第二王子の初恋
リチャード視点です
妹のような女の子。そう思っていた。
――あの時までは。
「どうか、あの子に処分などは与えないようにしてください。お願いいたします」
その台詞を聞いた瞬間、私は恋に落ちたといっても過言ではない。
それは青天の霹靂とも言う出来事だった。
馬に蹴られて傷を負った少女。エイミー・シュタットフェルト伯爵令嬢に事の顛末を話して聞かせた後、彼女は私に傷は無いかと心配したかと思えば、次に願い事があると告げた。
傷の事に関して何かあるのかと思えば、出てきた台詞は先のそれで。
自分も傷を負ったはずなのにこれっぽっちも気にしないで告げるその様に、妹のようにしか思ってなかった目の前の少女を、その瞬間、初めて女性として見た。
たった10歳の女の子が自分でも怪我をしているのに、それをおして私の馬の心配をしてくれる。それがどれだけ衝撃的だったか。
「いや……それは」
「私が突然後ろから近づいてしまった事がいけないのですから、あの子に罪はありませんわ」
「それでも君を傷付けた事には変わりはないよ」
彼女の言うとおり不幸な事故ではあった。しかし、ことはそんなに簡単ではない。伯爵令嬢に傷を負わせたのだから、相応の処分があの馬には待っている。
残念な事だけど、それは仕方がないと馬の所有者である私ですら思っていた。
「ですから私が許します。あの子を許すことができるのは当事者である私しかいないでしょう?」
「君がそこまで言うのであれば……いや、しかし……」
「お願いします、殿下。私のせいであの子に何かある方が辛いですから」
それなのに彼女は一歩も引くことはしなかった。渋る私に必死になって私の馬の処分を取り下げるように懇願してくる。
「わかった。改めて躾は必要だろうが、処分はしないよう取り計らうよ」
「ありがとうございます。よかったわ、あの子は殿下の大切な馬ですものね」
そして、処分を取り下げると言った瞬間に心からの笑顔を見せてくれた。
そんな女の子、好きにならざるを得ないだろう。
「エイミー・シュタットフェルト伯爵令嬢。どうか私と婚約してほしい」
だからこそ気が付けば、私は目の前の少女に跪いて婚約の許しを求めていた。
傷の事や母上達の思惑もあり、確かに彼女とは婚約をする予定ではあった。
けれど、それは諸々の話をすべて終えた後にすべきことであったのに、その手順は全て吹き飛んでいた。心から彼女を自分のものにしたいと思ったからこそだ。
「婚約……ですか?」
あまりに突然な話だったんだろう。彼女は目を丸くしてこちらを見てくる。
「ああ。その、すごく言い辛いんだけれども……侍医の話によると額に出来た傷痕は消えないらしい。年頃の君をこんな目に遭わせてしまって、本当にすまない」
何も説明していないのだから当たり前だろうと、傷の状態について告げると彼女は更に困惑した表情でこちらを見てくる。
「あの、殿下……傷に関して責任を感じていらっしゃるなら……」
「いや、それは違う。その傷に対して責任を取りたいという気持ちがないと言えば嘘になってしまうけれど……元々、君は私の婚約者候補だったんだよ。母上とシュタットフェルト伯爵夫人が私達を結婚させたがっていてね。君がお茶会に誘われていたのも、そこに私が顔を出していたのにも、そういう理由があったんだ」
けれど私は言葉を選び間違えたらしい。この婚約が傷のせいだと思ったらしい彼女の言葉を中断させるように言い募る。
「それに、私自身も君のことをとても好ましく思っているよ。だから、これを切っ掛けに婚約の予定が早まった位に考えてほしいな」
「殿下……」
「あの、申し訳ないのですが……少し考える時間をいただけませんか?」
けれど彼女はそんな私に色よい返事を返してはくれなかった。やはり傷の事を負い目に感じているのか保留にしたいという答えが返ってきたのだ。
けれど、その時の私はそんなことぐらいで彼女の事を逃がすつもりは毛頭なかった。
「ああ、あまりにも急な話だったかな。ごめんね」
「ただ、婚約の話は既に進んでしまっているから……今から撤回するのは難しいんだ」
「え?」
「先ほども告げたと思うが、母上とシュタットフェルト伯爵夫人は私達を結婚させたがっているからね。その傷は君にとっては辛い事だというのに……良い口実が出来たとばかりに根回しを進めているみたいなんだ」
「は、はぁ……」
そう、どちらにせよ母上とシュタットフェルト伯爵夫人が手を組んでいる以上、私と彼女の婚約は決まったも同然ではあるのだ。
「でも、殿下のせいではありませんのに……」
それでも私は、私の言葉に対して彼女から婚約の了承を求めたかった。
「言っただろう? 傷の事は関係なしに私は君の事を好いているよ。エイミー嬢。だからこの婚約も嬉しく思っている」
真っ直ぐに彼女の目を見つめて告げる。
これが今の自分ができる精一杯の告白で、心からの言葉だった。
「……わかりましたわ、殿下。婚約のお話お受けいたします」
だからこそ真っ赤に顔を染めた彼女が頷いてくれた時の喜びといえば何物にも代えがたい。
こうして私は初恋の女の子を無事に婚約者に迎える事が出来たのだ。




