第四話 夜中の失踪事件
誠介は封筒をよく見ようと夏の手から取った。すでに冷静になっている……わけではなさそうだったが、書いてある文章をもう一度自分の目で確認し、そして目を見開いた。
「え、この筆跡……星梨奈じゃね?」
それを聞いた邦海は誠介が持っている封筒を見ようとするのだが、角度の関係でよく見えていない。結局頼んで借りることにした。
「今何時?」
邦海にその紙を渡した後、そう聞きながらも自分で壁にかかっている時計を見る誠介。
「10時か……もう遅いしなっちゃんはお風呂入っとけ。俺の服適当に使っていいから」
「はいはい」
元からそのつもりだった夏は寝室の扉を開けて器用に服を取り、誠介はジャンパーを取りに同じく寝室に来たのだが……
「あ、足の踏み場ねーじゃん……」
先程の状態から何もしていないため床は全く見えていなかった。
それを見た邦海は
「じゃあ俺取りに行くわ」
と持っていた紙を机に置き、大量の洋服やゲーム機という名の進路先の障害物を少しづつどけていき、にジャンパーがかけられている椅子の所まで行った。そしてジャンパーを投げて誠介に渡すと同じ隙間をつま先立ちで器用に戻ってくる。
「んじゃ、俺ここの片付けやっとくわ」
やっと戻ってこれた邦海は部屋をちらりと見た後、手始めにとドアの周りにあった色々なものを一か所に集めていく。
その様子を見て任せられる、と思った誠介は礼を言ってから玄関に置いてあったサンダルを履き、隣の、星梨奈の部屋へ向かった。
何回かチャイムを鳴らすが、出てくる気配が無く足音も聞こえてこない。二十回目のところで「あれ、いねぇのか?」とようやく諦め家に帰ろうと自分の部屋の扉のドアノブに手をかけた。朝の星梨奈みたいに無理やり入っていくことは残念ながら不可能だ。誠介は合鍵を持ってないのだから。
しかし、ふと思い当たるものがあったのかノブは回さず、アパートの階段を駆け下りて行った。
〇
「あいつ、おっせーなー」
邦海は誠介から勝手に拝借したゲーム機で遊んでいたが、飽きたのかそれを机に置き、片頬を密着させる形で頭も机に置いた。夏も風呂から上がっており、リビングでスマホをいじっている。何をしているのかは分からない。
「夏先輩ー」
寝落ちする気満々の時のポーズになった後、夏に話しかける。
「ん?」
「あいつと連絡取れませんか?俺今スマホの充電切れてるんですよ」
夏は、一瞬きょとんとした後キッチンを一目見ると言った。
「できないことは無いけど。あいつ今スマホ持ってないわよ」
そう、誠介は慌てて飛び出したため夏に必要ないはずのジャンパーは持って行ったがスマホは忘れていたのだ。おそらく夕食の準備中にいじってそのままにしてあったのだろう。
まあジーンズ生地のジャンパーは彼のトレードマークでもあるので必要といえば必要なのだろうが。
「はあ?あのアホ」
「にしても遅いわね……」
流石に心配だねぇ、と夏は時計を見て呟く。釣られて時計を見た邦海は目を見開いた。
「え、今11時半やん!?どーしよ、母さんに怒られる……」
少々厳しい両親のもとで育っているため、事前に報告しておかないとあとで悲惨な目に合うのだ。そんな彼の事情は知らなかったが、見るも哀れな状態になっていくのを見ていられなかった夏はゲームを中断して邦海に差し出した。
「じゃあ私のスマホ使う?」
「あ、いいんですか!?んじゃあお言葉に甘えて……」
土下座のような礼をした後、素早く番号を打っていく。最近は電話帳という便利なものがあるのにこの速度とは中々やる奴である。
数回のコール音の後、
「あ、母さん?今俺誠介んちにいるんやけど……」
と言いながら寝室の方へ向かっていく。どうやら母親が出たようだ、しかし長電話になる予感がしている。
まあ今月は余裕があるからいいか、と夏は顔の筋肉を緩めてソファに寝転がった。そして体内時計で何分かかるか数える。三十分使っていたら返してもらおう、自分だってやりたいことだけではなくやらないといけないことだってあるんだ、他人に何ギガも使わせるわけにはいかない、と。
恋人ならともかく。
そんな夏の思いをいいように裏切り、邦海は5分ほどで戻ってきた。電話を終えた邦海は暗い顔をしている。怒られたのだろうか、脅されたのだろうか……まあどちらにしても後で嫌な目になるのは確実だろう、そんな顔をしている。
「ヤバい……これあとで尋問されるやつやん」
「がんばって」
どうやら後者だったようだ。何もできない夏はとりあえず応援だけして再びスマホゲームを再開する。
もうすぐ、日付が変わるところだった。
2020年7月17日編集完了。
けっこう時間かかりますねこれ……(笑)