77.シスコン悪役令嬢、意外な人物に出会う
席を外すという名目で会場から城の中に入る。平時であれば普通は入れないのだが、今日に限っては一部解放されているのだ。
「あ、あの、お姉様……そろそろ、下ろして頂けると……そのー」
ダンスが始まったばかりなので城の廊下を歩いている人は殆どいない。といっても給仕であったり、全員が踊っているわけでもないのでたまに参加者とすれ違うこともある。
その大半は私達の方を何事かと驚いて見てくる。そりゃ女の子が女の子をお姫様抱っこしていたら思わず目を向けてしまうだろう。
その恥ずかしさに耐えれなかったのかフィアナは顔を俯かせながら下ろすよう訴えてきた。耳が赤いからきっとその頬も林檎のように染まっているに違いない。
私は敢えて大袈裟に、そして少し意地悪するように言う。
「でも、足挫いちゃったんでしょ? それならちゃんと処置出来るとこまで運ばないとね?」
わざと引っかかるようにいうといよいよフィアナは声を弱くして懇願するように言う。
「うぅぅ、わかってるならそんな苛めないでください……」
「あはは、ごめんごめん」
それを聞いて私は周りに誰もいないタイミングでフィアナを下ろした。足を挫いたはずの彼女だったが何事もないように少し乱れた衣服を整えている。
「驚いたわ。いつの間に演技派になったの?」
「べ、別に演技というか……ただあのままだと色んな人と踊ることになってお姉様と離れちゃうと思ったから……」
そう、フィアナはあの時足を挫いたフリをしたのである。あまりにも自然な動作だったため周りは騙されただろうが、四六時中一緒にいる私は違和感を覚えていた。まあ、所謂姉の直感という奴だったのだが、お姫様抱っこした時の慌てようでそれがフリであると確信したわけである。
「色んな人に見られちゃったじゃないですか……」
「お姫様抱っこ? 別にいいじゃない、減るもんでもないし」
「私は恥ずかしいんです! もうっ、あんまりいじわるするなら嫌いになりますからね!」
「ほひょえあ!?」
フィアナから突如告げられた死刑宣告に今度は私が慌てふためく番になった。
「ご、ごごごめんなさい! 確かにちょっとやりすぎかなって思ったけど! でもさ、ああした方が説得力があるかなーって!! だから意地悪じゃなくてね!? あ、ああお願いだから嫌いにならないでぇぇぇ……」
無茶苦茶な言葉を投げてフィアナにすがるように抱きつく。本当に嫌われたらどうしようと思考がグニャリと揺れ動いていた。
ただ、そうして抱きついた私を見るフィアナは怒っている顔ではなく、どこか照れているようなそんな顔をして私を見下ろしていた。
「……冗談ですよ。そんなことで嫌いになるわけないじゃないですか」
「ほ、本当……?」
「本当です! でも大勢の前でお姫様抱っことかはやめてくださいね」
そう言っていつものようににっこり微笑むフィアナに私は拝むように手を合わせた。恐らく女神様とは彼女のことだろうと心から思いながら。
「お前ら……こんなところで何をしてるんだ……?」
その時、突然廊下に男の声が響いた。そして私が確認する前にフィアナが驚いた声をあげた。
「あ、アラン様!?」
パッと顔をあげるとそこにはいつぞやの第一王子であるアランが立っていた。何だかずいぶん久しぶりな気がするが、それよりも私はその横にいる人物に目を向けていた。
「み、ミリ……?」
「あ、うう……ど、どうも……」
今日のミリはいつもの給仕用のメイド服ではなく、豪華なドレスを身に纏っていた。しかし彼女は輝かしいドレスとは対照的に自信なさげに身を固くしているようだった。
「えっと、お二方はどうしてこちらに?」
私が思わず尋ねるとアラン王子が答える。
「さっきまで父について挨拶周りをしていてな。漸く一息ついたからこうして会場を歩いているんだ」
「そ、そうなんですか」
なんでミリと一緒に? とは聞けなかった。しかし、視線で伝わってしまっただろうか王子は続けて説明してくれた。
「ミリはどういうことか今日も給仕として働いていたんだがな、王子ともあろう者がエスコートする相手もなしに歩くのは寂しいだろう? だから、こうして準備してもらったわけだ」
「は、はぁ……」
ミリを見ると何で自分がこんなことになっているのかわかっていないのか困惑した表情をしていた。そういえば城でメイドとして働いた時にイリサさんからこの王子は彼女を気に掛けていると話を聞いたことを思い出す。
(もしかして……)
何となくだけどアラン王子って彼女のことが……
「うう、アラン様……やっぱり私なんかにお相手は無理ですよ……子爵家なんですよ? 私……」
「別に家柄は関係ない。踊れないというわけじゃないんだろう?」
「そ、それは人並みには習ってますけど……」
「ならいいじゃないか」
「ひ、ひぇぇ……」
もしかして、っていうか明らかに気がある。
あの立ち位置はゲームではフィアナが収まる位置のはずだ。王子としての立場や責任と彼自身の姿、それに何を言うまでもなく寄り添ってくれるフィアナに惹かれるわけだ。
恐らく、あくまでも推測だがその役目はミリが担ったのではないのだろうか。メイドとして働いたあの時、彼女はよく彼から話を聞くと言っていた。ミリは少し引っ込み思案だがそれ故に聞き上手である。それが王子の気を引いたのかもしれない。
ミリは諦めたようにガックシとなったのを王子はどこか楽しむように見ながら、こちらに口を開く。
「ところで、お前たち姉妹はどうしてここに?」
「え、あ、ああ、私達はちょっと疲れたので小休止をしようかと」
「そうなのか。今の時間なら裏庭の方は空いてるかもしれんな。もし、静かに休憩したいならそこを利用するといい」
「あ、ありがとうございます。王子達はどこへ?」
「俺たちは今からダンス会場に行くつもりだが、ミリはそれでいいか?」
「は、はいぃ……」
ミリは結局断れるわけもなく大人しく従うことにしたらしい。別れ際に助けを求められた気がするが、そこはあれだ、ぜひとも頑張って欲しい。
(ミリも何だかんだ気にしてたし、ね)
でも今度学園で会ったら何か奢ってあげようと思う。
「それじゃあな」
「あ、はい」
そんなわけでアラン王子とミリと別れる。出来るだけ平静を装ったつもりだが、それでも急な出会いにはびっくりだ。いくら平和といっても護衛もつけないで大丈夫なのだろうか。
「だ、大丈夫ですかね」
そう同じことを思っていたのか、フィアナが心配そうに呟く。
「たぶん、大丈夫じゃないかなぁ」
残念ながら彼ら(主にミリ)がどうなるかわかったものではないが、私は場を濁す様にそう言うので精一杯だった。
「とりあえず折角だからアラン王子の言ってた裏庭に行ってみようか」
「そうですね。私も少し疲れちゃいました」
この城の裏庭は以前メイドをした時にも訪れたが、広いだけで特に何かあるわけではない。そこに向けて廊下を歩いていると再び音楽が響き始めた。
「また始まったみたいね」
城壁の上で演奏しているので多少離れても聴こえるのだ。裏庭で二人っきりで踊り直しってのもいいかもしれない。
「誰もいなければもう一回踊ってもいいかもしれませんね」
「……同じこと思ってた」
これもう以心伝心だよね。最早付き合ってるっていっても過言じゃないのでは? そんな思いを何とか心の中だけで収めた私はフィアナと共に裏庭の方に着く。
だけど、そこで私とフィアナはとんでもないものを目撃することになるなんて、この時は思ってもいなかったのだった。
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