73.シスコン悪役令嬢、デートを終えて
楽しい楽しいデートが終わった。終わってしまった……
個人的な気持ちでは毎日デートしても良いのだが、流石にフィアナへの負担を考えると無理だった。残念。
「とりあえずダンスは大丈夫そうですね」
収穫記念の連休が始まるまであと数日。わかりやすくいえば夏休みの数日前に家の多目的ホールでシグネが満足そうに頷いた。
「完璧、とまでは言えませんが随分と上手になりましたね。これならパーティでもちゃんと踊れるでしょう」
「あ、ありがとうございました。シグネさんとお姉様のおかげです」
長い時間練習していたせいか私もフィアナも汗だくで、だいぶ体力も消耗していた。
「残り数日、パーティまでは礼儀作法を学びましょう。あと足のケガだけには気を付けてくださいね」
ダンスの練習はひとまず終了となった。ある程度踊れるようになったフィアナは安堵の息を吐く。やはり長時間同じリズムで踊り続けたり、何度も同じ動きをすれば疲れるものだ。しかし、これでダンス練習からは解放される。
「じゃあお風呂に行くわよフィアナ。このままじゃ汗で体が溶けそう」
「は、はい。行きましょう」
だけど私達は何も知らなかったのだ。ダンスよりも遥かに厳しく、それでいてつらいマナー教室という存在を。
一挙一動全てを掌握されて操作されて指導を受けて、ダンス練習よりもヘトヘトのけちょんけちょんにされた私達の苦労は本人達だけの知るところになった。
*****
そして、あっという間に日は過ぎていき……
「遂に来たわね」
自室で確かめるように呟く。学園は予定通り長期休みに入り、国全体が収穫祭に向けて賑やかになっている。そして今日は例のパーティがある当日。
基本的に大きなパーティとなれば何日でも続いて三日三晩踊り続けるといったものだが、この収穫祭においてはパーティは今日一日だけ行われる。あとは自分の治める領地なり街や村やらで好きに楽しめという趣向なのだ。
「つまり、フィアナに近づく虫を弾き飛ばすのは今日だけ頑張ればいい……!」
「何を言ってるんですかー?」
椅子に座った私の髪をセットしながらアイカが尋ねてくる。
「そのままよ。フィアナは可愛いでしょ?」
「そうですねぇ」
「だから悪い虫がたくさん寄ってくるでしょ?」
「そうですかねぇ?」
「そうなの。だから私が弾かなくちゃ。あれね、最悪タックルなりなんなり武力行使を」
「それはやめたほうがいいと思いますがー……」
金色の髪がクルクルと巻かれていく。いつも通りの縦ロールだけど、今日はパーティ用に少しだけ派手になっている。あんまり揺れると頭も一緒に揺れそうになってちょっと嫌だけど、こういうのは見た目が大事らしい。
(別に誰かに見せたい人がいるわけじゃないんだけどな)
こういうのは家の顔になる。当然、みすぼらしいとか、情けない恰好をしていたら家の名を汚すことに繋がるのだ。だから公爵家令嬢の私は精一杯オシャレをしないといけないのである。
「よしっ、できましたー!」
珍しいアイカの達成感溢れる声が響く。私は目の前の大きな鏡を見た。
(うーむ……セリーネだ)
整った顔立ちに勝気な瞳、輝く縦ロール金髪。そこに朝倉美幸の面影は全くない。
(結局、美幸がセリーネとして目覚めた理由はここまでわからずじまい……日本の頃の記憶だって完全には取り戻せていない)
「さぁ、あとはドレスを着ましょう」
「うん……」
促されて椅子から無意識に立ち上がる。
(例えば、例えば急にふと目が覚めたら実家のベッドだった。なんてことも、ありえる……?)
「お嬢様ー?」
(今のセリーネの状態が夢だという可能性も……)
「お嬢様ー!」
「ふやぁい!?」
瞬間、思考の沼に嵌っていた意識を戻された。あまり聞かないアイカの大声を耳元で聞いた私は素っ頓狂な声を上げて振り返る。
「な、なな、ど、どうしたの?」
「それはこっちの言葉ですよー。ずっとボーっとしてどうしたんですかー?」
ムッとした顔でアイカは言う。その顔は怒っているようで心配しているものだった。
彼女は私の事情を知る数少ない人だ。ちょっと緩いけど色々と出来て、それでいて優しい。
「ねえアイカ」
「はい?」
「もしも急に私がいなくなったりしたら……どうする?」
「え?」
そう言ってから後悔した。答えのないなんてひどい質問だろうという自責。しかし口から出た言葉を取り戻せるわけもなく、それはアイカの耳に確かに届いた。
それから少しだけ間が空いた。
「なーんて、冗談冗談!」そう言っていっそのこと笑い飛ばしてしまおうかとそう思ったら、静かな声が返ってきた。
「うーん、寂しいですね」
「……寂しい?」
「そうですね。お嬢様いなくなったらとっても寂しいです」
「そ、そう……」
「逆だったらどうですか?」
「え?」
「もし、私やシグネ、それにフィアナお嬢様が急にいなくなったら、お嬢様はどう思いますかー?」
ふと、言われて考える。そうだ、私がいなくなるということは、私からすれば皆がいなくなってしまうことなのだ。
いつも頼りになるアイカやシグネ、何かと協力してくれているアクシア、フロール、お母様、お父様……そして、最愛の妹フィアナとも。
「……寂しい、かも」
「そうでしょう? そして寂しいと思うのは相手のことを大事に思っているから、です」
「大事……」
「急にどうしたのかは存じませんが、大事にしてください。何でもかんでもですよ。そうして後悔のないようにするんですー」
そう言ってアイカは鏡越しににっこりと笑う。ユルユルとした思わずこちらも破顔してしまいそうな笑み。
実際に私は憑き物が落ちたように気が軽くなって、笑みを返すことが出来た。
「アイカ……あー、そのありがとう。ちょっと考えすぎたみたい」
「いえいえー、少しでも晴れたならよかったですー。じゃあ早く着替えちゃいましょー」
「ええ、お願い」
いつもの調子に戻ったアイカにテキパキと着替えさせられていく。本来豪華なドレスだったら複数人に手伝われるものだが、今回の私のドレスはダンスするためにそこまで複雑怪奇で装飾ジャラジャラなものではなく、赤を基調としたシンプルなドレスだ。だから、アイカ一人に着付けしてもらっている。
(……そうね。どうなるかわからないのにいらない心配していてもしょうがないわ)
一度気持ちを改める。今の私がセリーネなことに間違いはない。だったらそれを心の底から楽しめばいいだけなのだ。可愛い妹がいるという最高の環境なのに何を心配していたのか、今更自分が馬鹿に見えてきた。
「よし、パーティで暴れるわよ!」
「それだけはやめてくださいねー」
*****
開口一番は「カワイイ!かわいい!可愛い!」だった。
「は、恥ずかしいです……」
髪を整え、ドレスに着替え、ばっちり化粧やらメイクやら済ました私は両親とフィアナに合流する。今回のパーティは家族総出だ。アイカやシグネ達は家で留守番というのは少し勿体ないが、パーティの後の祭りは一緒に行こうと誘ってある。
だけど、それよりも今は目の前にあるフィアナという存在に私は釘付けになっていた。
当たり前だけどパーティ用の装いになったフィアナは控えめに言って女神
だった。ショートの金髪はキラキラに光るほど手入れされており、太陽に負けない程綺麗に輝いている。首には私のプレゼントのチョーカーを付け、そして神秘さを遺憾なく発揮する純白の清楚なドレスはあまりにも彼女を際立たせ過ぎていた。
少女と女性の中間のような、あどけなさと大人びた雰囲気が両方兼ね備えられていて、誰もを魅了してしまいそうだった。
「はぁはぁ、やっぱり聖女というものは存在したんだわ……ああ、尊い、拝まないと……!」
「お、おねえさま!?」
思わず両手を前に組んで、膝をついて頭を下げようとした瞬間、後ろからはたかれた。
「わふっ!」
「こら、何をしようとしているの」
それは鋭いお母様の声。わー、物凄く睨まれている。
「今から会場に行くのにドレスを汚す気なのかしら貴女は、ねえ?」
「……す、すいません」
とんでもない迫力に後退るように謝る。こんな人だっけお母様?
「フィアナが可愛いのはわかるけど、今日は自重しなさい。会場で変な騒ぎ起こしたら……わかるわね」
「は、はひ」
その人を殺せそうな鋭い瞳を愛娘に向けていいのですがお母様! と言いたかったが、それを言わせぬ迫力が私を抑えた。
その時、場を改めるようにお父様が咳払いをする。
「オホン! それでは行こうか。遅れるわけにもいかないからな」
馬車は二台用意されている。様々な荷物を積んだ一台と、私達一家が乗る馬車だ。
(た、助かった)
このままだとお母様の雰囲気に圧殺されるところだった。ふぅ、と安堵の息をつくと私の左腕に何か抱き着く感触。
柔らかい腕とシルクのようなドレスの質感。フィアナだというのはすぐにわかった。
「行きましょう、お姉様」
そうやって微笑まれれば私はあっという間に彼女の信者に舞い戻ってしまうのだ。
(今日のパーティは、絶対にフィアナを守らなくちゃ……!)
私のそんな決心と同時に、馬車は会場である城に向けてゆっくりと動き出した。
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一応このパーティ編で完結する予定ですので、良かったら最後までお付き合いください!
次回の更新は8/25の22時頃を予定しております!
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