75.シスコン悪役令嬢、ビビる
全方位警戒モードに形態変化している私は周辺に悪い虫がいないか目を光らせながら、フィアナやアクシアと談笑する。
今回はガチガチの形式に則った催しではないので、ダンスを踊る相手を連れないで来る人も多い。
要はこの歓談の時間で気の合う相手を見つけろという話だ。そのせいかさっきからチラチラとこちらを窺う視線を感じていた。
(間違いなく狙いはフィアナかアクシアね……)
軽食をつまみながら楽しそうに話している彼女らを見る。アクシアだって少し引っ込み思案だが小柄で可愛いし、その奥手な性格も好印象になるだろう。黒いドレスはゴシックロリータチックで子供と大人の雰囲気が合わさっていて凄く印象的に纏まっている。
「でもアクシアとここで会えるなんて思ってなかったよ」
「私だって、出来れば家にいたかったけど……流石に今日一日だけは我慢してくれって……はぁ、帰りたい」
仲良く喋る彼女らの内容は賑やかさで周りには聞こえないだろうが、こういう場では食事をしたり会話をしている相手には無理にダンスを誘わないというのが礼儀作法……らしい。だからずっとこうしていればいいのだが限界もある。
「お姉様、どうしました?」
「難しい、顔をしてる……」
時間稼ぎにどうしたものかと頭を悩ませていると、二人に話しかけられる。私はそれに「なんでもないわよ。それよりもっと食べときなさいこれとこれとこれも」と答えて軽食を皿に重く載せて渡す。
「いや、こんなには流石に……」
「たくさん食べたら踊れなくなっちゃいますよ?」
それを受けた二人からは若干の非難を浴びたが、私はそれよりもフィアナの言葉が気にかかった。
「フィアナ、貴女は踊りたいの?」
私の考えは出来る限り時間を稼いで必要最小限交流で済ましたかった。しかしそれはあくまで私個人の考えで、フィアナ自身はどう思っているのかはまた別だ。
(フィアナが色んな人と踊りたいって言ったら……いや、でも赤の他人よ!? そんな奴においそれとフィアナと踊ってもらっちゃ困るわ! 最悪身分を証せるものを吐かせるか……)
「お、お姉様……? 顔、凄い強張ってますけど……」
「…………」
「え? あー、ちょっと緊張ね! 緊張してるから!」
たぶんアクシアは私の思惑をある程度察したのか、凄く複雑な表情をしていた。
誤魔化すように用意されたグラスから水を飲むと、少し下半身が震える。
(ちょっと飲み過ぎたかしら……)
思考を複雑化させていたせいか、喉の乾きが早かったので自然と水を飲み過ぎていた。流石にそれを我慢しながらダンスは無理だ。
「ちょっと花摘みに行ってくるから。待ってて」
「あ、はい。気をつけて行ってきてくださいね」
「いってらっしゃい……」
そうアクシアが言った瞬間、その一瞬の間に私は彼女にアイコンタクトレーザーを送った。
『席外すからその間フィアナをお願い! 虫どもが寄ってきたら蹴散らしといて!』
『ぜ、善処は……する……』
あまり人付き合いが好きではないアクシアには酷なお願いかもしれないが談笑さえしてくれればいいのだ。後は私が早く帰ってくればいいだけ。
「じゃあ行ってくるわ」
とにかく速さを重視しよう。そう心に決めてお花摘みに行った私だったが……
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「た、ただいま……」
私がトイレから戻ってくるにはかなりの時間と労力を要した。
「あ、お帰りなさい! って、どうしたんですか、それ……?」
帰ってきた私を見てフィアナとアクシア困惑している。それはそうだろう、何故なら私は大量の花束を持っているからだ。
「本当に……花摘みに行ってきたの……?」
「ち、違うわよ! トイレまで行こうとしたら色んな人から話しかけられて、これを渡されたの!」
そう、私はただトイレ行きたかっただけなのだ。それなのに……
『今日のエスコート役は決まっていますか?』
『今晩、良かったら私と踊りませんか?』
『貴女に渡したく用意した花です。どうか受け取って貰えないでしょうか』
思い出せば思い出すほど不思議だった。私は悪役令嬢的な立ち位置だし、誘うならフィアナだろうと思っていたからだ。
「それで、受けたの……?」
「受けないわよ! 受けるわけないでしょ! 第一最初はフィアナと踊るって運命的に決まってるんだから」
そういうとフィアナは嬉しそうにはにかんだ。それを見てアクシアは呆れたように息をつく。
「でも花を受けとるのは了承の意じゃない……?」
「だから断った上で貰ったのよ。受け取らないなら捨てるっていうから。もったいないでしょ?」
相手に花を贈るとはそういうことだ。受け取れば誘いに乗ることを暗に示している。
だから本来はそれを受け取らずばっさり切り捨てればいいのだが、そこは元日本での一般庶民な私だ。「捨てるなんて勿体ない! 誘いには乗らないけど捨てるなら貰うわ!」の精神である。
「そ、そう……まあ、それでいいならいいけど……」
「大丈夫よ。気がある素振りなんてしてないから。それよりも……そろそろ突っ込んでもいい?」
私はそう言ってフィアナの後ろに立つ彼女に視線を向けた。桃色の髪をしっかり整えて暖色系の優しいドレスに身を包んだ、綺麗な花を思わせるような出で立ちの彼女──フロールだ。
「あら、私がいてもいいでしょう? もう友人ですし」
「そりゃそうだけど……でも、今日は一人なんだ?」
フロールはフィアナの真後ろから前に出てくる。
「さっきまで一緒でしたが、まあ、その……それぞれお相手がいますから別行動していたのです。 そしたらこの子達が何だか質の悪い方々に詰め寄られていたので軽く散らしてあげましたの」
「え、そうなの?」
それを聞いてサッと目の色が変わる。アクシアに目で問いかけると話してくれた。
「急に話しかけてきて……向こうのテーブルに誘ってきたんだけど、何度も断ってもしつこくて……その時フロール様が間に入って、くれた……」
どうやらマナーの悪い虫はしっかりいたようである。杞憂に終われば良かったのだが、やはり狙っている連中はいるようだ。
「フロール様、キッパリと断ってくれてとてもかっこよかったんですよ!」
「や、やめてください。かっこいいなどとは。私はセリーネの妹とそのご友人が困っていたから助けただけで……」
「いや、それでもありがとう。姉代表としてお礼申し上げます。いや、まじで」
私は思わずフロールの両手を握り感謝を述べる。彼女がもしいなかったらその場を目撃した私が獣状態となり会場を壊していたかもしれない。
「いや、まあ役に立ったならいいですけれど……」
両手を握られて少し顔を赤くした彼女は気恥ずかしそうにそう言った。
その時、ちょうど会場に声がかかる。
「ただいまよりダンスの時間となります。演奏が始まり次第、素敵なパートナーと楽しく踊る時間をお過ごし下さい!」
歓談の場がその声で静まり返ると、城壁の上に楽器を持った人々が立ち……
「わぁ……」
優雅な音楽が流れ始めた。
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