プロローグ
「なぁ」
ひとを微睡に誘うような、優しい日差しの下で、白髪の少年が口を開いた。
彼はまっすぐに立って、目の前に広がる池の澄んだ水面を眺めていた。水面は、そう遠くない場所で境を分けて、そこから先は周りと同じように深い緑の森が広がっていた。
「うん」
少年の後ろ。横倒しになった古木に腰掛けた少女が、彼の背中へ丸い眼差しを向ける。
「おれ、やらなくちゃいけないことができた」
少年は静かに言った。その言葉だけに、ほんの微かな戸惑いが含まれていた。
居住まいを正した少女は、しかし結局古木を離れた。そして、少年の隣に並び立ち、彼のどこか大人びた横顔を覗き込んだ。
「どんなこと?」
深く息を吸って、吐く。
「竜を、ころすこと」
目と目が合った。そよ風が、二人のあいだをすり抜けていった。
少女は、揺れた、暗い夕暮れのような紅の髪を撫でた。
「どうして?」
「……分からない」
悔しそうに、あるいは申し訳なさそうに、少年が俯く。
「そっか」
そんな、沈んだ表情の少年に対して、彼女はいたって明るい調子でこくりと頷いた。
「それでも、いつかあなたは、旅に出るんだね」
「竜をころすために」
「……ああ」
「じゃあ、私もいっしょに行く」
「え?」
自分の聞き間違いを疑って、彼は思わず顔を上げた。視線の先の少女は、白雲の浮かぶ穏やかな青空を仰いでいた。
「決まりだから。あなたがイヤって言っても、ぜったいついていく」
今度はもう疑いようがない。少年のどこか曖昧な決意に、彼女は本気で付き合うつもりなのだ。
少年はしばらく目をぱちくりさせたり眉をひそめたり、一人でウンウン唸ったりしていたけれど、もう一度深呼吸をして、ようやく落ち着いた。
そして、ごく小さな声で言った。
「ありがとう」
鳥がさえずり、空気を自然の素朴な香りが満たす平穏な時。
柔らかな笑みが、少年に向けられたのであった。