7.シスコン悪役令嬢、決意する
フィアナを見た私たちは固まっていた。流石の私も酷く落ち込んだ顔をしたフィアナに対して、明るく声を掛けることは出来ない。
「せ、セリーネ様……どうして……?」
そんな中、フィアナは私を見て大層驚いているようだった。そしてその瞳は動揺と悲哀に揺れているように見えた。
間違いない、これは例のイベントがあった後だと私は確信した。
私が病気で休んでいる間に起こるイベントは先に話した通り、私の取り巻き達が口々に彼女を責めるイベントだ。
そもそもこの取り巻きというのは、所謂フィアナを叩くだけに私の名前を借りているような連中だったはずである。だから無関係だ、と関わりを否定するつもりはないが、何よりもフィアナが私に対して負い目に感じてしまうことだけは避けたかった。
「わざわざ迎えに来て頂いて、すみません……」
やっぱりフィアナは優しい子だった。恐らく起こったあのイベント後で辛いだろうに、こちらに必死に気を使っている。
「い、いいのよ。だって家族なんだし。私も、ほら明日から通うからリハビリみたいな? だから気にしないでいいのよ?」
「はい、ありがとうございます……嬉しいです」
私がしどろもどろになりながらそう言うと、彼女は無理矢理笑顔を作って笑った。それを見て益々心が痛くなる。
シグネもアイカも重い空気を感じているのか沈黙していた。アイカならもしかしたら何か能天気に話題を出すかもと思ったが、流石に彼女もどうしたらいいかわからないようだった。
結局、屋敷に着くまでの間、馬車の中は沈黙に包まれていた……
学校であったことを話ながら姉妹でキャッキャウフフしながら帰りたいという願望はいまだ叶いそうにない。
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屋敷に戻った後、夕食までは自由時間になった。そんな時間に、私は自室で一人悶々としていた。
「あの様子は絶対に何かあった……というか、絶対イベントがあった。間違いない」
フィアナは隠そうとはしていたが、隠しきれないほど明らかに落ち込んでいた。そりゃ13歳の少女に多数の悪意が向けられればそうなるのも頷ける。
「このままじゃいけないよね……」
どうしたものか、なんて考えている暇が惜しい。私はとりあえず何も考えずに自室から出ると、フィアナの部屋に向かった。
慰める、とかそういうことをしようと思っているわけじゃない。たぶん、そういうのは今はあまり伝わらないだろうし、意味がないと思う。
じゃあ、どうするかって? 会ってから考えようと思う。だって、あんな悲しそうな顔を見たら放っておけないんだもん!
「……さて」
そんなわけでフィアナの部屋の前に来た。いざ辿り着くとやっぱりちょっと入りづらい。
「あれ?」
普通にノックしようか、先に声を掛けようか悩んでいると、少しだけ、ほんの少しだけ扉が開いていることに気がついた。
(の、覗くわけじゃないわよ! ただ、そう、いるかいないかの確認ぐらいは普通だから!!)
誰に対して言っているのかわからないが、心の中でそう言い訳して私はソローッとそこから部屋の様子を窺った。
(いた……)
そして私は扉の前で動けなくなった。
フィアナは確かに部屋にいた。ただ地面に膝をついてベッドに倒れるように伏せていたのだ。
一瞬、具合でも悪いのかと思わず部屋に入りそうになったが、そんな私の耳にある音が響いた。
「う、ぐすっ……」
それは間違いなく嗚咽混じりの泣く声だった。そしてよく見てみるとフィアナは小さく肩を震わせている。
「フィアナ……」
そのあまりにも痛々しい姿に思わず駆け寄りたくなる。せめて辛さを共有するだけでも少しは軽くなるかもしれない。
それでも何故か私はそこから動けなかった。どう声を掛けていいのかまるでわからない。立ち入ってはならない領域に感じていた。
「お母さん、お父さん……」
「…………!」
立ち尽くしていた私にフィアナの声が聞こえる。それは小さな小さな一人言だったが、嫌というほどよく聞こえた。
「新しい生活は少しだけ大変だけど……私、頑張るから……だから……」
見守っていてください
無理だ。今の私が部屋に入ったところで何も意味がないことぐらいわかった。
私は何も出来ない無力感を感じながら、しかしとある決意を胸に秘め、その場から立ち去った。
その日の夕食にフィアナは現れなかった。シグネ曰く、少し具合が悪いようで早く休むとのことだ。
「簡単な軽食を用意しておきます」
「ええ、お願いね」
シグネは母のマリンにそう告げて、食堂を後にした。父のフォードは食事が終わる少し前に話しかけてきた。
「もう体の方は大丈夫かい?」
「ええ、この通りもう大丈夫。明日から学園にも行けるわ」
「そうか、それはよかった……ところで、フィアナのことはどうかな?」
「どう?」
父の質問の意味がわからず質問で返してしまう。父は少しだけ言葉を慎重に選んでいるようにみえた。
「いや、突然家族が増えて苦労を掛けてないかと思ってな。急に受け入れるのは難しいと思うが……」
と、ここまで聞いて納得した。
そうだ、父や母は私がボロボロ泣いて謝ったことをまだ知らないんだ。きっと私が目覚める前の悪役令嬢セリーネの認識のままなのだろう。
それで不安だったんだ。私とフィアナが変に衝突してしまうのが。それにタイミング悪くフィアナも調子を崩してしまったし尚更心配なんだろう。
それなら、すぐにでも解消しなくてはならない。ゲームでは新しい両親とすらギクシャクしてしまうフィアナだったが、セリーネが私である以上それを許すわけにはいかない。
「お父様、お母様」
「ん?」
「前々から言いたかったんだけど、あの……実は私妹がずーーーっと欲しかったの!」
「え、そうなのかい?」「あら、そうだったの?」
言葉が重なった両親にコクリと頷いて答える。
「最初は突然義理とはいえ妹が出来て困惑しちゃったけど、今は本当に嬉しくて。だからもっともーっと話をして仲良くなれたらって本当に思ってるの」
「あ、ああ、そうだったのか! それならよかったよ!」
「ええ、だからお父様やお母様もフィアナをたくさん愛してあげてください。私もいつかお姉ちゃんって呼んで貰えるくらい頑張るから!! 冗談抜きで!!!」
「す、すごい気迫ねぇ……」
ちょっと熱が入ってしまい母は若干引いているようだったが、これで少なくとも両親とフィアナの間に変な溝は生まれないだろう。
それからは普通に食事を終えて私は部屋に戻ってきた。そして私はバルコニーに出る。
今日は少し夜風が寒いが月が綺麗に見える日だった。
「決めたわ……」
そんな月の下で私は誓う。
「悪役令嬢が何よ! 追放されようがされまいが、こうなったらフィアナにはとことん幸せになってもらって、それでそれで! 心から「お姉ちゃん」って呼ばせて見せるわ!」
グッと令嬢らしからぬガッツポーズをとって月に宣言する。「知らんがな」と月には言われるかもしれないが、無理矢理証人(証星?)になってもらおう。
そうと決まれば後は実行するのみだ……!
翌朝。私は家の入り口で仁王立ちしていた。アイカが「何してんだこいつ」見たいな視線を向けてきているが気にしない。
「あ、え? セリーネ様……?」
だって当の目的はフィアナだから。彼女は少しだけ目が赤いようだが、内心辛いのを悟られないように普通に振る舞っているようだ。
「ど、どうしたんですか?」
堂々と立っている私を見て、不安げな表情を見せる彼女だったがそれも今日この時までだ。
今の私は制服に身を包み、髪も完璧にセットしてある。ちなみにしっかりとゲームの立ち絵通り縦ロールだ。アイカが器用にセットするのを見て少し感動した。
そんなわけで動揺の眼差しで見つめるフィアナに私を手を差し伸ばした。
「さあ、一緒に学園に行きましょう! 私達は家族なんだから!」
「…………え、ええ!?」
ここからはお姉ちゃんのターンだ!
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