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君と私の恋愛教室〜女性アレルギィの恋愛小説家と恋を知らない女性たち〜  作者: 凪司工房
第二章 「ナチュラルに恋して」
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4

「ちょっとぉ、どこまで行くの?」


 原田は周囲を確認して、人気がなくなったところで溜息をついた。


「ねえってば!」

「あのな。もう忘れたのか?」


 既に喫茶ブラウンシュガーからは五分以上歩いている。住宅街の路地をバイクが一台通り抜けただけだ。


「アタシさ、まだバイト中なんだけど?」


 愛里は眉根(まゆね)を寄せ、その大きな瞳を原田に向けた。


「いやだからさ……僕は原田貴明であって結城貴司じゃない。外で先生と呼ぶのはよしてくれないか?」

「別にセンセはセンセだからいいじゃん。それよりなんでアタシのこと助けてくれなかったの? さっき見たでしょ? 祐介にアタシ、振られそうなの。捨てられそうなのよ。どうにかならないの? あの小説みたく、魔法の言葉とかでさ」

「小説は魔法の言葉なんて使っていない」

「けど……アタシはあれを読んで自分が祐介と同棲した三ヶ月の間、ちゃんと恋愛をしてたんだって思えたよ? 喜んで、悩んで、苦しんで、一緒に笑って、抱き合って、温もりを確かめ合う。同じ空気を吸うことが恋愛だって書いてたじゃん!」


 彼女は大声でそう言い切ると、その目に(あふ)れそうなほどの涙を(たた)えていた。

 原田はハンカチを取り出す。

 それを何も言わずに受け取ると、愛里は目元に押し付けた。


「化粧落ちるぞ」

「別にアンタは困らないでしょ。それに顔なんていくらでも作り直せる。祐介はね、目が大きくて唇がぼてっとした子が好きなんだ。だから睫毛(まつげ)もたっぷり乗せて、口紅も大きめに塗るの」


 レモングリーンのハンカチは、彼女のシャドウがべったりと着いて黒ずんでしまっていた。


「ところでさ、昨日のアレなんだけど」

「何?」

「まだ君、あのバイト先の男に未練があるんだろう?」


 鼻を(すす)ながら愛里は(うなず)く。


「だったら、僕が教えられることは何もないよ」

「はぁ!?」

「だってそうだろ? 恋愛っていうのは当人たちの問題で、他人がどうこう言ってみたところでどうにもならないんだよ。アドバイスなんてするだけ無駄。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、という都々逸(どどいつ)があってね」


 言葉の意味が分からないのだろう。ただぽかんと開けていた口は徐々に閉じていき、やがて彼女の顔色が変わった。


「ちょっと! 恋愛教室してくれるって言ったじゃん! 恋の苦しみからアタシを助けてくれるんじゃなかったの!?」

「だから、君はまだ恋愛中なんだろ? だったらその恋を最後までやり切ればいいじゃないか。良い経験になるよ、振られたとしても」


 そう言った原田に愛里は顔を近づける。明らかに怒っている。


「ひっど。あんたそれでも恋愛小説家なの?」


 自分を睨みつける彼女の目を見て、ここは悪役に徹しようと原田は腕組みをした。


「作家なんてね、所詮(しょせん)は登場人物たちを不幸にして楽しんでいる下賤(げせん)な種族なんだよ。他人の不幸ほどみんな読みたがるからね。で、最後の最後だけちょこっと幸せっぽい雰囲気で終わらせておけば、みんな泣いてくれる。こんなに楽な仕事はないよ」


 白塗りをした上からでも分かる彼女の目元の赤みだった。涙が(ふく)らんでいき、すっと落ちた。


「分かっただろ。こんな僕から恋愛を学ぼうとしたって、また君が泣くだけさ。だからさっさとバイトに戻りなさい」


 これで解放される。

 そう思った時だった。


「あー! 先生!」


 振り返らなくても分かる。

 原田は(あきら)めたように溜息をつくと、その声の主に視線を向けた。


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