第五話 夜中の誘拐事件
誘拐はされてません。自分からついていってます。
そしてこの話だけ内容が少し変わっております。
その頃。
夜は騒音を控えましょう、という注意事項をガン無視して勢いよく階段を降りていく誠介。向かっているのは、一階にある会議室だ。そこは星梨奈のお気に入りの場所でよくそこにいるのだ。
「星梨奈ぁ!」
そう叫びながら、誠介は勢いよく会議室のドアを開ける。しかしそこに星梨奈の姿はなく、代わりに見知らぬ女の人が立っていた。その人は誠介の方を見て、驚いた顔をしている。
「え、あれ……」
誠介は一瞬フリーズした後、顔を赤くしてその場を去ろうとした。
「あ、すいません。失礼しました」
勿論、謝罪をしてから。
しかし、扉を閉めようと動き出した途端、女の人は声をかけてきた。
「君、ここのアパートの人?」
「え、はい。そうですけど……」
不審人物だと勘違いされたのだろうか、部屋番号を言った方がいいのだろうか、と思考をめぐらせていると、女の人はほほ笑んだ後に会議室の明かりを消し、机の上に置いてあった鍵を掴んだ。どうやら帰るみたいだ。
誠介がいるところまで来たので、彼は扉を少し開けようと一歩前に出た。
しかし、女の人は外に出ず、
「ちょっと来てくれる?」
と言って誠介の腕を掴む。結構力があり、抵抗することが出来なかった。
〇
「ここに住んでるんだけどね、ここってあんまり風景が変わらないからいいアイデア思いつかないんだよね」
あの後、そのまま彼女の部屋へと連れていかれた。そこは丁度誠介の部屋の真下で、中の寝室やクーラーなどの配置は全く同じだった。
女の人は入るなりキッチンに一直線に向かっていく。誠介はどうすればいいのか分からず玄関で待っていると、彼女は「遠慮しないで入ってきて」と言ってくれたので今はリビングの机の近くに座っている。
「君、名前は?」
「……一条誠介です」
「誠介君、コーヒーとココアどっちがいい?」
「……コーヒーで」
「ちょいまち」
女の人は全く緊張していなければ警戒もしていない。全力で警戒している誠介とは真逆で。
「あの……お姉さんは誰なんですか?」
キッチンから戻ってきたタイミングで誠介は話しかけた。彼女の手にはアイスコーヒーが二つある。
「私は古河真紀、浅海大学に行ってるわ。そっちは?」
「俺は如月高校です」
「如月高校かー。私高校までは関西だったんだよね」
だから分かんないなぁ、と少し残念そうな顔をする。
「あ、そーなんすか」
相変わらずの返事で、誠介はアイスコーヒーに手を伸ばす。一口飲むが、顔をしかめて机に戻した。苦かったようだ。
真紀もコップに口を付け、一気に飲み干す。そして、
「それでさ、会議室に入ってくるなり叫んでたけど何かあったの?」
と本題に移った。どうやら真紀も気になっていたようだ。
「俺の友人を……まあ色々とあって捜しているんですけど見つからなくて。それで、もしかすると会議室にいるんじゃないかと思って行ったんですけど……」
「そこには居なくて、代わりに私がいたと」
「そうです」
真紀は軽く唸って考え始めた。暫く静かな時間が流れたが、不意に顔を上げた。
「見た目は?」
「えっと……」
いざ聞かれるとよく覚えていない。人間の記憶なんてそんなもんだ。誠介はポケット調べ始めた。スマホを探しているのだろう。しかしスマホは見当たらない、部屋のキッチンに置いてきたのだ。それに気づいた誠介は軽く舌打ちをすると、思考をフル回転させて思い出していた。
その間、真紀はシュガーポットを取りに立ち上がった。どうやら誠介が飲まない理由に気づいたようだ。
「髪は短くて見た目は男子です。んで、声は高い方、着てた服は覚えてないです」
見た目とは関係ない情報もあったが、そこまで気が回っていなかったのだろう。誠介は言った後に顔を上げ、そしてシュガーポットを発見した。
「ほうほう……まあこっちでも探してみる」
シュガーポットを少し誠介のほうへ押し、使っていいという意思表示をした後に軽く笑ってそう言った。
「あ、ありがとうございます」
「もちろんただとは言わないよ?」
二つの意味で、と軽く頭を下げて砂糖を二、三杯コーヒーの中に入れ、美味しそうに飲み始めた誠介を見て真紀は意地悪な笑みを浮かべた。
「え?」
「宿題一緒に解いてね」
「えっ」