第二王子の邂逅
すっかりはぐれてしまった。
辺りを見渡してみてもエミィの姿はどこにもない。
エミィの傍には侍女が付いているだろうし、いざという時の待ち合わせ場所は決めてあるから、合流自体は容易いだろう。
それでも、エミィの手を離してしまったことが悔やまれる。もう少しきちんと手を繋いでいれば良かったと思わざるを得ない。
「殿下」
「ああ、わかってるよ。どこへ行けばいい?」
寄ってきた護衛に声を掛けられ、急いた気持ちで言葉を返す。
一秒でも早くエミィと合流したい。無事な姿をこの目で確かめたいという気持ちが私を急がせていた。
「きゃっ」
「っ!」
そんな風に気もそぞろで歩いていたからだろう。不意に胸元に衝撃があった。
警戒して辺りを見ると、ふわりとブルネットの髪が舞い、目の前で少女が尻もちをついていた。どうやらこの少女とぶつかってしまったらしい。
「大丈夫かい?」
何かしらの問題が起きた訳ではなさそうだと、目の前の少女に手を差し伸べる。少女は困ったように笑いながらその手を取った。
「ええ。あの……お怪我は無いですか?」
ぱたぱたと服をはたいて自分の身繕いを整えながら、少女はそんな言葉を口にした。
「怪我はって……転んだのは君の方だろう?」
自分が転んだにもかかわらず相手を気に掛ける――そんな姿に既視感を覚える。
そういえば、エミィも自分が怪我をした時に同じようなことを言っていた。そんなことを思い出して、思わず笑みが零れた。
「ああ、そうですよね。すみません」
少女は照れたように笑うと、そのまま頭を下げて去っていった。
何気ない邂逅。この時点ではそれ以上でも以下でもなかった。
無事に合流してカフェに向かう。
その店内で楽しみにしていると言っていたケーキセットを目の前にしても、エミィは浮かない顔をしたままだった。
「やっぱり今日はこれで終わりにしようか」
先程は思いがけないプレゼントで誤魔化されてしまったけれど、先ほどからずっとエミィの表情はすぐれないままだ。
無理をさせるのは本意ではないと告げると驚いた顔と目が合う。
「え?」
「さっきから、難しい顔をしてるよ」
「嫌だわ、私ったら……」
どうやら自覚が無かったらしい。体調不良ならば流石に自覚もあるだろう。そう考えるとその表情には異なる理由があるのだろうか。
「はぐれてる間に何かあった?」
離れている間に何か問題でもあったのかと思うが、傍についていた侍女から問題があったとの報告は受けていない。少しぼんやりしていたと聞いてはいたが、これがその延長線上なら、きっかけは些細な事だろう。
「いえ……」
そこで、不意に思い当たる出来事を思い出した。
「もしかして、私が女性と一緒に居るのを見かけた。だとか」
あの現場を見ていたことがこの浮かない顔の原因だとすれば……多少強引かもしれないけれど、つじつまは合う。
そんな思いで発した言葉に、エミィは図星を指されたといわんばかりの表情で答えた。
「っ!?」
「やっぱり見ていたんだね。彼女とは偶然ぶつかってしまっただけだよ。名前も知らない。でも、エミィが嫉妬してくれてるなら嬉しいな」
私にとってはあの出会いに意味などは無かった。
けれど、それでエミィが嫉妬してくれたとするならば話は別だ。婚約者の可愛らしい反応を見られたのだから、それは僥倖だ。名も知らぬ少女に感謝もしたくなる。
「ごめんなさい……私……」
「謝る必要なんてないさ。私も同じことがあったら嫉妬するだろうしね」
うつむいてしまったエミィに、自分も同じだと告げると驚いたようにその顔が上がる。
そんなに驚かせてしまうような事だっただろうか。あいにく私の心はそんなに広くない。もしエミィが見知らぬ男と二人でいるところを見たら、その時は間違いなく嫉妬する自信があった。
「婚約者なんだから当然だろう?」
「そう……ですね」
嫉妬して貰えたという私の喜びとは相対して、エミィはどこか浮かない表情で笑っていた。
それが単純な嫉妬心から来るものではないように思えて、私はそっと息を吐いた。
ああ、またこの表情だ。
エミィは時折こんな顔をする。それはスキンシップの後であったり、別れの瞬間であったり様々だけれど、何かを我慢するかのように笑うのだ。
こんな表情をさせる要因が何なのか。今の私にはその理由がわからなくて。
それでも、いつの日かその憂いを拭い去りたいと願っていた。




