10歳 その9
「エミィ、一緒にお茶でも……と、フィリップが来ていたのか」
コンコンと軽いノックの後に部屋のドアが開き、そこにはリチャード様が立っていた。
「よう、リチャード」
リチャード様に向かって片手を上げひらひらと挨拶をするフィル兄様。ずいぶん気安いそれもこの二人の間ではいつもの事だ。
「こんにちは、リチャード様」
対する私はどうしても気安い仕草が出来ず、ゆるりと膝を折った。
「この前はすまなかったな」
全く申し訳なさを感じさせない声色で謝罪を告げるフィル兄様。母様が見たらまた怒られそうだななんて思ってしまう。
「気にしていないさ。むしろあの程度で済んで驚いたくらいだ」
けれどリチャード様はフィル兄様のそんな態度に思うところはないらしい。さらりと受け流すと、次の話題に切り替えた。
「それより庭に出て3人でお茶にしないか」
「ええ、ぜひ」
「エミィが行くならもちろん俺も」
今日は庭に出るにはちょうどいい気候だった。ぽかぽかと温かくて日差しが気持ちいい。
エスコートされるままに庭園を進むと見慣れたテーブルにたどり着いた。
いつもお茶をしているその白いテーブルは庭園が一番美しく見えるポイントに置かれていて、お気に入りの場所だ。
私たちがたどり着くのとタイミングを同じにして侍女たちもやってくる。
ワゴンには紅茶のポットと3段重ねのティースタンドが共にあり、アフタヌーンティーの用意がされていた。
新鮮なキュウリのサンドイッチに、どっしりとしたくるみのスコーン。ベリーのタルトにガトーショコラ、チーズムースなどのプチケーキ。共に出される紅茶はダージリン。
見事に私の好物ばかりが用意されていて、どれも美味しそうだ。見ているだけでも嬉しくなる。
「美味しいです。リチャード様」
焼きたてのスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと付けていると、笑みが止まらなくなる。前世でもスコーンは大好きだったけど、クロテッドクリームなんて中々手に入らなかったからとても贅沢な気分だ。
「気に入って貰えたならよかった」
「エミィはほんとにスコーンが好きだよな」
「だって、ほんとに美味しいんですもの」
外はさっくりとしていて中はほろほろ。そこにしっとりとしたクロテッドクリームが合わさるともうたまらない。
ふたくちめはジャムと一緒に口の中に放り込んだ。甘酸っぱさが加わってまた別の美味しさがある。
「エミィはいつも幸せそうに食べるから見てて嬉しくなるよ」
にこにこと笑いながらリチャード様に言われ、恥ずかしさに思わずうつむいてしまう。
そんなにわかりやすく表情に出ているとしたらレディとして失格じゃないか。
「それで、エミィはいつ頃家に帰ってこられるんだ?」
「それは……」
フィル兄様の問いかけに思わず額の包帯に手をやって、そのまま固まってしまう。
「抜糸もまだだし、しばらくはかかるよ。できるだけ傷を目立たなくするためにもね」
「そうなんですね」
自分の事なのにリチャード様の方が詳しいという現状に戸惑いながらも相槌を打つ。
「そうか。寂しいけれどこればっかりはな」
当たり前だけど、流石のフィル兄様も今すぐに帰ってこいとは言わないらしい。
今の私にできるのはこの王城でゆっくり傷を治す事くらいしかない訳だ。
のんびりと過ごさせてもらって申し訳ない気持ちもあるけれど、なるべく傷が残らないようにするのは大切な事だし……それが今の仕事だと考えよう。
 




