49.シスコン悪役令嬢、思わぬ教師を見つける
馬車に乗り込むといつものようにアイカが待っていた。
「お帰りなさいませー」
「ただいま。ごめんね、わざわざ待ってもらって」
相変わらず間延びした声に返事をして座る。いつもフィアナと帰るときはシグネ含めて四人で帰っているが、今日みたいな日はわざわざ馬車を2台用意してもらうことになるので何だか勿体無いし、申し訳ない。
「お待ちするのも私の仕事ですから、お気になさらずー。あ、だしてくださーい」
アイカが合図すると馬車が動き出す。いつものことだけど馬車が揺れると彼女のある一部分も目立つように弾んで自然と目が吸い寄せられる。
「……どうしたんですかー?」
「……いえ、なんでも」
別に胸が羨ましいんじゃないんだからね!
#####
「あの、お姉様?」
「んー?」
「さっきからずっと鏡の前で何してるんですか?」
「いや、私だってないわけじゃないよなぁって」
「???」
時間は過ぎて私の部屋。夕食も入浴も済ましてあとは寝るだけとなった時間。
私は放課後補充できなかった妹分の補充のためフィアナを部屋に招いていた。勉強は後からしますはい。
「まあその内育つからいいや。隣座っていい?」
「もちろんです。どうぞ」
フィアナの座っていたソファーにお邪魔する。彼女は私が座るとすぐに空いている距離を縮めるように寄ってきた。
(ああもうかわいいなぁ!)
最近はフィアナとの関係は良好の一途で、特に用がなくても一緒に過ごすことも多くなっていた。
そのおかげでだいぶ警戒心もなくなったのか、物理的に距離も縮まっているのが個人的に素晴らしいと拍手喝采したい。
「最近学園はどう? あれから色々と大変みたいだけど何もない?」
ただ話さないのもあれなので話題をふる。フィアナは私の問いに少し考えて答える。
「うーん、何かと囲まれるとちょっと大変ですね……」
「そりゃそうよね。嫌だったら私が何とかしようか?」
こちらには身分ぐらいしかないけど注意すれば露払いは出来るだろう。だけどフィアナは首を横にふる。
「わざわざ悪いですし、それに前の時と比べればマシなので大丈夫ですよ。ありがとうございます」
前、というのは学園に入った頃だろう。まだ立場が悪かったフィアナが蔑まれていた時期だ。
「フィアナは怒ってないの?」
「え? 怒る?」
キョトンとするフィアナに私は聞く。
「私だって最初はフィアナに、その……きつく当たってたし、学園でも差別的な扱いを受けてたんでしょう? それなのにフィアナの立場が変わったら急に近寄ってきて、怒りたくはならない?」
「うーん……」
そう、手のひらを返したのは私を含めて大勢いるはずだ。まぁ私は意識ごと返っているから該当するかは怪しいけど、フィアナからすれば調子のいい連中だと思わないこともないだろう。
だけどフィアナは笑って答えた。
「怒るなんてないですよ。きっと皆さんも最初の頃のお姉様のように急に入ってきた私に驚いていただけかも知れませんし、私が魔法の力に目覚めても目覚めなくても、いつかは皆さんが受け入れてくれるとは思ってましたから」
それこそお姉様のように、とフィアナは呟いてコテッと頭を預けてきた。私はそんな彼女を平然と受け止めた。
ように表面は見えるが内面は浄化寸前であった。
(あ、ああ、尊い! なんて、なんて良い子なの……! 自慢したいこの聖女のような妹を全世界に発信したい!!)
他人の目がある場所では今みたいに直接的に甘えてくることはないのだが、私の自室なんかで二人きりになるとこんなことをしてくるようになった。最高か。
「よしよし」
「んん、ふふ……」
尊さに荒れ狂う心を見透かされないように、冷静に冷静にと言い聞かせながらフィアナを優しく撫でる。まだ13歳の少女である彼女は本当はこうして甘えたいんじゃないだろうかとたまに思うことがある。
それこそフィアナの両親が生きていれば……
「お姉様……?」
「ん? ああ、ごめんごめん。考え事……」
流石にそれをフィアナに尋ねる気はない。私が出来ることは両親の代わりではなく彼女の姉としてどっしり構えることだけなんだから。
「フィアナは柔らかいなぁ」
「お姉様も温かい……」
なでなでから軽く抱く姿勢になって身体を預けてくるフィアナを堪能……支えながら、私達はしばらく姉妹水入らずで夜を楽しんだ。
#####
「じゃあお姉様、そろそろ戻ります」
「もうそんな時間?」
名残惜しいなぁと思いつつ、無理を言って引き留めても困らせるだけなので今日の最後の締めとして一度強く抱きしめる。
「おやすみなさい、フィアナ」
「おやすみなさいお姉様。良い夜を……」
もはや恋人のような逢瀬を楽しんだ私はフィアナを見送る。きっと彼女は部屋に戻ってすぐに眠るだろうが、私には今からちょっとやることがある。
「はぁぁ、やるかぁ」
さっきとのテンションとは真逆で、気が進まないことに取り掛かるため、私は授業で使う教材を取り出して机の上に並べた。
「異世界なのにやることが変わらないなんて……」
ため息をつきながら渋々といった感じで私は勉強を始めることにする。勿論、試験対策だ。
しかし……
「やっぱり難しいわ!」
開始数分にして私は投げだしそうになっていた。いくら基礎をちょっと学んだからといっていきなり応用に近いものがわかるわけなかった。
「前よりは少しわかる気はするけど……やばいなぁ、やばいんじゃないかなぁ」
やはり一人でするにはまだ早いのだろうか。それなら教えてくれる人を探すのが手っ取り早いかもしれないがそれも当てがない。
どうしたものか、そう悩んでいたら部屋にノックの音が響いた。
「お嬢様、まだ起きていらっしゃるんですかー?」
「アイカ?」
恐らく部屋の明かりがまだついていたから声を掛けたのだろう。アイカが扉から顔を覗かせた。
「もう夜も遅いですよー?」
「あー、うん。ちょっとやることがあってね」
アイカは私に断って部屋に入ってくる。基本的に彼女は住み込みで働いているわけじゃないため夜になると帰るはずだが、どうして深夜なのにいるのだろうか。
「たまに遅くまで残る時もあるんですよー」
気になった私が素直に聞くと彼女はそう答えた。シフトみたいなものなのだろうか。そこら辺の仕事事情は私の知らないところなので下手に突っ込むことはない。
アイカは私が机に向かっていることに気づいて、載っている教材に目を移す。
「わぁ、懐かしいですねぇ。そういえばそろそろ試験の時期ですかー」
それを見てアイカは懐かしんでいる。
ひょいと教材を持ってウンウンと頷いていたが、それを見ていた私は衝撃を受けて目を見開いていた。
「アイカ、わかるの!?」
「……一応習ってましたからねぇ。あんまりあの時と変わってないんですねー」
「え? え? アイカって、え? 習ってた?」
「……? リトルリア学園は私の母校ですよ?」
「え、えええええ!?」
自室に私の声が響いた。
「どうしたんです? そんなに驚いて?」
「だ、だってそんなこと聞いたことないわよ!?」
「まぁ言ってませんでしたからねぇ。特に言う必要なかったですしー」
それもそうかと思うところもあるが、今の私には物凄く重要なことだ。
「じゃ、じゃあ、アイカって魔法学とか……わかる人なの?」
突如現れた一筋の希望。アイカの答え次第では絶望な試験に光が差すことになる。
そんな彼女は少し間を開けて答えた。
「……わかりますよ、って言ったらどうしますー?」
「教えてくださいお願いします!!」
なりふり構っている場合ではない。私が机に頭を打ち付けるぐらいの勢いでお願いすると彼女は少し困惑していた。
「えーっと、お嬢様は私が勉強出来ることには驚かないんです?」
「え?」
どういうことだろうか。確かにアイカはぼんやりしていることが多いし、たまにドジもするけど凄く器用なところもあるし、何だかんだ何でも出来そうな印象を持っていた。
「……だから別に勉強が出来ても驚かないけど……というか今の私にとっては凄くありがたいし?」
そのままそう伝えるとアイカは少し嬉しそうに微笑んだ。いつも見る笑顔とは違うそれに呆気にとられてしまう。
「……そうですかそうですかー。それなら、はい。いいですよー。といっても私が覚えている範囲になっちゃいますけどー」
「本当!? ありがとう、ありがとう……これで姉として威厳を失わなくて済むかもしれないわ……」
そういうとアイカはいつも通り「あははー」と笑う。
ただ、今日はもう遅いので明日から勉強に取りかかることになった。とにかく試験に対して嬉しい進展があったことに私はホッと胸を撫で下ろした。
試験まで日は少ないが、頑張るしかない。
ブックマークや評価、感想などありがとうございます!
次回の投稿は明後日の23時頃を予定しております!しばらく二日おきの投稿になると思いますが、よろしくお願いいたします!




