10歳 その7
推しが甘い。甘すぎる。
王城で過ごしはじめて一週間。リチャード様の言動に私は翻弄され続けていた。
おはようとおやすみの挨拶が欠かされる事はなく、その際にはそれが当然だとでもいうように抱きしめられ、頬に口づけが落ちてくる。
毎日の診察の際にも必ず付き添ってくれ、傷の経過について私以上に熱心に医師からの話を聞いてる。
それ以外にも何かと様子を伺いに来てくれたり、お茶に付き合ってくれたりなど、第二王子という立場はそれなりに忙しいはずなのに甲斐甲斐しい事この上ない。
甘やかされているを通り越して、ともすれば愛されているとすら勘違いしてしまいそうなそれらの行動に私はどのように返せばいいのか戸惑ってばかりいる。
少なくとも私が知るリチャード様はこんなに甘いキャラクターではなかった。
ゲーム中ではヒロインに恋をしていても、その気持ちを押し殺した言動が多く、触れる事すらままらない関係であったはず。
好きだからこそ婚約者がいる身分では、うかつに触れる事はしないし、勘違いを生むような言動は控える。そんな風に自分を律する事が出来る人で、そんな所が好ましいと思っていた。
だからといって、ただの婚約者に対してこんなにも遠慮のないスキンシップをするのだろうかと考えると、それも何だか疑問が残る。
けれどもリチャード様は私には恋をしていないし、恋をする事もない。あくまでも妹のように思っているはず。
と、そこまで考えたところで気が付いた。
私は今のリチャード様とよく似た言動をする人間を知っている。私の二つ上の兄フィリップ・シュタットフェルト。
フィル兄様とはお互いにハグも頬にキスも日常的にしていたし、私が風邪を引いてしまった時には心配して傍についていてくれた。
シスコン気味な部分があるとはいえ、その言動は家族愛の範疇を超えていない。私だってフィル兄様の事は家族として大好きだ。
前世の感覚では過激に思えるスキンシップも、現世においては家族の触れ合いとして通常の範囲内。
つまり、リチャード様もフィル兄様と同じなのだ。
妹のように思う婚約者。だからこそ、優しくされて、甘やかされて、触れる事に躊躇いもない。
わかっていた事とはいえ、改めて突き付けられた事実に胸が痛む。
前世から愛しく思える人に出会って、婚約者になって、優しくされて、私はどこかで期待してしまっていたんだ。
もしかしたらリチャード様も私を好きなんじゃないかなって。そんなバカみたいな期待を。
でも、そんな事はあり得るはずもない。私が前世の記憶を取り戻してからたった一週間。それだけの期間で親愛が恋愛に変わるなんてあり得ない。
このバカみたいな感情は、私の気持ちが前世の日本人としての感覚に引っ張られ過ぎてしまったからだ。
リチャード様の言動は、この世界においてごく普通のものだという事が頭から抜け落ちていて、動揺しすぎてしまっただけ。
それに何より私自身が決めていた事だ。私はあくまでリチャード様の仮初の婚約者でいると。
リチャード様とヒロインが恋に落ちた時には、そうでもなくてもリチャード様に他に愛しく思うような女性が現れたら、その時には身を引くのだと。
私はリチャード様の婚約者になれただけで十分で。それが親愛だとしても優しくしてもらえることが幸せだから。
愛情を求めて苦しくなるくらいなら、妹のような婚約者としてでも許される限りは傍にいたい。
前世から好きだったからこそ、リチャード様には幸せになってほしくて。その相手は自分でなくても構わない。
そもそもリチャード様は私の推しで、愛情に見返りを求める事など出来ない存在だったのだから。
前話から間が開いてしまって申し訳ありません。
今後も不定期での更新になりそうですがお付き合いいただければ幸いです。




