56.シスコン悪役令嬢、試験を終える
何だかんだと忙しかった午前が過ぎれば、次はいよいよ魔法試験が待っている。
試験の内容は『自分で考えた独自の魔法を使い、対象の的を破壊する』というもので、その言葉通り修練場には今から魔法に襲われる可哀想な丸い皿のような的がたくさん用意してあった。
さぁ、フィアナと練習した成果の見せ所だ! そう思って滅茶苦茶に意気込んでいたのだが……
「では、結果については一週間ほどで出るので、各自確認するように!」
物凄く申し訳ないが、魔法の試験は何事も問題なくあっさりと終わってしまった。
短かったとはいえ、フィアナと一緒にたくさん練習したおかげで私は何とかゲームで使用される『ブルーローズ』を発動させることに成功した。
私よりも三倍ほどの大きさの氷の薔薇から射出された棘は見事に的に突き刺さり、その威力を存分に示していたし、試験官もそれを見て頷いていたので問題はないだろう。たぶん。
「セリーネさん!」
それでもやっぱり魔力の消費量は多いのか、程よい以上の疲労を感じたので、軽く休憩を取っていたら桃色髪の例の彼女がズンズンとやってきた。
「フロール? どうしたの? というか全然疲れてないのね……」
「試験お疲れさまでしたわ! 私はこれぐらいで疲れたりしませんのよ!」
オーホッホッホ! と笑いだしそうな勢いの彼女だが、これって単純に魔法を使って興奮しているとかじゃないのだろうか。私が魔法酔いをしたように、魔法を使うと興奮する人もいるらしいことは勉強済みだがそれがピッタリとあてはまる。
「それよりも! 試験結果ですわ! 今回は自信ありますから絶対勝たせて頂きますわよ!」
「おー、おう?」
魔法の試験は順番に行われるので自然とフロールの魔法を見ることにはなったのだが、彼女の魔法も中々に凄まじかった。
そもそもその時までフロールの適性を知らなかったのだが、彼女は火の魔法を得意としているらしく、当然創作魔法も火を絡めたものだった。
『さあ、ご覧なさい!』
試験官の合図と同時にそう皆に言い放った彼女は、呪文を唱えた。
その瞬間に、巨大な熱風……火の竜巻が巻き起こった。流石に私も恐怖を感じるレベルの巨大なそれは的を包み込むと過剰なほどに燃やし尽くしてしまった。
『流石ですフロール様ー!』
取り巻きやら他の生徒からの声援を受けるほど見事だったようで、私も度肝を抜かれたのは記憶に新しい。
それを思い出していると興奮しているフロールは距離をかなり詰めてきて、私を挑発するように口を開いた。
「それでは! いつも通り約束通り勝った方の命令を一つ聞くというルールですからね!」
「はいはい…………はいはい!?」
ちょっと待って、何か勝手に知らないルールが設けられてるんだけど!?
「な、なにそれ聞いてないよ!?」
「え? 何を言っておりますの? 今までそうしているじゃありませんか。以前貴女が勝った時は散々恥ずかしい思いをさせられましたからね! 私は忘れていませんわよ!!」
何させたんだよセリーネ! おかげでこっちにお返しが回ってきたじゃないか! と思わず顔を覆いたくなる。
そうか、フロールは私の記憶が入れ替わっていることを知らないから、そのルールが既知であると思って何も言ってこなかったのだ。
「え、ええぇ……」
「ふふふ、実に楽しみですわね! それでは試験の後はすぐに解散していいらしいので、今日は失礼しますわ!」
私が何か言おうとする前に、彼女は言いたいことを言って取り巻きと同時に去っていってしまった。
昼休みの食堂と同じようにポツンと残される。しばらく呆気に取られていた私だったが、いつの間にか周囲の生徒達も殆どが退出していたので、それに合わせるようにそこを後にした。
「とりあえずフィアナに会おう……うん」
今回の魔法の試験に関して力になってくれた彼女や、勉強を見てくれたアイカにだって何かお礼をしないといけない。今頃はフィアナ達の学年の試験も終わっているだろうし、上手く合流出来るはずだ。
やっとフィアナに会える(半日ぶり)。しかし、私に心には心配事が一つ。
「負けたら、どうしよう……」
あのフロールが変なことを言ってくるとは思わないが、前回含めて何をセリーネにさせられたのか気になる。大体碌でもないということだけはわかっているが……それのお返しだったら大変なことだ。
帰りの馬車に向かう私の足取りはいつもより重かった。
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「お帰りなさいお姉様! 試験はどうでしたか?」
「ふぁあああん、フィアナー!」
「ひゃあっ!?」
馬車に乗り込んだらフィアナとアイカ、シグネのメイドペアが既に待っていた。どうやら魔法の試験が一番時間が掛かっていたようだ。
とまあ、それはそれとしてフィアナが真っ先に目に飛び込んできたので妹成分の補充も兼ねて抱きついた。相変わらずふわっとして柔らかくて温かくて良い匂いがして──
「お、おねえさまっ、苦しいですぅ……」
「えっ、あ、ああごめん! つ、つい……」
しかし、ちょっと力を入れすぎたのかフィアナの苦しそうな声に我に返る。ちょっと中毒気味な気がしないでもないけど大体世間一般の妹を持つ姉はこんなものだろう。
「と、とりあえず馬車出しますねー?」
若干引いているアイカの合図で馬車がゆっくりと動き出した。
その帰り道の途中で試験について語り合う。
「それじゃ上手くいったんですね! よかったぁ……」
「フィアナがたくさん練習に付き合ってくれたからよ。本当にありがとう」
「いえ、お姉様のお役に立てたなら嬉しいです!」
本当に健気で出来た妹だ。もう一度抱きつこうとする気持ちを押さえるだけで精一杯である。
そんな溢れる思いを何とかまぎらわそうと筆記の方を手伝ってくれたアイカにも礼を言う。
「アイカもありがとうね。貴女のお陰で筆記も何とかなったわ」
「いえいえー、お嬢様の覚えるのも早かったですし、あれぐらいならお礼なんていりませんよー」
実際短期大容量記憶型の脳をしているため、きっと数日後には綺麗さっぱりになってしまうだろうが、乗り越えられたんだからオッケーとした。
そこで話は変わってフィアナの試験のことになる。
「筆記はシグネが付きっきりで教えてくれたので大丈夫でしたよ!」
フィアナは今年からこの学園に入学したため、勉強のレベルは格段に上がっていたが、そこはしっかりとシグネがサポートしてくれたという話だった。
「フィアナお嬢様も大変覚えが素晴らしかったです。教えていてスラスラと進んでいくので驚いたくらいですから。きっと元より才覚があるのかもしれません」
「そ、そんなことないですよ……シグネが教えてくれるのがうまかっただけで……」
誉められ慣れてないのかシグネにそう言われたフィアナは顔を赤くして嬉しさを隠せないと思ったのか俯いてしまった。そういった仕草もフィアナがやると心に響くから辛いものだ。
「シグネもありがとう。これで私達は晴れて自由の身になったわけだし」
「自由の身って、別に捕まっていた訳じゃないんですから……ですが、お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください」
私の言葉に呆れたように言うシグネだったが、私にとって試験なんて刑の執行のようなイメージしかないんだからしょうがなかった。
とにかくこれで前期試験は終了。次に来るのは収穫記念の長期休みだ!ほとんど毎日のようにフィアナと過ごせると思うと心が躍る。
「あ、そういえば試験が終わったらアレですね」
ふと思い付いたようにフィアナが顔を上げる。どうやら姉妹同士同じ事を思っていたらしい。これは最早心で繋がっているといって過言では……
「王家主催のパーティ、でしたよね?」
「ああ、そうですね。収穫祭の時に行われる予定の……よく覚えてましたね?」
「はい! 凄く賑わうと聞いていたので楽しみで……」
「…………」
「あれ、セリーネお嬢様ー? どうなされましたー?」
「あぁ……そうだった……」
全てを諦めたような声と同時にボテンとフィアナの膝に私は倒れこんだ。
「お、お姉様? どうしたんですか? おねえさま???」
「あああ、ううぅー」
試験やら何やらに気を取られてすっかり忘れていたが、ゲームでもあった確定イベント『収穫祭記念パーティ』があったことを、フィアナのおかげで思い出してしまった。
礼儀作法、テーブルマナー、挨拶、ダンスetc……etc……
「詰んだ……」
「お姉様? お姉様!?」
どうやら一難去ってまた一難のようである。
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