15歳 その10
その日は突然訪れた。
「エミィ。今日の放課後、少し話があるんだけれど……」
学校に到着し馬車から降りた後にリチャード様から切り出された言葉に、私は固まってしまった。
放課後はいつも一緒に帰っている。それなのにわざわざ話があるなんて、何かがあるとしか考えられない。
そして、ついにその時が来たのではないかと悟った。
そう思ったら何も言えなくなって、思わず視線を逸らしてしまう。
「わかりました」
なんとか頷いたけれど、やっぱりまともにリチャード様の顔を見ることができない。
これが馬車の中の出来事でなくて良かった。
最低限の言葉だけを交わして、逃げるようにその場を後にするのが精一杯だった。
「はぁ……」
1人になると自然と深いため息が漏れる。
先日マリアからリチャード様を想っていると聞いたばかりだ。そこまでゲームが進行していることはわかっている。
そうなると……考えたくもないけれど。リチャード様もマリアと同じ気持ちになっていてもおかしくはない。
ついにリチャード様から別れを告げられる日がやってきてしまった。
今日の放課後。それが私がリチャード様の婚約者でいられるタイムリミットだ。
本当は逃げ出してしまいたい。別れ話なんて聞きたくもない。
だけど、ちゃんと向き合わなくちゃ。目の端に浮かんだ涙をぐいっと拭う。
別れの台詞はちゃんと覚えている。
有り余る感情を殺して、精一杯の笑顔で告げられた言葉に嘘は無かった。
好きだから。大好きだからこそ、別れを選んだエイミーの気持ちは痛いほどにわかる。
私だってリチャード様が好きだ。今だって色んな感情がごちゃ混ぜになって苦しいくらい。
だからこそ最後まで真摯に向き合ってくれるリチャード様の気持ちを無下になんてできない。
――そして放課後がやってきた。
「エミィ」
中庭までエスコートされて共に歩く。
リチャード様と二人で並んで歩くのもこれが最後だろうかと思うと、その一歩一歩を噛みしめるように歩いた。
誰もいない中庭に到着して、私は大きく息を吸った。
そして顔を上げて真っ直ぐにリチャード様を見据える。
優しい彼から別れを告げられる前に、自分の気持ちを伝えておきたかったから。
「リチャード様」
初めて会った時から恋に落ちていた。
望んではいけないと知りながらその手を取った。
共に過ごす日々は優しさに満ちていた。
それだけで十分だ。
仮初の関係でも彼の隣にいられることは幸福だった。
それ以上を願ってはいけない。焦がれてもいけない。
本当に伝えたい気持ちを心の奥底にしまい込んで私は笑う。
この日が訪れることをはじめから知っていたのだから。
「貴方のことを心からお慕いしております」
声は震えていたかもしれない。
精一杯の笑顔も歪んでいたかもしれない。
それでも、涙だけは零さずに伝えることができた。
「だから……どうか幸せになってください。それが私の心からの願いです」
どんなに不格好でもこれだけは笑って伝えたかった。
私と彼女、二人分の気持ちを込めた別れの言葉だったから。




