どうやら俺があの時の勇者だとバレてしまったようですよ。
今俺達は腐食犬の討伐のため、被害がでてる近くの村までやってきた。現在俺達はその村にある食堂で飯を済ましているところだ。それなのに・・・。
「なんで、こんなことに・・・」
その食堂には、今日冒険者ギルドに居た連中が俺たちについてきていたのだ。
「まじであいつが勇者なのか?」
「結構若いね、あの女の人達とはどんな関係かな?」
「ふつうに仲間じゃね?」
「いや、まだ勇者とはわからねぇぞ。何せ鎧を着てて、顔もわからないんだからな」
ギルド内がものすごく騒がしくなっている。ここで俺がとる行動は、真っ直ぐに受付嬢の人にクエストの紙を渡しに行くことだった。
「すみません。腐食犬の討伐を受けたいんですけど」
俺はできるだけの作り笑いをしながら、受付嬢の人に渡す。
「あ、はい。かしこまりました」
その時の声に俺は身に覚えがあった。顔を見て直ぐに思い出した。
「あれ、昨日の受付嬢さん?」
そう言うと、彼女も気づいたような顔をした。
「あら、昨日冒険者登録をなさった神宮寺さんじゃないですか」
「そうです。よく覚えてますね、えぇーっとお名前は・・・」
「申し遅れました。私の名前はルピアと申します。どうぞよろしくお願いします」
彼女、ルピアさんは深くお辞儀をしながらそう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。あのこのクエストを受けたいんですけど」
「あ、そうでしたね。ではこちらに・・・」
そこでルピアは昨日見せてくれたものとは少しだけ色が違う水晶を出してきた。
「あのぉ、これは?」
「こちらは依頼結晶と言いまして、冒険者がクエストを達成されたかどうかを確認するためのものでして。クエストを受けて頂く前に、冒険者の皆様にはこちらに手を置いてもらう規則がありまして」
確かに、クエストを達成してないのに達成したことにする奴がいるかもしれないしな・・・。
「わかりました」
俺は右手を水晶に置くと、青く光だし、水晶に文字が書かれていく。数秒して最後に受付完了という文字が浮かび上がった。
「はい、これで神宮寺様がこのクエストを受けたことになりました。なおこちらのクエストは1週間以内のクエストになっているので1週間を過ぎてしまいますと、未達成という形になってしまいますが、討伐数の料金はお支払い致します。どうぞご了承ください」
「わかりました。それでは行ってきます」
「無事帰還されることを祈って待っております」
そう言ってクエストに向かおうとした瞬間。何人もの冒険者が、俺に詰め寄ってきた。
「なぁあんたの受けたクエストに俺達とついてってもいいか?もちろん報酬はいらねーし、なんなら手伝うしさ?」
そう言ってきたのは、大きな体格をした筋肉のすごい男だった。
「私達もいいかしら?少しだけあなた達に興味があるの。もちろん私達も協力するわ」
今度は瑠璃色の髪をした女性が俺に近づきながらそう言ってくる。
「僕達もついて行きたいです、お願いします」
今度は俺と同じく冒険者になったばかりのような人達が近寄ってくる。そうして何人も何人も俺に近づいてくる中。
「勇者様は随分と人気があるようですなぁ?」
そう言って近づいてくる男は、黒い鎧を身につけ、先端が赤くなっている槍を持った冒険者だった。
「ギルス・・・」
1人の男の冒険者がおそらく彼の名前を呼んだ。
「雑魚が俺の名前を呼んでんじゃねぇ」
彼がそう言うと、さっきの男の冒険者は怯えた顔で1歩後ろにさがった。
「どうやら黒き喰人を倒したようだけど、こんなヒョロい奴に勝てるやけねぇだろが、本当は違うやつが倒して自分がちやほやされてぇから自分がやったことにしただけだろ?なぁ勇者様よ?」
そう言ってギルスは俺に顔に顔を近づけてくる。
「だからさぁあんま調子乗ってんじゃねぇぞ?今日直ぐにお前の実力が分かっちまうんだからさ、今のうちに嘘でしたって言っておけ。恥をかく前にな」
その表情は、何かに怒っているようなそんな表情をしていた。
「俺もついて行かせてもらう。てめぇの無様にやられる姿をちゃんとこの目に焼き付けておきたいからなぁ」
俺はわざわざ危険な場所に人を巻き込みたくなかったし、そもそもついてくることにたいして誰も了承していないのになぜかそういう話になっているようなので、断ることにした。
「俺はわざわざ危険な場所に皆さんを巻き込みたくありません。だからついてくるのはなしということに・・・」
「おいおい逃げんのか?冗談だろ?やっぱり嘘だからやられた姿を見られたくねぇんだろ?やっぱりてめぇは嘘ついてたわけだ。もう認めちまえよ、こんの雑魚が!」
ギルスがそう言った瞬間。シルフィが小刀を鞘から抜き出し、ギルスの首に斬りかかった。ギルスは槍を持って、シルフィの攻撃を防御した。
「もう許せませんよギルス!晴明様に対するその暴言、死んで償いなさい!」
シルフィの顔が、出会って1度も見た事ない凄まじい形相をしながら彼にそう言った。
「許せねぇだと?てめぇシルフィ、なに様だごらぁ!誰に向かってなに反抗してんだよ。弱ぇくせになにかっこつけてんだ?あぁ?!」
ギルスもかなり怒った顔でそう言った。ギルド内は誰も喋らずみんな黙っていた。このままだとギルド内で殺し合いが始まってしまう。そうなるくらいなら・・・。
「分かった。着いてきても構わないけど、自分の身は自分で守ってくれ。あと死んだとしても、俺は責任を取らない。いいね?」
俺は了承することにした。このまま争われても俺よりこのギルドに迷惑がかかる。それは阻止したかった。
「も、もちろんさ。自分の身を守れねぇやつは、冒険者じゃねぇよ。なぁみんな?」
「あったりめぇだろ?俺たちを見くびってもらっちゃ困るぜ」
「私達もそんな簡単にやられるほど弱くはない」
みんなが納得して、ようやくギルド内が少しだけ明るくなった。
「ちっ、せいぜい強がってな。てめぇが簡単にやられるところを楽しみにまってるぜ」
彼はそのまま去ろうとするが。なぜか突然止まった。
「シルフィ、今回はみのがしてやるが。次はただじゃおかねぇからな。覚えとけ」
そう言って、彼は離れていった。
「ふぅ、これでとりあえず解決したな。っとその前にシルフィ、ちょっと話がある」
そう言うと、シルフィが振り返り小さな声で「はい」と返事をして近づいてくる。俺は彼女の頭に軽くチョップした。
「別にシルフィが怒ることないだろ?しかも本気で殺そうとして・・・俺は別に気にしてないから平気だぞ?」
俺は平気そうに振る舞うが、正直に言うと少しだけイラッとしたことは胸の内にしまうことにした。
「すみません。晴明様の実力は本物なのにあんな侮辱されたのがもう耐えれなくて、結局、晴明様にご迷惑をお掛けしてしまいました。本当にごめんなさい」
シルフィの顔はさっきの起こった顔とは違い。とても反省している顔だった。俺は頭を下ろしてい彼女の頭を優しく撫でる。彼女は少し驚いてピクッとなった。
「まぁいいさ。俺のために怒ってくれたのは素直に嬉しいよ。ありがとう。でも次からはどんなに侮辱されても、すぐ暴力にうつらないように、分かった?」
俺がそう言うと、彼女は頭を上げた。
「わかりました。次からは気をつけます」
シルフィはそう言った。でも、俺にはひとつだけ疑問があった。
「あのギルスって男。シルフィの知り合いか?」
そう言うと、シルフィは首を縦に振って「はい」と言った。
「ギルスとは私達がまだ幼い時から知っている知り合いです。昔は優しい人だったんですけど、私達の両親が死んでからは、なぜか私達に対してすごく冷たく当たるようになりました」
「カナリアも知ってたのか?」
俺はカナリアにそう聞くと。
「う、うん知ってるよ。昔はお姉ちゃんと一緒によく遊んでくれてた」
「そうだったのか・・・」
意外と昔は優しかったのか。俺がそう思っていると。
「それからは何年かはギルスとは会ってはいませんでしたが、私が居酒屋で働いている時久々に会って、その日の仕事が終わった時に突然彼に襲われて・・・」
「なんだってぇ?!」
俺はつい大きな声が出てしまって、シルフィをかなり驚かせてしまった。
「ご、ごめん。続けて」
「あ、はい。もちろん私は抵抗しました。そして偶然通りがかった巡回騎士のおかげで私は助かりましたが。それからというもの、彼はほぼ毎日私が働く居酒屋に来るようになり、最終的には仲間と居酒屋の店員にお金を渡して、私を無理矢理縛られました・・・でも隙を見て持っていた小刀で縄を切って、そのまま家に帰ると、カナリアも襲われそうになっていました」
俺はその話を聞いて、本気でギルスと言う男が許せなくなっていた。
「私はカナリアを連れて、街を出ようと決心しました。ここではないどこかに行けば、さすがの彼でも追いかけようとは思わないと思って、そして街を出たのはいいものの、荷物はほとんどの家に置いてきて何も持たないで出て行ってしまったのでこれからどうしようか悩んでいる時、黒き喰人と遭遇して逃げている時、晴明様と出会ったのです」
俺は全てが繋がったことに気がついた。なぜシルフィが外に出たのかを言うのを嫌がったのか、居酒屋で働いていたのに、どうして辞めることになったのか。俺はこの世界に来て初めて他人に殺意を覚えた。
「シルフィ・・・今度は大丈夫だ。俺が絶対に守るから、ギルスが今回のクエストに来るってことは、また何かするかもしれない。その時は俺がシルフィ達を守るよ。絶っ対にシルフィ達に指一本触れさせないから」
「晴明様・・・はい!その時はよろしくお願いします」
「そうと決まれば・・・」
俺は大きく息を吸い込む。
「これから腐食犬の討伐についてくる人は今から30分後に出発だ。各自それまでに準備してくれ」
俺がそう叫ぶと、ギルド内の人達が大きな声で「おぉー」と叫んだ。
「さてと、いっちょひと狩り行きますか・・・」
こうして俺の初クエストが始まった。
そして今に至る。今のところ何も問題なく昼飯を食ってはいるが、今の問題なのはクエストではなく、ギルスだ。あいつの怪しい行動がひとつでもあれば、即時警戒態勢に入るが今のところは怪しい動きはない。それよりも・・・。
「おぉい、チャントとワイズが全員分の飲みもんを掛けて腕相撲をするぞ!」
「まじかよ、あの怪力2人の勝負なら見逃せねぇぞ」
「勇者様もこいよ!!」
店の中で騒ぎすぎだろ、店員さんの迷惑になってるよなぁ。
「ハァー・・・」
ため息を着くと、食堂のおばちゃんが笑いながら俺の目の前にやってきた。
「あはははは、今の奴らは元気がいいねぇ」
「すみません。騒がしくて、宜しかったら静かにさせに行きますが」
「別に構わないよ。いつも静かすぎて久しぶりのこんな大人数で出来てくれて嬉しいよ」
その顔は偽りなく、本当のことを言っているようだった。
「この村のクエストを受けたって聞いたけど、腐食犬の討伐かい?」
「はい、今日が初クエストです」
「あら本当かい、頑張ってね」
おばちゃんのおかげで、頑張る気がさらに上がる。
「はい。この村をまた平和な日々に戻します。必ず」
そして俺達は、店をあとにした。
村の近くの森からよく腐食犬が出てくるらしく、数は正確ではないが、おそらく20匹はいるということを村長さんから聞いた。
俺達は森の奥に進んでいくと、腐食犬らしき存在が、天然の洞窟の前に1匹いるのを確認した。
「あれが腐食犬・・・」
俺がそうつぶやくと、シルフィが細かく教えてくれた。
「はい、やつの攻撃は酸性の唾と牙についている毒です。動きは普通の犬と代わず素早いです。毒に関してはめまいや吐き気、運動機能の低下といったものですので気おつけてください」
「わかった。ありがとう、シルフィ」
俺は周りのみんなを待機させる。
「俺が注意を引きつけるて倒すから、みんなは森の中から援護してくれ」
作戦はこうだ。まず俺が外にいる腐食犬を引きつける。その隙にカナリア達の火の魔法で洞窟の出入口を塞ぐ。そして俺が外の奴らを片付けたあと、みんなで遠距離攻撃をしながら倒すという作戦だ。討伐したら近くで埋めて、洞窟の中を掃除して終了だ。
「それじゃあみんな、あとは任せたよ」
全員が首を縦に振ったが、俺はギルスだけが俺を見ていなかった。不安は残るが、他の冒険者がもしもの時は助けてくれるだろう。
「作戦開始!」
俺はそう言いながら、剣を抜く。周りが白く光だし、俺は鎧を身につける。1匹が突然の光で混乱している間に俺は殴りかかった。死んだのを確認してすぐに合図を送った。
「今だ!!!」
「ファイアーウォール!!!」
その掛け声でカナリア達は一斉に火の魔法を放った。
洞窟の穴の前は炎で燃え、中にいた腐食犬達は出口を目指して走ってくる。
あとはみんなそれぞれが得意な魔法で仕留めるだけなので、約15分後、奴らが出てこなくなった。確認のために火の魔法を解除してもらい。俺は中に入って行った。どうやら本当に全滅したらしい。俺は洞窟から出たその時、カナリアが俺に抱きついてきた。
「どうした?カナリア」
彼女の表情はポロポロと涙を流していた。
「お、お姉ちゃんが・・・お姉ちゃんが」
俺は周りを見て、ようやく気がついた。
「お姉ちゃんがいなくなっちゃったぁ!!」
そう、周りにいたはずのシルフィとギルス他5名の姿がそこにはなかった。
「んぅううんううーん」
「うるせぇな暴れんな、黙ってろよ」
彼らは今、来た道を辿って戻っていた。全員が洞窟に移動すると同時にギルスの仲間の地の魔法により粘土で口を塞がれ、同じ地の魔法で体を縛られてしまったのだ。身動きも言葉も発することが出来ない状態だった。
「ギルスさん、これからどうするんすか?」
「決まってんだろ?このままこいつを俺の物にするんだよ」
シルフィは今も必死の抵抗をするが全く効果がない。
ギルスはこう見えてギルド内ではD級の冒険者だ。そう簡単には倒されはしない。仲間の方もF級の冒険者ばかりなようだ。こんなとこで私は・・・シルフィはすでに絶望していた。
「ギルスさん、俺達にもその子使わせてくださいよ」
「ダメに決まってんだろ!てめぇらには金をやったんだからいいだろが」
この人たちにとって私という存在はすでに人ではなくものという表現になっていた。私は目をつぶった瞬間。彼らの動きが急に止まった。
「おいおい嘘だろ、どうしてこんな所にいんだよ」
私は目を開けると、そこには見覚えのある怪物が目の前にたっていた。
「なんでこんなとこに黒き喰人がいんだよ!!!」
ギルスがそう叫ぶと、後ろからギルスの仲間の悲鳴が聞こえてきた。私を縛っていた粘土が剥がれていき、悲鳴が聞こえた方を見てみると、そこにはもう一体の黒き喰人がギルスの仲間を食っていた。いや、よく周りを見ると、私達の周りを囲むように、10体黒き喰人が私達の方を見ていた。
「おい、誰か!シルフィを見なかったか?!」
俺は参加していた冒険者、ワイズに聞いた。
「シルフィちゃんか?森の中で待機している時にはいたんだけどなーどうしたんだろ」
俺は全力で通ってきた道を走り出す。
「おい、どこに行くんだ!」
「シルフィが危ないんだ。ワイズはカナリアを守ってくれ」
俺がワイズにそう言うと。
「晴明待って!!!」
近くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声の正体は、カナリアだった。
「わ、私も行く」
「何言ってるんだ、危険すぎる。連れて行けない」
俺は彼女にそう言うが、彼女は泣きながらも、一歩も引かなかった。
「お姉ちゃんのピンチに何も出来ない妹でいたくないの、お願い。連れてって!」
彼女の目は本気だった。俺は彼女をおんぶして、走り出した。
「ワイズ、すまないけど洞窟の掃除の指揮を君に任せる。なるべく早くもどるから頼んだ」
「ちょっと、まてって・・・」
俺は最後まで聞かず、真っ直ぐ来た道を辿って戻っていく。
「カナリア、道がわからなくなった。どっちに行けばいい?」
「右に進んで!これから行く方向に体重かけるから止まらず走って!」
「分かった。頼む!」
俺は全力で限界を超える速度で走る。するとどこからが聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「今のはギルスの声だ!」
一瞬すぎて何を言ってるのかは聞こえなかったが、確かに奴の声だった。だが、どこにいるかが分からなかった。
「カナリア、ちょっと飛ぶぞ」
「え、今なんて・・・」
俺は力強くジャンプした。その高さはだいたい20メートルは飛んでいた。
「きゃーーー」
カナリアが大声で叫んでいるが、でもおかげで奴の存在を確認できた。
「見つけた!」
俺は着地して直ぐに、やつの存在を確認した場所に向かった。そしてついにギルスの存在を肉眼で確認した。そして俺が今1番に救いたい存在も確認できた。
「シルフィ!!!」
「お姉ちゃん!!!」
俺とカナリアの声が届いたのか、彼女は振り返った途端涙をポロポロと出し始めた。近くに黒い存在がいたが俺は片手で殴ってどかした。
「邪魔だ!!!」
おそらくそのまま横に吹っ飛んでいったのが見なくてもわかった。そしてようやく彼女に触れることが出来た。
「晴明様、こ、怖かったですぅ」
彼女は泣きながら俺に抱きついてくる。よっぽど怖かったのだろう。俺はカナリアを下ろし、カナリアもシルフィに抱きついた。
「カナリアも来てくれたのね」
「もちろんだよ。家族だもん」
カナリアも泣き始めてしまい、2人の顔は泣きすぎてグチャグチャだった。
「ギルスてめぇよくもシルフィを泣かしたな!!!」
俺はギルスの方を向くと、やつは恐怖で震えていた。
俺は周りをよく見ると、あの黒き喰人が9体存在し、おそらくギルスの仲間を食らっていた。
「なんでこんな所に奴らが・・・」
「私にもわかりませんが、先程晴明様が黒き喰人を一体倒しましたよ」
俺は殴った方向を見てみると、あの時殴ったのが黒き喰人の一体だということを自覚した。
「このままじゃ危ないから、シルフィとカナリアは一本の木のそばに隠れてて」
「無、無駄だよ、絶対に助からない。俺達はここで死ぬんだよ。諦めた方が死ぬ覚悟ができる」
俺はギルスの言葉に返事をしてやった。
「ならてめぇは勝手に死んでろ、俺は守りたいものがあるから絶対に死なねぇし、俺が死んだら悲しむ人もできた。それに俺はやらなきゃいけない事があるんだ。こんな所でくたばってたまるか!」
黒き喰人達は食事をやめて、地面の影の中へ隠れていった。
「その技の対策方法はこの前みつけたんだよ」
俺は鎧に光のイメージを溜め込んだ。そして一気に解き放った。
「姿を見せやがれ!!」
周りは純白い光に包まれ、奴らが影から出てくるのを確認した。俺は両手に純白い光を纏わせて、奴らに殴り掛かる。
「神宮寺流 五の型改・・・破臓蓮華」
素早く破臓を奴らの胸に攻撃し続け。あっという間に奴らの胸に穴ができ、奴らは粉塵のようになって消えていった
「嘘だろ・・・あの黒き喰人をあんな簡単に9体も倒すなんて、お前は一体何者なんだ」
ギルスが声を震わせながら、俺に問いかけてくる。
「お前の質問に答える義理はない。俺にとって奴らよりも、今はお前に対する殺意の方がずっと上だ」
「ひぃっ」
俺はギルスに少しずつ近づく。奴は腰が抜け、必死に足で下がるが、後ろにある木によってそれ以上下がれなくなった。
「た、助けてくれ、もうお前の物には手を出さねぇからだから見逃してくれっ」
ギルスは俺に命乞いをしてくるが、俺にとってはその言葉ですら、殺意を煽る言葉だった。そして何よりも俺が1番気に入らなかった言葉があった。
「おまえ・・・今なんて言った・・・」
俺は拳を強く握りしめる。
「だ、だから、お前の物にはもう手を出さないからら、もう見逃してください。お願いします!!」
俺はやつに向けて拳を振り上げる。
「シルフィ達は物じゃねぇ、俺の大切な仲間たちだ。彼女達をそんな扱っていいなんてことが絶対にあるわけねぇんだ。俺は絶対にお前を許すなんてことは絶対に一生来ない。だから、この1発にシルフィとカナリアの苦しみを俺が少しだけ上乗せしててめぇを殴る」
奴は完璧に怯えた表情で俺を見る。まるでそう俺を見る目は正しく悪魔を見るかのような、そんな目をしていた。
「一生反省してろ、この下衆やろぉ!!!」
ドォン・・・という響きが森中を轟いた。俺の殴った場所はやつの頭上すれすれで殴ったが、威力が強かったのか、後ろの木が10本ほど倒れていった。もちろんギルスは生きているが、完璧に気絶していた。
「ごめんシルフィ、カナリア。俺はどうしても人を殺せない。どんなに憎くても、どんなに恨めしくても、やっぱり俺は人を殺せない。でも、本気でギルスを殺したいのなら、俺は人を辞めて、こいつを殺すよ。2人はどうしたい?」
俺は彼女達にどうしたいかを問う。彼女達は1回お互いの顔をみて、決断した。
「そのような男の血で晴明様の拳を汚したくありません。私はこのままほっといていいと思います」
「わ、私も今のままで十分満足してる。これでもう私たちに近づかないと思うし、殺さなくていいよ」
2人の優しい言葉によって俺は握っていた拳を解いた。本当に優しい彼女達に俺は涙を流しながら彼女達に近づいた。
「今回、シルフィ達を怖がらせてしまったのは全部俺がちゃんと見ていなかったからだ。俺がもっとしっかり見ておけばこんなことにはならなかった。いや、もっと前に、あのギルドであいつだけを連れてこなければ、こんなことをおこさずにすんだはずだ・・・本当にごめん」
俺は下を向いていると、手に暖かい感触が伝わってきた。顔を上げると左手にはシルフィが、右手にはカナリアが俺の手を握っていた。
「そんなことないですよ。晴明様は私達をちゃんと救ってくださいました。これだけしてくれたあなたに、誰があなたを責められるでしょう・・・」
「わ、私は人見知りであんまり人を信用できなくて、いつもみんなから距離を置かれてしまうのに、晴明はこんな私を受け入れてくれました。その時、どんなに嬉しかったことか・・・」
2人が俺の手を強く握る。彼女達は同時にこう言った、
「助けてくれて、ありがとうございます」
俺はなぜか泣き叫んでしまった。俺よりも彼女達の方がつらいはずなのに、俺はまるで子供のように泣き叫び続けた。彼女達の手がまだ俺の手を握ってくれているそのあたたかさが、とても嬉しかった。少しして俺は泣き止んだけど、少し恥ずかしくて彼女達の顔を見ることが出来なかった。ようやく冒険者達の元についた頃には、もう掃除を終えていて、やることが無くなっていた。冒険者達からなぜいきなり飛び出したのかや、いきなり鎧を着ていたのはどうゆう原理だなど、色々と質問攻めをくらったが、それは帰りながら話すことにした。
しばらくして俺達はあの街に帰ることにした。少し暗くなり始めてしまったが、まぁ夜空を眺めながら帰るってのも悪くない気がした。その帰り道に冒険者達からの質問攻めが始まり、俺の鎧が七精神器のひとつということや、今日あった、ギルスのことなどを説明し続けた。
「やっぱりすげぇ代物だったんだよ晴明の鎧」
「あぁまじですげぇよな。俺の目の前にいる男がその伝説の武器を持った男なんだからな」
「私はギルスという男は前からなんとなく気に入らんかった。このことはギルドについたら細かく説明しよう。確実に牢屋に入れられるぞ」
「本当にゲス野郎だったんですね。もうあいつの居場所はどこにもないですね。いい気味です」
「それよりもあの黒き喰人を10体を相手にしてほぼ無傷で帰ってくるとか、もう勇者にしか出来ないことですよね」
「あぁ、今度稽古つけてくんねぇかなぁ・・・」
今ここにいる冒険者達は俺の鎧とギルスのことで話が進んでいた。すっかり暗くなってしまったが森を抜けると、そこには綺麗な星空が広がっていた。
「おぉ綺麗だな」
「たまにはこういう景色を見るのも良いものだな」
「俺はとにかく腹が減りました」
「よし!今日はみんなで朝まで飲むぞ!」
「それはいいな、私たちも参加するぞ」
みんな、今度はクエスト達成に飲みに行く話になっていった。まぁでも、今日は飲みに行く気分だった。
「なぁ、酒っていつから飲めるんだ?」
俺は1人の男の冒険者に聞いた。
「15から飲めるぞ?」
それを聞いて、少しだけ嬉しかった。俺も飲んでいい歳だからみんなと同じものを飲めることが何だか嬉しかったのだ。
「よっし、俺も行くぞ」
俺はみんなにそう言うと。
「おうおう、勇者様もお酒は飲むんですかい?」
「勇者様も来るんだ。来ないやつは勇者様に殴られるぞ」
「そんなことしねぇわ!!!」
そんな冗談を言いながら周りの空気が和む。俺はシルフィ達の方を見ると、どうやら女冒険者と仲良くなっているようだ。カナリアも少しずつ相手と関わろうとしているようだ。
「こんな平和な日が続くといいなぁ」
そんなことを呟いていると、ひとつの流れ星が見えた。しかも1回だけじゃなく、何回も流れ星が流れていく。
「綺麗だな」
「そうだな、こういう時は願い事だな」
俺は1人の男の冒険者にそう言った。
「願い事?」
「俺のいた大陸では、ひとつの流れ星が通り終わる前に3回願い事を繰り返して言えたら願い事が叶うって言われてるんだよ」
「へぇーみんなにも教えてくるわ」
そう言って周りに広めに言ってしまった。俺は目をつぶりながら、呟いた。
「シルフィとカナリアが幸せになれますように」
1回しかいわなかったが、この願いが叶うことを本気で願ったことは、誰にも言わない秘密だ。
そして俺達は、街の灯りが見えたところで。
「よし、全員街まで競走だ。なおビリだったやつは今日の飲みもん全員分奢りだぞ」
チェストがそう言い出すと、全員全力で走り出した。俺も金がないので、誰にも負けないように全力で走りながら、笑顔で街へと向かった。