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作者: やぶ椿



 その店に立ち寄ったのは偶然だった。いつも通りに超過勤務を終えて私は帰途についた。いつも通りの帰り道、いつも通りの街並み…。小さくため息をついたのは何故だったろうか。

 ふと、細い路地が目に入った。こんな所にこんな隙間のような脇道があったのか。足がふらりとそちらに向いた。


 何もない場所だった。引き返そうか。こんな時間に女ひとりが薄暗い路地なんて、危ないだけだ。そう思った時。

 その店は唐突に現れたような気がした。もちろん実際は最初からそこにあって、私からは見えないだけだったのだろう。でも何となくそう思いたかった。代わり映えの無い日常に、少し疲れていたのかもしれない。


 小さな店だった。あまり見かけないような小物や品物が色々と並んでいた。何に使うのかわからないものも沢山。インテリアなのだろうか。店には人影がなく、「お代はこちらに」と書いてある紙の立て札が置いてあるだけだった。不用心だなと思いながらウロウロしていると、中にひとつ気になるものがあった。

 最初、それは写真立てなのかと思った。デジタルらしく、中のサンプル写真が変わっていく。だがよく見ると、写真などではなく本物の景色が見えているのだと気がついた。つまりこれは小さな窓、だ。

 まさか。そんなわけない。ただのリアルな映像だ。しかしあまりにもリアルで、景色に触れられそうに思えるほどだった。


 結局買って帰ってきてしまったその窓を、テーブルに置いて眺めていた。都会が映ったと思えば田園風景、春かと思えば冬。脈絡のない景色を眺めているのは気が楽だ。

 …今の暮らしは自分で選んだもののはずだった。だが本当にそうだったのだろうか。恥ずかしくない程度の学校を出て、恥ずかしくない程度の会社に勤めて。それは本当に「私」が望んだことだったのだろうか。特にやりたいことも夢もあったわけではない。それが悪かったのか。今の生活に取り立てて不満があるのではないが、幸せかと聞かれたら首は横に振られるだろう。

 私は何かを間違ったのか…。




 その日から、家に帰って小さな窓の景色を眺めるのが楽しみになった。そこに「私」はいない。今日も移ろう景色を楽しんでいた。が、ふと、ひとつの景色が気になった。

 ブランコ。秋なのだろう、落ち葉の舞う中でブランコだけが揺れている。その景色が不思議と引っかかった。見つめていると風景が変化した。今度は知らない町並み。次に田園風景、そしてまた別の街に。今まで見てきた景色がまた順番に映されるが、今度は何故かどこかで見たことがあるような気がした。そうか、これらは…。


「私の住んでた所だ」


そう、ただ忘れていただけで、窓の景色は全て私が暮らしてきた町たちだったのだ。小さな頃から親の都合で引っ越しを繰り返していた。町に行くこともあれば田舎に引っ越すこともあった。子供の頃だし何度も住む場所が変わったので忘れてしまっていた。では、このブランコも…。

 そうだ。確か、小学生の時。仲良くなった子がいて。でも私は引っ越しが決まってお別れしなければならなかったんだ。丁度秋だった。ブランコのある公園で、約束したんだ。


ー大人になったら、また会おうねー


 忘れてしまっていた、大切な約束。子供の私には何よりも大事なことだったのに。持ち物が増える度、優先順位を付けなきゃ行けなくて、いつの間にか消えてしまっていた。…涙が溢れた。何の涙なのかもわからないままに。




 大人になるということは、置いていかなければいけないことが増えるということかもしれない。でも、いつかそれを取りに帰っても構わないんだ。

 私は乗車券の手配と休みをもらうために、スマホを手に取ったのだった。








拙い作品を読んでくださりありがとうございました。精進します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても素敵なお話でした! 主人公は不思議で、そして良い出会いをしましたね。 >大人になるということは、置いていかなければいけないことが増えるということかもしれない。でも、いつかそれを取り…
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