15歳 その5
「ねぇ、エミィ。次の休みに街に行かない?」
それは突然のお誘いだった。あまりの突然さに思わず首をかしげてしまう。
「街にですか?」
「そう。昔一度出掛けたっきりになってただろう?」
確かに二年前、一度リチャード様と街に出かけたことがあった。その日は色々なことがあったけれど最終的には楽しい思い出として残っているし、その時買ったアクセサリーだって今でも互いの胸元を飾っている。
「また連れていくって約束してたのにだいぶ遅くなってしまったけれど、どうかな?」
そういえば街に行った帰り際にそんな約束をしたなと今更思い出す。自分でもほとんど忘れていた約束を律儀にも覚えていてくれていたことが嬉しくて笑顔になる。
「ええ、是非」
それに何よりリチャード様と一緒にお出かけが出来る。そう思うだけで私の心は弾んだ。
「今日のエスコートは任せてもらっていいかな?」
「ええ、お願いします」
街について馬車を降りるなりそんなことを言われた。どのみち街に出たのなんて前回の一回限りだ。何があるかなんてよく知らないし、リチャード様が案内してくれるなら何処へだって着いていく気だ。お任せしてしまっても何も問題はない。
「じゃあ、行こうか」
言いながら当たり前のように手を握られる、当たり前のようにされた恋人繋ぎに照れながらもそっと握り返した。
「今日ははぐれないようにね?」
「はい」
前回ははしゃぎ過ぎてしまったけれど私だってもう15歳。そのうえ前世の記憶もあって精神年齢を考えるならさらに上乗せされる。流石におしとやかにしなければまずいだろう。
それに何より、今日はこうして繋いだ手を離したくないなと思う自分がいた。
「エミィと一緒に行きたい店があるんだ」
そう言って向かった先は、前回ネックレスとタイピンを買った宝飾店だった。その店先で止まると「ここだよ」と告げられる。
「あら、ここは」
「覚えてる?」
「ええ、勿論」
ここはお揃いのアクセサリーを買った大事な場所だ。勿論忘れるはずもなかった。
しかし、前回は偶然ウィンドウに気になる物があって入っただけなのだ。またこの宝飾店に用事が出来るとは思っていなかった。
「この間、これを見つけてね」
そう言ってリチャード様は店の前のショーケースを指さす。そこにはネックレスと同じモチーフの指輪が置いてあった。人気のシリーズなのか様々な色の石が飾られたものが並んでいる。
シンプルなデザインは指輪に落とし込んでもとても素敵で、ほぅと息を吐く。
「まあ、とっても素敵ですね」
「エミィにプレゼントしたいんだ。着けてくれるかい?」
「ええ、勿論」
一にも二にもなく返事が出た。リチャード様からのプレゼントというだけで、それが何であっても嬉しいのに、ネックレスとお揃いのデザインの指輪だなんて素敵すぎる。
アクセサリーの中でもやっぱり指輪は特別だ。大好きな人から指輪を贈られる。そんな日が来るなんて思ってもいなくてはしゃいでしまう。
「本当はここに着けるものを贈りたいんだけれど……」
そう言って左手の薬指をするりと撫でられる。突然のことにびっくりしてほんの少し体が跳ねた。
この世界には婚約指輪や揃いの結婚指輪という概念はなかった。
それがどんなデザインであれ、左手薬指に指輪を着けているというだけで既婚を意味する。たとえ婚約者が居ようとも、未婚の場合は指輪は他の指に着けるのが当然だ。
「もう少し先の事だね」
くすりと笑うリチャード様。
結婚を示唆したその言葉に一瞬胸が痛む。すっかり浮かれてしまっていたけれど、その「もう少し先」は私にはきっと訪れない。
でも、今はこうやって婚約者として傍に居られる。素敵な指輪も贈って貰える。
それだけで十分すぎるほどに幸せだと自分に言い聞かせた。
「小指がいいかな。エミィ、手を貸して」
「はい」
言われるままに手を差し出すと、ショーケースから取り出して貰った指輪をゆっくりと小指に通される。
「うん、ぴったりだ」
リチャード様の瞳と同じ青い石がキラキラと輝いて美しいそれをうっとりと眺める。
こうして指に通してみるとその素敵さが際立つデザインで、ほぅと息を吐く。
その間にリチャード様は緑の石のついたものをショーケースから取り出してもらい、自身の小指にはめていた。
まさかのペアリングだった。確かにユニセックスなデザインではあるし、緑の石のものもあったけれど、リチャード様も一緒に着けてくれるなんて思っていなくてびっくりしてしまう。
「お揃いのものがまた増えたね」
にこりと笑いながらそんな言葉を告げられる。お揃いの指輪――ペアリングを着けることができる日が来るなんて思ってもなかった。指輪の着いた手を胸元に抱え込むと思わず笑みが零れる。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
ああ、今日は何て素敵な日なんだろう。
この指輪もリチャード様との思い出も全部が全部、宝物だ。




