8.忠実なメイド、お嬢様を疑う
二話ほどシグネ視点になります。
私の名前はシグネ。エトセリア家のメイドです。
平民の出身で故郷の実家には両親も健在。そんな私がこのエトセリア家に引き取られたのにはちょっと複雑な事情があるのですが、それは話すと長くなってしまうのでここでは割愛させて頂きます。
話が少し逸れましたが……とにかく私はそれなりにメイドとして経験を積んできました。まだフォード様やマリン様がお若い時からお仕えしているので当然ではあります。
そんな私にとある転機が訪れました。
「私達の娘、セリーネのメイドになって欲しい」
若きご主人様達に愛娘が産まれた時は盛大に祝いました。勿論私も心の底から喜びました。それに大事なご令嬢のメイドとして仕えさせて貰えるということは、何だか認められているような信頼されているようなで純粋に嬉しさもありました。
流石に一人だけ、というわけではなく私と同じくらいの経験を持つアイカというとっても胸が豊かな少女と一緒にセリーネお嬢様のお付きメイドになりました。別に胸で妬んではないですよ?
彼女とは持ち場が違い大きな接点はなかったのですが、評判を聞くと少しだけ抜けているけど心優しい少女だということで、きっとお嬢様の教育にも良いでしょうと、新しい日々に少しばかりの緊張とやる気を感じながら楽しみにしていました。
それが最早懐かしく、そしてとんだ思い違いだったと悟るのはセリーネお嬢様が物心ついたあたりです。
「いくらなんでも甘やかしすぎでは……」
フォード様やマリン様はたった一人の愛娘であるセリーネ様を溺愛していました。何をやっても許して何か欲しがれば与えて、ひたすらに彼女の欲求を満たすだけ満たしていきました。
結果的にいうと、当然のごとくセリーネ様は傲慢になりました。自分が気に入らないものは排斥し、欲するものはどうやっても手に入れるそんな令嬢が出来上がってしまったのです。
まだ学園に通っていない間はそれでも表だった問題にはならなかったのですが、通いはじめてからはそうは言ってられません。
学園でもセリーネ様の悪逆っぷりは発揮されているらしく、ただ公爵家の令嬢なので逆らえる者も殆んどおらず、それは彼女を尚更つけあがらせる原因になりました。
ただ、そうなっても彼女の両親は強く責めることはなく軽く注意するばかりでした。貴族にあるまじき優しさというか、誰にでも平等に優しく朗らかで厳しさを持たない彼らのそれは美点でもありましたが、セリーネ様には悪い方向に働くばかりです。
そんな時にとある出来事が起こりました。
「昔の知り合いの一人娘を迎えることになった」
今はそれどころじゃない、と言いたいのを飲み込んで話を聞けば、昔交流のあった平民の家族のうち両親が病で亡くなられ、一人娘が取り残されてしまったということで、私も平民出身であるから同情はしました。
何でも年齢はセリーネ様より四つも下。そんな少女が一人で生きていけるほど甘くはないのはわかります。
「それでその子……フィアナと言うのだが、シグネ。君を彼女のメイドとしてつけたいのだが、いいかね?」
そのフォード様の言葉に私は少し考えてから頷いて答えました。セリーネ様の我儘にはもう付き合えそうにもなかったからです。
ついでに妹分の家族が増えて少しでもセリーネ様の性格が良くなればとも思っていました。これはきっとフォード様やマリン様も同じ思いだったかもしれません。
「…………はぁ」
ただ、それも無駄な期待でした。
セリーネ様は迎えられたフィアナ様に対して冷たく扱い、酷く非難するようなことすらあるのです。
「フィアナ様……」
「シグネさん……すみません、私が至らないばかりにセリーネ様を怒らせてしまって……」
「いえ、そんなことは……」
とある日、いつものようにセリーネ様に責められ自室で落ち込んでいた彼女に声を掛けました。
フィアナ様はセリーネ様とは逆で非常に礼儀正しい方でした。遠慮もあるのでしょうが下として働く私達にも「さん」をつけていつも申し訳なさそうに丁寧に接してくれています。
勿論、急に引き取られてまだ落ち着かない日々なのでしょうが、正直にいえばセリーネ様にも見習って欲しいと思いました。
そんな新しくフィアナ様を迎えたある時、私は彼女達が話している、というよりはセリーネ様が一方的に捲し立ている現場を見てしまいました。
「所詮平民の癖に私達と同じように生活出来るだけありがたいと思いなさい!」
きっとその前にも色々と言われたのか、フィアナ様は俯きながらすいませんすいませんとひたすら謝っていました。
それを見て、今まで忠実に、ついでに目をつけられないように振る舞っていた私の心にヒビが入りました。
それから私は出来るだけフィアナ様のそばにいるようにして、出来る限りセリーネ様と彼女の接触を避けるように動きました。何を恨んでいるのかはわかりませんが会うたびに嫌味を言ってくるので、関わらない方が良いと思ったからです。
その行動に何か文句を言われたら私が受け止めれば良いと思っていました。何もフィアナ様一人に背負わせる必要もないわけですから。
私がそう決心して動き始めたその数日後でした。
セリーネ様が高熱を出して寝込んだとの情報が入ってきました。
正直、罰があたったんじゃないかと真剣に思いましたよ、ええ。
「早く医者を、医者を……!」
慌てて駆け回る給仕達の姿を見ながら、私はある意味冷えきったように冷静でした。
当たり前ですが、死んで欲しいなどとそういったことを思っているわけではありません。早く元気になって欲しいとも思っていました。
ただ、これを機に何かが変わって欲しいと、このままだと誰もが不幸になりそうな気がしてそう願っていました。
そして……
「セリーネ様が無事に目を覚ましました。それで一度調子を確認してきて欲しいのだけど」
「わ、わかりました」
セリーネお嬢様は無事に助かり、その様子を見てくるようだいぶ歳をとったメイド長に指示を受けました。
何でもアイカは実家の方で少し問題があったらしく休んでいるらしいのです。それで元お付きだった私にその役目が回ってきました。
あまり気乗りはしませんが、メイド長に逆らうわけにもいかず、調子だけ確認したらすぐ戻ろうとそう思い、彼女の自室の前まで行くとノックします。
「はーい?」
何だか少し間延びしたセリーネ様らしくない、返事に少し疑問を感じながら名乗ります。
「セリーネお嬢様、シグネでございます」
「シグネ!?」
すると、聞いたことのないような驚いた声が響きました。まだどこかおかしいのだろうかと、とりあえず入室の許可をとります。
「……セリーネお嬢さま? 入ってもよろしいでしょうか」
「え、あ、ええ、大丈夫、よ」
そして、セリーネ様の部屋に入った私は、何故か不思議で強烈な違和感を覚えたのでした。
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