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82.シスコン悪役令嬢、祭りにて

 セリーネに悪い感情がなければ事件なんて起こらない。


「凄い賑やかですね……」


「国を挙げての祭りだもの。フィアナは何か買いたいものはない? 食べ物でもなんでもいいのよ」


 今までだってそうだった。私がセリーネとして目覚めるまではフィアナには大変な思いをさせてしまっていたが、目覚めた以降は溢れんばかりの愛で付き合ってきたつもりだ。

 結果的に様々な騒動はあったものの、それは私自身に関係するものでフィアナに対しての原作での嫌がらせ行為何かは軒並み回避出来たのだ。このまま平和な日々を享受できればそれでよかった。


「うーん、お姉様のおすすめはなんですか?」


「そうねぇ、やっぱり名物の豊穣記念焼きかしらねぇ」


 豊穣記念焼き、と聞くと何だか物々しい名前だがぶっちゃければ「お好み焼き」だ。国生産の上質な豚肉と豊穣祭で取れた新鮮な野菜を使った名物で、この祭り限定で販売されているものだ。

 ゲームではこれを買うのが確定なので知っていたのだが、それ以外はわからない。まあ、見た感じ概ね日本の祭りと同じだろう。


「じゃあ、それ買いましょう! 皆の分!」


「4人いるから2つ買いましょう。確か結構大きいのよ。二人もそれでいい?」


 私がそう言うとそれまで後ろから付いてきていたシグネが口を開く。


「それでは私が買ってきましょう。全員で行くと混んでいるので大変ですし、空いているところでお待ちください」


「いいの?」


「ええ。それぐらいはお任せください」


 シグネだったら何も心配はいらない。彼女の言う通り列に全員で並ぶと場所も取るし迷惑も掛かる。「ありがとう」と礼を告げると彼女は一礼して列に向かった。

 私とフィアナ、アイカは少し空いたスペースに移る。相変わらず人混みは多い。夜になっていくにつれ賑やかになり、それに比例して人は多くなっていく。

 そんな景色を眺めていたらアイカが口を開いた。


「それじゃ、私も何もしないのはあれなので飲み物を買ってきますねー」


「アイカまで……いいの? その、身の回りの世話をして欲しいから一緒に来たわけじゃないんだけど」


 アイカやシグネも一緒に来たのは約束していたのもそうだが、いつもお付きメイドとして沢山世話にもなっているし、自由に羽を広げて欲しいという気持ちもある。別に使い走りにしたいためじゃない。


「もちろんわかってますよー。そうして考えて貰うだけでも嬉しいですが、私達はずっとそうしてきましたから身についているのでー。寧ろ何もしないほうが落ち着かないぐらいですー」


「うーん、でも……」


「まあまあ、すぐに皆さんの分買ってくるので、ここでお待ちくださいー」


 結局押し切られてしまった。気を利かせてくれるのは凄く嬉しいけど、任せっきりになるのも何だか申し訳ない。


「次、何かあったら私達で買いに行きましょう」


「うん、そうしようか」


 そんな私の気持ちに気付いたのかフィアナが声を掛けてくれる。色んな人に支えてもらっているなぁと実感するばかりだった。


「お姉様」


「ん?」


 その時、少し控えめにフィアナが私を呼ぶ。どうしたの? と聞けば彼女は少し私と距離を詰めてきた。


「あ、あの、はぐれたらいけないと思うので、その……」


「……ほら、おいで」


「あっ」


 正直、歓喜の声を上げて抱きしめなかった私には何らかの賞を与えたかった。


(ひ、日に日にフィアナの可愛さが上がり続けてる……! 大丈夫なのか!? 私の精神大丈夫なのか!?)


 フィアナは私の妹だが、そこに血の繋がりはない。彼女もそれを理解しているのか最初の頃は触れ合ったりだとか、甘えたりだとかそういうのを意図的に避けているようだった。

 気持ちはわかる。私にそういう経験はないが、結局は他人という事実がある以上簡単に家族のような距離感で接するのは難しいはずだ。


 そんな彼女は最近距離が近くなってきたように感じる。


「す、すいません」


「いいのいいの」


 腕を絡めて体を寄せてあげるとフィアナは戸惑いながらも嬉しそうに頬を染めた。その破壊力は私の脳では表現できるものではなかった。


(平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心…………)


 心の中でそう唱え続け、何とか姉らしさを失わないように気合で踏ん張る。可愛い妹が純粋に甘えてくると私の心がやばい。


「お姉様、嬉しい」


「わたしも、ぉ、うれしいよぉぉ」


 ちゃんと返事しようとしたけど、歓喜に震えあがった声は最早人のそれではなくなりそうだ。幸いにもフィアナにはその声色の変化に気付かれなかったが、出来れば第三者のアイカやシグネに早く戻ってきて欲しいと願った。下手をすると襲いかねない。


 そんな幸せ成分を過剰なほど摂取していた私だったが、そんな私の耳に不穏な言葉が届いた。 


「お、おい、何かぐらついてないか?」


「本当ね……さっきまでそんなことなかったのに。大丈夫かしら」


 ん? とその声の向いている場所を見る。


(あ、あれは……!)


 急速に意識が現実に戻された。何人かが気付いているそれは、この祭り用に設営された高台。それは、ゲームではセリーネが悪意を持って崩したもの。


「……うそでしょ」


「お姉様?」


 フィアナはまだ気づいていない。嫌な悪寒が体中を駆け巡る。グラグラと揺れ始めたそれは私が気付いたのを合図にするかのように揺れを大きくさせていく。


「おい! あれやばいぞ! 崩れる!!」


「え、や、やだっ!」


「避難だ! 周辺の奴ら避難しろ!!」


 高台がメキメキと音を立てて崩壊を始める。それに比例して会場には悲鳴と避難しろという大声が混ざる。


 私達の位置はまさに高台が崩れてくる場所。そして既に崩壊を始めたそこから逃げるには時間があまりにも足りなかった。


「っ! フィアナ!!」


「え、あ、きゃあっ!!」


 無意識にフィアナを庇うように抱いてそのまま倒れる。高台の崩壊の音と頭にガツンとした衝撃を受けたと思ったら、視界は真っ黒に染まった。

ブックマークや評価、感想、誤字脱字報告などいつもありがとうございます!

9月で終わる予定を立てていたのですが、もう少し続きそうです。(恐らく来月で完結かと……)

次回の投稿は10/1の22時を予定しております!

どうぞよろしくお願いいたします!

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