68.シスコン悪役令嬢、デートの約束をする
フロール達との一幕が終われば、再びパーティに向けての準備が進んでいく。準備といっても設備とかではなくて、礼儀作法やダンスであるのは周知の事実だろう。
「フィアナお嬢様、もう少し歩幅は細くして大丈夫です」
「は、はい!」
今日はダンスではなくて、礼儀作法。基礎的な歩き方から食事中のマナー、やってはいけないこと、などなど幅広く学んでいる。
例えば今のフィアナは随伴者と一緒に歩くパターンの勉強中だ。ちなみにいうと練習台のペアは私が務めさせてもらっている。ナイスシグネ、ありがとうシグネ。
「セリーネお嬢様は少し顔を引き締めてください。すごいだらしない顔してますよ?」
「あ、はい」
いかんいかん、腕を組んで密着しながら歩いているせいか無意識に頬が緩んでいたらしい。隣のフィアナは覚えるので忙しく、あんまり意識はしていないようだ。というか、姉だからと意識するわけはないか、たぶん私がフィアナを好きすぎるだけ。
「いいですよ。そのままゆったりと余裕を見せる感じでこちらまで来てください」
シグネの声に従って歩く。私はダンスの時と同じく何故かこういう作法も多少慣れていた。元がハイスペックだったのもあるが、とにかくありがたい話である。これでダンスも作法も一から学ぶとなっていたらきっとパーティまで間に合わなかったに違いない。
それこそ今みたいにフィアナのペアとして役にも立てるし悪いことではない。
「……あっ!」
そう思って歩いていたら、組んでいた腕に小さな圧がかかった。フィアナが自分の足を絡ませてしまい転んだのだ。
しかし、そこで一緒に転ぶなどという事態にはならない、私よりもフィアナの体格は小さいのでこける前に抱き寄せることなど容易なのだ。
「大丈夫?」
「す、すいません……」
「気にしないで。それよりもけがはない? 痛くしてない?」
フィアナも私も本番を想定したヒールを着用しており、変に捻ってしまう可能性もあり、それを心配した私だったがフィアナは少し足を確かめて「大丈夫です」と言う。
「……あの」
それにしてもフィアナは軽い。それはちゃんと食べているのか心配になるほどで、思いっきりこっちに体重をかけたはずなのにあっさり抱き寄せることができたし、なんか柔らかいし体温は少し高いし、もうこのまま抱きっぱなしでもいいんじゃないかな。
「……お、お姉さま?」
「パーティでは私がずっとお姫様抱っこしていればいいのでは?」
「え?」
「何言ってるんですか……」
抱きしめながらそう言ったらシグネに思いっきり溜息を吐かれた。ひどいメイドである。
そのまま抱きしめていたかったけど練習にならないということで離れてしまった。お姉ちゃんの腕は寂しくなった。
「さ、もうひと頑張りしましょう」
「はい!」
シグネの声にフィアナは元気よく返事をする。やる気があるのはいいことだ。
「では、引き続きセリーネお嬢様はフィアナお嬢様のペアとしてお願いします」
「はい!!!」
やる気があるのはいいことだ。
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その日の夜。かいた汗をお風呂で流した後、私はフィアナとの時間を楽しんでいた。といっても寝る前なので甘いお菓子とか紅茶などは用意できない。別に私はフィアナがいればいいんだけども。
「そういえば、フロールのことで有耶無耶になっちゃったけど一位おめでとう。あれだけ頑張っていたものね」
「それは……たぶん魔法試験の成績が良かったからだとは思うんですけど」
「それだってフィアナの才能でしょう? もっと喜んでいいのよ」
そう言って隣に座っているフィアナを撫でてあげると気持ちよさそうに体を預けてくる。これ実質私に懐いてるってことでいいよね? 出会った頃に比べればだいぶ甘えてくれるようになったフィアナは凄く愛おしい。流石に第三者の目があるとここまではならないが、二人きりなら別なのだ。積極的に二人っきりになりたい。
「……ん、眠たいの?」
猫を愛でるように撫でていたら、フィアナの頭が膝の上にポフッと落ちてきた。今日は色々とあったし、夜はパーティへの練習もあったりで疲れたのだろう。
ゆったりと撫でてあげたり、サラサラな髪を手で梳かしてあげていたらフィアナはゴロンと寝返りを打ち、私の顔を見上げる姿勢になった。その表情は何かを言いたげだった。
「どうしたの?」
「あの、お姉さま。もしも、もしもの話なんですけど……」
フィアナは何かお願いをしたいとき、今みたいに少し遠慮するような言葉選びをする。そういう時は話してくれるまでジッと待つのがいいとはわかっているので、言葉にしやすいように優しく見つめてあげながら軽く撫で続けた。そのかいもあってか、フィアナの口から小さく言葉が流れる。
「私が、試験のご褒美が欲しいって言ったら……その、どう思いますか?」
「…………え?」
しかし、今回のフィアナの言葉に私は思わず飛び跳ねそうになった。そんなことしたら膝の上の妹がひどいことになるので実際にはしなかったが、心の中では踊らんばかりに跳ね回っていた。
フィアナは私の家に家族として迎えられて、それなりに馴染んできた。しかし、彼女の性格と、いまだに本当の家族ではないことを考えてしまうのか、どうしても何事にも自分を一歩下げてしまうことが多かった。
やりたいことがあるけど、我儘をいってはいけないと遠慮するのだ。それに対して「遠慮しないでいいんだよ?」と言ってあげたいと思っているのだが、そう言ってしまうとさらに彼女を自粛させてしまう恐れもあったので、彼女から歩み寄ってくれるのをもどかしい気持ちで待つしかなかったのだ。
それが、やっとなくなりそうなのだ。
「……フィアナは何かして欲しいことがあるの?」
努めて冷静に、冷静に言葉を選ぶ。正直「お姉ちゃんに何でも言って! 何でも叶えるから!!」と抱きしめながら言いたいが、そんなに強く言ったらまた引っ込んでしまうかもしれない。
私が心の中の暴走しそうな自分と火花を散らして戦っていると、フィアナは少し考えた後に小さな声でこう言った。
「その、お姉さまと街に買い物に行きたいんですけど……」
「行くっ!!!! 行きます!!!!」
あ、だめだった。
「買い物!! いいよ!! 明日、明日行こうか!?」
「あ、明日は学校ですよ……」
「ぐぬぬぬ、じゃ、じゃあ次のお休み。最近はパーティの練習ばかりだったからたぶん許可も取れるはず。いや、取る!」
「……いいんですか? お姉さまも忙しいんじゃないかって……」
「何もないよ! 常にフィアナのために空けてるからね!」
「そ、そうなんですか」
こちとら頭の中の最優先事項はフィアナで固定されている身だ。こんなデートのようなお誘い断るわけにはいかない。例え王様に呼び出されてもお断りだ。
「じゃあ、次のお休み……街に行きたいのですが……」
「もちろんよ、楽しみにしてるわ、すごく、凄くね……ウフフ」
少し気持ち悪い笑い方が出てしまったが、気にしない。フィアナはお願いしたことが恥ずかしくなったのか、私の膝からそそくさと起き上がると「それでは、お、おやすみなさい……!」と言ってパタパタと部屋から出て行った。
私はしばらくベッドの上で今日のことを思い出してはゴロゴロするという奇行に走る夜を過ごすことになった。
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次回は少し仕事が忙しくなるので7/24の22時頃に投稿致します!
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