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72.シスコン悪役令嬢、デートする(後編)

 フィアナとの昼食はそれからお喋りをしたり食後のデザートを頂いたりと楽しく過ごした。ただそんな時間はあっという間に過ぎ、私達は店主にお礼を言ってから再び馬車に乗り込んでいた。


「…………」


 馬車の向かう先は本日の最終予定地である花屋だ。国一番の大きさ、とまでは言わないが花の種類も多く、人気のある場所らしい。

 らしい、というのはその花屋を私が知らないからだ。何せゲーム内で出掛けることのできる場所に『花屋』という選択肢はないのだ。だからそこに行きたいというフィアナに実はちょっと困惑している。


(ゲーム通り進むなんて思ってもいないけど……何かが変わってきてるの?)


 勿論、自分自身が一番変わっているということは自覚はある。ゲームの世界にいた悪役令嬢という存在はもういなく、今ここにいるのはフィアナ大好き妹大好きな滅茶苦茶な奴なのだから。


(自分で自分の事を滅茶苦茶な奴と称したくはないけど……とにかく、もうゲームの知識だけじゃ限界が来てるのかも)


 ガラガラと石畳を進む馬車の揺れを感じながら街中を進んでいく。この時間帯は外を歩いている人も多く、馬車の窓から外を見ていれば目があったりするぐらいだ。

 食事が終わってからはまったりとした時間というか、言葉はないが気が和らぐような空間が馬車の中に広がっていた。思わず気を抜いたら眠り込んでしまいそうな緩い空間だ。

 朝は向かい合って座っていた配置も今は隣同士。引っ付くほど近くはないが手を伸ばせば届く距離にフィアナはいる。


(何か声を掛けたほうがいいかしら……)


 馬車に入る光を反射して彼女の金髪が誘うように綺麗に輝いている。私は殆ど無意識にその一部を手で梳いた。


「……ん、どうしたんですか?」

「いや、綺麗だなぁって」


 素直にそう評するとフィアナは恥ずかしそうにしながら笑う。そして私がしたのと同じように私に向けて手を差し伸べてきた。


「私から見れば、お姉様の髪の方がきれいだと思いますけど」

「そうかなぁ」


 いつもはしないようなフィアナの接近にドキッとする。彼女の小さな手が髪を撫でる感触が心地いい。

 しかし、見比べてみても私の髪よりフィアナの方が綺麗だと思う。そもそも私の中では黒髪だった美幸の記憶もあるので金髪な自分が中々受け入れられないということもある。今日もしっかり手入れされたクルクルロールな金髪をしばらく好きなように弄らせていたら、目的地に着いたようで馬車が動きを止めた。


「私もお姉様ぐらい伸ばしてみたいですが……」

「短くても可愛いわよ。伸ばしてもいいとは思うけど」


 髪の話をしながら馬車から降りる。目の前には店先にたくさんの花を並べた如何にも「お花屋さんですよ」とアピールしているお店があった。


「……フィアナ?」


 てっきりフィアナはその鮮やかな花々に喜ぶかと思っていたのだが、その表情は先ほどとは打って変わって真剣、というより神妙な面持ちで店を見つめていた。


「フィアナ、大丈夫?」

「え、あ、すいません。大丈夫です」


 二回呼びかけたら漸く我に返ったようにこちらを向く。その顔は明るいがやはり陰を感じるものだった。


「そういえば、フィアナはどうしてここに来たかったの?」


 それは何ともない質問のつもりだった。何なら「可愛い花を買いたい」とか「誰かに贈りたい」とかそういう類の物だと思い込んでいた浅い自分の考え。

 だから、彼女の静かな返事に私は後悔することになる。


「あの、もうすぐ長いお休みがあるので……お母さんとお父さんのお墓に供える花を買っておきたかったんです……」

「あ」


 ちょっと考えればわかりそうなものだった。この世界にお盆などという文化はないがお供えだって当たり前にするし、そのことを配慮せず不躾に聞いた私の完全な失態だった。


「ご、ごめんなさい。何も考えず聞いて」

「い、いえ。私の我儘みたいなものですし気にしないでください」

「我儘なんてことはないわ。それだったら良いお花を選びましょう、ね」

「はい……」


 無理くり促したのもあまりよくなかったか、ちょっと微妙な雰囲気のまま私達は花屋に入った。


「いらっしゃいませー」


 流石にそこそこ大きい店だからか、馬車から降りて入ってきた私達にも変わらず普通に対応してくれる。フィアナは店員と思われる人物に声を掛けた。


「あの、お供え用のお花を探しているのですが……」

「かしこまりました。それでしたらあちらの方にありますのでご案内致します」


 そう言って私も付いて行こうとして……やめた。お供えの花に関して私が傍にいてアレコレいうのもおかしいし、ここは別れた方がいいと思ったのだ。


「じゃあ、私も適当に見てるからね」

「は、はい。また後で」


 そしてフィアナと離れた。店員の後についていく彼女の姿は何だか小さく見えた。


「はぁ、なにやってんだろ。考えればわかりそうなのに」


 そして私はため息と自己嫌悪を吐き出した。フィアナが気にしているかどうかわからないが、自身の発言の軽率さには呆れるしかない。

 そう自責の念に苛まれながら流し目で綺麗な花々を目に収めていたら別の店員が近寄ってきた。


「いらっしゃいませ。本日は何かお探しですか?」

「え? あ、いや私は」


 完全に油断していた私は急に話しかけられてしどろもどろに返す。


「パーティ会場の飾り花から、大事な家族や愛する人にも贈れる花まで、何でもありますよ! もしもお悩みでしたらご案内致しますが」

「……大事な人に、贈る花?」

「はい! 一輪から花束まで選ぶことも可能です!」

「そ、それだ!」


 アクセサリーも贈ったけど、どうせならそんなプレゼントがあってもいいだろう。私はそう思って店員に誘われるまま店の奥に足を運んだ。



*****



 それからフィアナと合流するまで時間は掛からなかった。元々買いたい花は決まっていたのか、偶然、フィアナが買った花束を抱えて馬車に戻っているところに遭遇した。


「あ、お姉様。今探しに行こうかと思ってたんです!」

「そう、じゃあちょうどよかったわね」


 さっきの少し暗い様子とは違っていつも通りの明るさを取り戻したフィアナに内心ホッとする。良い花が見つかったのだろうか。


「それじゃ、用が済んだなら帰りましょうか。夕食までには帰る約束だしね」


 移動にもだいぶ時間が掛かったせいか、もうそろそろ夕方になるぐらいだ。今から帰れば夕食には余裕を持って間に合うだろう。


「はい。私はもう大丈夫です! お姉様は買うものはないんですか?」

「んん? 私も大丈夫よ。ふふ……」

「?」


 私に話しかけてきた店員に店の外まで見送られる。停まっている馬車にフィアナを先に乗せた私は、見送ってくれた店員に目配せをした。


「……お買い上げありがとうございました……」

「……こちらこそ、良い買い物だったわ……」


 お互いに小声で挨拶を交わして、こっそりと「ある物」を受け取る。まあ、隠す意味もないので言うが、フィアナに贈る花のプレゼントである。


「またのお越しをお待ちしておりますー!」


 受け取った花を背中に上手く隠しながら馬車に乗る。幸いフィアナは自身が買った花を確認していたのかこちらに目を向けていなかった。

 その隙をついて私は座った自分の陰に買った花を上手く隠す。ちなみに買った花はゴデチアだ。百輪ぐらいまとめようかと思ったけど、大きくなりすぎたら逆に迷惑かと思いそこそこの大きさにまとめてもらったが、色鮮やかで綺麗なものになっていた。


(あとはどのタイミングで渡すかってところね……)


 動き出した馬車の中で考える。出来れば家に帰りつく前に渡したいところだが……


「あの、お姉様……」

「ん? どうしたの、フィア……な?」


 そんなことを考えていたらフィアナに呼ばれ慌てて視線を向ける。瞬間、私の視界には白一色に染まった。


「あ、うぇ? え?」


 それは真っ白い花束であった。私が目を見開いて驚いているとフィアナが小さく口を開く。


「その……いつもお世話になってますし、こんな素敵なプレゼントまで頂いて、何かお返ししたいなって」

「そ、それでこれを……?」

「はい。アザレアというそうです。店員の方に相談したらこれが良いって。私もお姉様には白が似合うと思ったので」


 その真っ白の花は気品があり清純な雰囲気が漂っている。正直私の中身の性格的に似合うかどうかは議論の余地がありそうだが、何よりフィアナからの贈り物だという事実だけが身体中を衝撃になって走り回る。


「あ、ありがとう! 凄く嬉しいわ!」


 束を受け取って抱き締める。ふんわりとした花特有の香りが鼻を擽った。しかし、まさかお供え用の花と同時に買ってるなんて、予期せぬハッピーな出来事だった。


「気に入って貰えて良かったです」

「そりゃ気に入るわよ! 早速部屋に飾りましょう!……ってちがああぁう!」

「ひゃあっ!?」


 だけど、そこで自身が何をしようとしていたのか全て思い出した。危うく花を贈られた喜びで、自分が花を渡すことを記憶の彼方にぶっ飛ばすところだった。


「あ、あの、な、何かダメでしたか……?」

「違うの! ほら、私もフィアナに贈ろうと思って……!」

「え?」


 慌てて後ろから色鮮やかなそれを取り出す。フィアナはそれを目を丸くした。


「私もプレゼントしたくて買ってたのよ……」

「そ、そうだったんですか。でも、ネックレスまで貰って花までなんて……」

「いいからいいから! ほら、じゃあ交換ね!」


 だいぶ慌てながら花の交換会が開かれる。私がズイッと差し出した花束をフィアナは恐る恐る受け取ると、そのままギュッと抱き締めて小さく呟いた。


「嬉しい……」


 それを聞いて私も同じ気持ちだと伝えるように頷く。


「こうしてみるとやっぱり似た者同士ね」

「そうですね……似た者姉妹です。私達」


 お互いに微笑みあってそれぞれ贈りあった花を腕に抱く。

 馬車に積まれたお供え用の花が馬車から入ってくる太陽の日にキラキラと輝いていた。

ブックマークや評価、感想、誤字報告などありがとうございます!

次の投稿は8/16の22時頃を予定しております!

次回からパーティ編に突入する予定です。どうぞよろしくお願いいたします!

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[良い点] 兄弟姉妹仲が良い話はいい… 一時期不遇職系ばかり読んでた時にとにかく仲が悪いのに当たりまくってたので 最近は仲が良いのを選んで読んでるけどやっぱり癒される方が良いね 悪役令嬢系は大抵ヒ…
[良い点] 花言葉、調べてしまいました。 ふふ。つい気になって。 最高ですね。ふふ。 すいません。笑みが止まらなくて。
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