた。

「うおっ!?」

 そして、その閃きを目にしたときには既に、突き出したはずの鋤の刃先が地面に突き刺さっていた。つまり、弾かれたのだ。

「落ち着いてくれ、おっさん。俺たちは盗人じゃない」

 ヒューが、唖然としている男に淡々と言う。視線を投げかけることもなく、その手は腕に抱えた細長い布の袋の口を整えていた。

 彼の言葉に、クロも勢い良く頷いた。

「そうそう、私たちはただの旅人だよ」

「……うーむ……」

 釈然としない気持ちで鋤を引き抜いて、今度は地面に真っすぐに立てて杖代わりにすると、男は二人の顔を交互に何度も見た。

 そして、一つの疑問を口にした。

「じゃあ、お前たちは何のために旅なんぞしているんだ?」

「竜を殺すためだ」

 ヒューの答えに、男の目がぱちくりする。

「竜だって? 俺の聞き間違いか?」

「ううん。間違ってないよ」

 これには横合いからクロが否定した。

 すると男は、肩を震わせたかと思えば、途端に大声で笑い出した。

「ああ、そうかそうか竜を殺すのか!」

「ちょっとおじさん、バカにしてるでしょ」

「当たり前だろ。竜なんてそれこそ、おとぎ話のなかのモンだからな」

「あのねぇ……」

「クロ」

 ヒューが、食い下がろうとするクロの肩に手を置いて代わりに男の前に出た。

 それでクロも、渋々ながら、開きかけた口を閉じた。

「話は変わるが、盗賊が来るのか? この村に」

 "盗賊"という言葉を聞いて、さっきまで笑っていた男の顔が引きつり、歪む。

「ああそうだ! ここ最近、一ヶ月かそこらのことだ。突然村に現れて、倉庫の備蓄をちょくちょくかっさらいに来やがるのさ。まさにお前たちみてぇな恰好をした、小さくてすばしっこいガキ共だ」

「逃げた先を見るに、どうもテュボスの森を根城にしているらしい」

「東の方か。ここから近いな」

 そこで、クロが小首を傾げた。

「相手が子供で居場所も分かってるのに、村の方から退治しにいったりとかしなかったの?」

「もちろん行ったさ。村の若い奴らと一緒に、俺もついていった。だが、返り討ちに遭ったんだ」

「なんで?」

 彼女の純粋な畳みかけに、男は言いにくそうに答えた。

「皆こっぴどくやられたんだ。あいつらの親玉に」

「ふぅん……どんなヤツだったの?」

「それが、幽霊なんだ」

「幽霊?」

「ああ、ボロボロの甲冑を着込んだ幽霊だ。そうとしか言いようがねぇ」

「さっき竜のことをおとぎ話って言ったくせに、幽霊は信じるんだ」

 今度はクロが小ばかにしたような調子で聞き返した。しかし男は必死に続ける。

「本当なんだよ。あいつ、俺らの攻撃がまるで効いてなかった。むしろ、気が付きゃこっちがケガを負っている有様だ」

「ふむ……」

「根本をどうにかできねぇ以上、村を守ってあいつらの襲撃をしのぐしかねぇ。それで、現状は後手に回っているというわけさ」

 言い切って、男は再び大きな溜め息をついた。

 本来であれば同情の余地もあるのだろうが、その盗賊と疑われしかも襲われたのだ。慰めも、手を貸す必要もない。少なくとも、クロはそう思っていたし、実際それはまっとうな考えであると思われた。

 そんな彼女の横で、ヒューが平坦に話を続ける。

「さっき、竜のことをおとぎ話だと言っていたな」

「ああ、それがどうした。あてつけか?」

「いや、知っているなら教えてほしいんだ。そのおとぎ話を。あと、今日の寝床と数日分の飯をくれ」

「代わりに、俺が盗賊を何とかしてやる」

「へ?」

 クロが素っ頓狂な声を上げる。他方、男の方はというと、値踏みするようにじっとヒューを睨んだ。

 思慮に満ちているようでどこか幼い、深い緑の瞳が、フードの奥から鋭くきらめく。

 何とも言えぬ気迫は、先ほど男の攻撃を弾いた謎の力と合わせて、打算を与えるに十分だった。

「……寝床は、納屋があるからそこでもいいなら使え。飯は……そうだな。今日の分は食わしてやる」

「竜の話と旅の分の食料は、お前たちが盗賊を追っ払ったあと。これでどうだ?」

「分かった」

「よし。決まりだな」

「えぇっ!?」

 抗議の声を上げる間もなく、彼女を置いてとんとん拍子に話は決まってしまった。

「ついてこい、案内してやる」

 そう言うなり、男はのしのしと自宅へ向けて歩いていく。

 ヒューも歩みかけて、その場で固まっているクロに振り返った。

「行こう」

「……あ、あー、うん」

 文句をつけようと思ったものの、ヒューがあまりに平然としていたから、クロは拍子抜けしてしまった。

 彼女はもう、成り行きにまかせることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ