83.シスコン悪役令嬢、全てを知る
真っ暗闇から突然、目が覚める。
「あ、れ……?」
目に飛び込んできたのは見慣れているはずなのにどこか懐かしさを感じる天井。
「ん、んん?」
意識がはっきりしてくると愛用のスマホがけたたましい音を響かせていた。どうやら朝を教えてくれているらしいうるさいそいつに私は手を伸ばして、その声を止めた。
「ふぁ、ああ……っ」
ベッドから身を起こして大きな欠伸をする。だいぶ長い夢を見ていたような気がして、あんまり寝たように感じなく、正直に言ってまだ眠い。もう一度ボフッとベッドに倒れ、惰眠を貪ろうかとさえ思った。
しかし、そんな儚い願いは部屋に向かってくる足音に打ち砕かれることになる。
「こら! 何度起こせばいいの! 早くしないと遅刻するわよ!! あんたこの前遅刻したばっかりでしょーが!!」
扉越しの母の声に襲われた私は思わず耳を塞ぐ。
ただ返事なり何かをしないと部屋に押し入ってきそうな気配があったので、私はゆっくりとベッドから降りてゆっくりと扉を開けた。そこには予想通り母が仁王立ちしていた。怒りに顔を染めて。
「……おはようございますお母様。本日も大変お綺麗でいらっしゃいますね」
「その顔を歪めたのは誰でしょうねー?」
ニコニコしているが決して笑っていない。どうやらかなりご立腹らしい。
聞けば何度も起こしに来たらしいが、その都度返事をしてから寝るという手法を私は取っていたらしい。スマホを確認すれば何回かスヌーズをした記録がある。
そしてここにきて私は寝坊したということを実感し、慌てて支度を始めたのであった。
「もー、どうしてもっと過激に起こしてくれないのよ!」
登校手段は全力疾走しかない。私の通っている学校はそれなりに家から近く、ギリギリ自転車通学の許可が降りない場所であった。
(それにしてもさっきお母様って呼んだの、あんまり違和感なかったなぁ。なんでだろう)
朝食は残念ながら抜いた。食べている暇はなかった。全力で走る私の鞄に入っている母の愛情弁当はきっと走る振動でその愛が混ぜ込まれる結果になっているだろう。
「うー、いつもならアイカが起こしてくれて、馬車で優雅に向かうのに……あ、そうかフィアナがいないから起きれないんだわ」
元々あまりない体力を振り絞りながら呟いたその言葉は驚くほど自然と口から出ていた。
そして自分から発したそれを自分の耳で取り入れた瞬間、私はふと立ち止まった。
「あれ……」
急に頭を激しい違和感が襲う。痛みはないが脳が理解出来ないものを理解しようと働き出しているようで、私は思わず蹲りそうになった。
「な、なに……? アイカ、フィアナって、誰……?」
そんな外人の友達はいないはずだ。しかし、その名前が頭の中からこびりついてまったく離れない。
「だ、だめ、学校、行かなきゃ……遅刻……」
そんな状態だというのに体は勝手に学校に向かいだす。まるで決められたかのように、何かに導かれるように私は先程とは対照的にフラフラと歩みを再開した。
「あら、貴女朝倉さんとこの? 大丈夫かい? ふらついとるけど……」
道中、頭に靄が掛かったような状態の私に中年の女性の声が響く。母の知り合いで私も何度か会ったことがある人だ。よく母と長話している姿が印象に残っている。
「あ、すいません……ちょっとふらついただけで大丈夫です……」
「そうかい? 気分が悪くなったら無理しなさんなよ?」
「ありがとうございます……」
お礼を言いながら歩き出す。朝倉……そう、私は朝倉美幸だ。どこにでもいる普通の女子高生……
「セリーネ、って誰……」
だけど、頭の中に割り込むようにセリーネという単語が浮かぶ。金髪縦ロールでちょっと高飛車だけど、妹が大好きで、そうフィアナが好きで……
「なに、わかんない。わかんないよ……」
脳が謎の情報量に拒否反応を起こしそうだった。私はそれを打ち消すかのようにひたすら学校を目指し歩き続ける。
(もう、間に合いそうにもないけど……こっちの近道を使えば……)
ぼんやりとした思考の中でそう考えた私は、いつもの通学路を変更した。それは高層ビルの建設工事をしている通りで、狭い上人通りも少ない場所だったので意図的に通らないようにしていた通路だった。
(大丈夫、急げばまだ……)
フラフラと進む。まるでそれはあの日の繰り返しのようで──
「あの、日?」
遅刻寸前の私はそれを回避しようとして、通学路を変更したあの日。
「あ、そうだ……」
瞬間、私はすべてを思い出した。
「わたし……」
ガタン!! と何かが外れる音と金属が擦れ合うような不快な音が頭上から降りかかってくる。思わず見上げた私には瞬時に大きな影が覆い掛かった。
それは、どんな運命の悪戯が組み合わさって出来たのかわからない巨大な金属の塊。鉄骨。
この日、朝倉美幸は生涯を閉じたのだ。
#####
「っ!!」
ガツン、と巨大な鉄骨が身体に落ちてきた瞬間、私は反射的に起き上がっていた。
「せ、セリーネ!?」
「あ、うっ」
起き上がったものの、途端に大きな眩暈に襲われ再びベッドに身を沈める。しかし、意識ははっきりしていた。
「セリーネ! セリーネ! 大丈夫か! 私がわかるか!?」
「……お、お父様」
心配そうに見つめるのは私、セリーネの父だ。どうやら私が寝ているのは慣れきった広い自室らしい。
私の声は掠れていたがお父様は「よかった……」と安堵の息を吐いた。隣にいたお母様もホッと胸を撫でおろしている。
「私、なんで……?」
何が起こってこうなったのか、まだ頭では理解していない。
「覚えてないのか? 何でも祭り会場の設営されていた高台が崩れたらしいじゃないか……」
「……祭り? 高台……!? そう、そうよ! フィアナは!? フィアナは無事なの!? ねぇ!!」
慌てて起き上がろうとした私をお父様は制止した。この部屋には両親とアイカしかいない。私の心に不安が押し寄せてくるがお父様は安心させるように言う。
「落ち着きなさい。フィアナは怪我もなくちゃんと無事だ。ただ、寝ずにずっとお前の看病をしていたせいで倒れそうになっていたから、今は説得して休んでいる。シグネもそばにいるから安心なさい」
「そ、そう……無事なのね、よかった」
はぁ、とため息をつく。あの時、咄嗟にフィアナを庇ったのだがこれで彼女が怪我をしていたら後悔しきれなかった。
「……でも看病って、私怪我しただけじゃないの?」
ふと、頭が少し窮屈に感じて手を伸ばしてみると、ザラっとした布の感触がする。包帯が頭に巻かれていることはわかったが、そこまで大きな怪我ではなさそうで、寝ずの看病をする必要があるとは思えなかった。
しかし、続く父の言葉で私は驚愕する。
「怪我自体は奇跡的にも、そして幸いにも軽傷で済んだ。しかし、お前はその後急に高熱を出して丸二日眠っていたんだ。その様子だと覚えていないようだが」
「……二日? 二日も寝ていたの!?」
「あぁ、医者の話によればずっと疲労が溜まっていたかもしれないという話だったが」
どうりで体がとてつもなく重いわけだ。そしてその事実を知った瞬間、喉が猛烈に乾いていることに気が付く。声が掠れていた一つの原因だろう。
「アイカ……水をもらってもいいかしら」
「……はい、お嬢様」
アイカは私に声を掛けられて気まずそうにしながら水を用意する。どうしたのか気になったがとりあえずベッドからゆっくりと身を起こして水を体に通した。よっぽど不足していたのか体に染み渡っていく感触を生々しく感じるほどだった。
「…………はぁ」
そして、私の意識は漸く完全に覚醒した。それとほぼ同時に私の記憶が完全に戻っていることにも気が付く。
それは朝倉美幸としての人生と、セリーネとしての人生。両方だ。
ここにきて、私は『朝倉美幸』という前世の記憶を完全に思い出したのである。
ブックマークや評価、感想、誤字脱字報告などいつもありがとうございます!
次回の投稿は10/4の22時頃を予定しております!
どうぞよろしくお願いいたします!




