第八話 昨夜の事件
時は遡り、日付の境目を超えた頃。
寝落ちしていた邦海はゆっくりと顔を上げて夏の方を向いた。
「……これ、もう寝てもいいんかな」
「……いいと思う」
眠いしね、と邦海の方を見て口角を少し上げた。
「どうせならベットとソファ占領してあいつが寝る場所を奪ってやりましょ」
てっきりほほ笑んでいるのかと思ったら悪戯をする時の物だったようだ。邦海は苦笑いをして呟いた。
「多分誠介床に寝ると思いますけどね」
「……床に岩でも置こうかしら」
どうしても寝かせたくないらしい。無言で空を睨んでいる夏を置いて、邦海は持ってきていた剣道着と竹刀を隅に移動した。
「ベットはどっちが寝るんですか」
大きく伸びをして夏の方を向くと、丁度ゲームの最中だったのか暫く無言だったが、窮地を過ぎたらしく彼の方を向いて優しく言った。
「有間君でいいよ、私まだ寝ないもの」
「あ、じゃあそうします」
寝室のドアノブに手を抱えた途端、呼び鈴が鳴った。それと同時に、乱暴にドアをたたく音も。邦海は少し不審に思いつつも誠介だと思い、ドアを開けに行った。
誠介が鍵を持っていたことに、その時は忘れていた。
「誠介か?遅かったな……え?」
そこに立っていたのは誠介ではなく、背の高い男と女だった。二人ともフードをかぶっており、顔は見えなかった。
「えっと?どちら様で」
思わず尋ねると、男はかすかに笑った……ような気がした。
暫く互いに睨みあっていた————正確には一方が睨みもうひと一人はキョトンと見つめている感じだが————が、沈黙を破るように男は隠し持っていた棒で邦海を殴った。
「って!」
邦海は咄嗟に腕で防御をすると、リビングに走った。先程隅に置いてしまった竹刀を取りに行くためだ。急に走ってきた邦海に夏は目を見開くが、何かを察したのか寝室へと駆け込んでいった。
竹刀を持った後、構えて男が来るのを待っていた。全神経を玄関の方へ向けていたため、背後から近づく人物に気づかなかった。
「うえっ!?」
突然、背後から誰かに抱き着かれた。そいつは女性のようで、邦海の背中に彼女の胸が当たる。慣れていない邦海は一瞬怯んで、視線が背後に回った。
その時を待っていたかのように、近づいていた男性が棒の端で邦海の後頭部を殴りつけた。不審な来客の中には女性もいたことを思い出したが、時すでに遅し。
邦海は二人に挟まれるような形で意識を失った。
〇
「……なるほどね」
数時間前に起こった出来事を頭の中で描きつつ、高木は肘をついて唸った。
邦海は茶で唇を湿らせると、隣にいた誠介を軽く睨んだ。
「てかさ、誠介は何をしてたんや?」
「えっとな……」
どうやら、朝まで帰ってこなかった誠介に腹を立てているようだ。誠介が真紀を一目見ると、彼女は軽く微笑んだ。
「誠介君には私の宿題を手伝ってもらってたの」
「宿題って言うよりは最早絵を描いてただけだったけどな」
呆れたと言わんばかりの口調で付け足しをする誠介に真紀は下を出してウインクをした。
「絵、完成したらあげるね」
邦海は面白くなさそうにそっぽを向いて目を閉じた。
一方、夏は例の白い封筒を手に取り、もう一度封を開けた。中には何枚かの写真と、一つの手紙らしきものが入っていた。
「あ、この写真……」
写真を見た夏は顔を強張らせ、それを見た誠介と邦海は夏に近づいて両肩から覗き込んだ。
「え、待ってこれ……」
「嘘だろ、おい……」
その写真は、例の物だった。
三人が固まっている間、、高木は同封されていた手紙を開いた。
そこには、一文だけ書かれていた。
「何て書いてあるんですか?」
誠介が顔を上げると、高木は無言で手紙を見せた。
『きさらあこかこかけりょい けがに 良子 赤木 かおい』
「……なにこれ」
「俺カニ好きやで」
「多分違う」
邦海のボケに素で返した後、高木は手紙を差し出し、代わりに写真を見ようと手を伸ばした。夏は一瞬躊躇った後高木に渡すが、案の定彼は顔をしかめて突き出すように夏に返した。
「多分暗号か何かじゃないかな。それ手書きだけど筆跡に心当たりある?」
「「「「ない」」」」
「古河には聞いてないよ」
真紀は明後日の方向を向いて口笛を吹いた。