66.シスコン悪役令嬢、勝利する?
「は、はあ? 解答用紙を間違えた???」
「う、うぅ」
目の前でがっくりと膝をついているフロールに私は困惑していた。取り巻きの二人が哀れむような目線を向けていることから恐らく先に事情は聞いていたのだろう。
さて、この学園の筆記テストなのだが、日本では教科ごとに別でやるのに対して、ここはまとまって実施される形態だった。
今回は一般教養と歴史と魔法学、それぞれが一度に渡されて時間内でそれに記入していく形というわけだ。
確かに問題はマークシートに近い記号を選択していく形式であり、それぞれの解答用紙に明確な差異はなく、間違える可能性はないわけではない。
「で、でも問題数とか違うし、気づかなかったの……?」
「魔法学の用紙は間違えてなかったのですが、一般教養と歴史の解答用紙を間違えていたのですわ……それで、採点した先生がおかしいと気づいて……」
普段好成績を収めているフロールが何故か滅茶苦茶に間違えていることに気づいた先生により発覚、それでどうしようかと会議にまでなったらしい。
「結局、情けの情けで個人的な成績はちゃんと残してもらう事にはなったのですが……順位の方は除外という形になったのですわ……」
「それで名前がなかったんだ……」
にしたって、解答用紙の間違いはどうだろうか。最後まで解けば問題数が違うから違和感があるだろうし……
「その時は一問一問を丁寧に解いていましたし魔法学から始めたので……しかも、中々に会心の出来だったので舞い上がって見直しを怠る始末……」
「それで違和感に気づかず、あんなに自信満々だったの?」
「う、うぅ……!」
フロールはまたもや地面に伏せってしまう。しまった、自然と追い打ちをかけてしまった。
「わ、私としたことがいくらなんでもこんなミスをしてしまうなんて……自分で自分を信じられませんわ……」
最早涙声にまでなってしまった彼女は本当に小さくなって、少し可哀そうだった。
しかし、私の中で一つ引っかかることがある。勝負の事だ。
「でもさ、それだったら負けじゃないんじゃない。個人の成績は出てるんでしょ?」
そう、明確にまだ彼女の負けではない。恐らく彼女の渡された個人成績表は一応お情けという形だが正規の評価がされているはずである。
私が負けている可能性はあり、それは敵に塩を送る(別に敵だとは思っていないのだが)行為だったかもしれないが、このまま落ち込んだ彼女を見ているのもそれはそれで辛かったから、ある意味助け船を出すような気持ちだった。
しかし、彼女は首を振る。
「いいえ、今回のは私の全面的なミスですわ……先生方にも迷惑を掛けてしまいましたし、掲示板の順位にない以上、負けですわ……」
「えぇ、じゃ、じゃあ引き分けとかでもいいけど……」
「駄目ですわ! それではけじめにもなりませんし、私の為でもあるのですから……」
そう悔しそうにいいながら、フロールはフラフラと立ち上がった。
「と、とにかくそういうことですから……何かいつも通り命令を考えておいてくださいまし……」
恐らく今の彼女は自分の失態と罰ゲームで何をさせられるのかという、屈辱的な気分を味わっているに違いない。
しかし、今回の件は確かに彼女のミスではあるのだが、それを手放しで喜んでいいのかというと私的には微妙だ。そもそも私は勝負は望んでないし、別に彼女に命令して恥辱を与えたいというサディズムな一面を持っているわけでもない。
「では、また後程……失礼致しますわ……」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「……なんですの?」
だから、私はこの場で命令をすることにした。思い付きだけど。
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「こ、こんな施し受けられませんわ……」
「こういうの普通でしょ。学生だったらさ」
「で、ですが」
というわけで現在、私は彼女らを誘って中庭でのランチを過ごしている。今から食堂に行ったところで時間もないだろうし、そういえば以前に食堂でお世話になったことを思い出して誘ったのだ。命令という形で。
「無駄にパンを買っておいてよかったわー」
試験からの解放感からか、今日は購買でいつもよりパンを多めに買っておいたのが幸いした。こういう無駄遣い癖というか、浪費癖は日本にいた頃と変わっていないなぁと思う。
「このパン達を無駄にするよりはいいし、外で食べると解放感もあるでしょ?」
フロールと取り巻きの二人、いつものメンバーに加えて今日は随分と賑やかになっている。まだ話が弾んでいるわけではないので、きっかけを作るついでに、初参加の彼女らにたくさん買ったパンを選んでもらい渡す。
「それにさ、せっかくの機会だし。こうして話すこともそんなにないでしょ」
「それは、そうかもしれませんが……」
そこで初めてフロールの視線が私から別の人物に移った。
「そういえば、こうして会うのは初めてですわね」
「え?」
フロールの言葉の方向にはキョトンとしているフィアナが座っていた。今まで少し蚊帳の外であった彼女と、その隣にいたアクシアは急にフロールの目線が向けられたことに少し焦っているようだった。
「初めまして。私、高等部三年のカロレラ・フロールと申します。貴女のお姉様にはお世話になってますわ」
「あ、えっと、フィアナです。は、初めまして」
フロールはそのまま彼女の後ろに控えていた少女達も手招くて紹介する。
「こちらは、私の親友であるクレスとトールです。茶髪のツインテールがクレスで黒髪のおさげが特徴なのがトールですわ」
「……どうぞよろしく」
と、少し低めのダウナーな雰囲気のクレスが挨拶をして、
「お会い出来て光栄です」
次に活発そうな明るい声でトールが続く。
「あ、どど、どうも……」
流石に公爵家令嬢とその取り巻きか、フィアナに対しての挨拶にも気品が感じられる。
しかも私にとって重要なのはここにして取り巻きの名前が判明したことだ。そんな名前だったのか。
どうやら彼女らはフィアナのことを例の決闘の時の騒動で知っていたらしく、全く知らないというわけではないらしい。
「貴女は……チュリア家のアクシアさん、でしたわよね?」
そして、最後にフィアナの横に半分隠れていたアクシアに目が向いた。瞬間、アクシアはピョンと跳ねた。確かに跳ねた。
「ひゃ、はひっ、あ、お、おお覚えて頂き、えっ、とと光栄で、です……」
(あ、やっぱり人見知りはするんだ……)
言葉と共にフィアナの後ろに隠れそうになっていたアクシアだったが、何とか顔だけは出して対応している。一瞬、怪訝な表情をしたフロールだったがそれ以上追求はせずに挨拶を済ませた。
そして改めるように私を見る。
「……ここでこうして会えたのも何かの縁でしょうし、折角だからご一緒させて頂きます」
「うんうん、とりあえず食べちゃおうよ」
そんなこんなでちょっとバタバタもしたが、いつもよりもだいぶ賑やかなランチが始まった。
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