46.シスコン悪役令嬢、壁にあたる
私がセリーネとして目覚めてから様々な事があった。
フィアナとの仲直りから始まって、左右全くわからない学園生活、アクシアとの出会い、バリスとの決闘からのメイド体験などなど。
「濃かったなぁ」
とにもかくにも私が学園の高等部三年になってから3ヶ月が経った。日本でいうところの7月という認識でいいだろう。
そしてそんな私には今、一つの楽しみがある。それは今朝の担任の挨拶で明かされた。
「もうすぐ収穫期に伴う連休が始まりますが、皆さんはこの学園の生徒として規律ある行動を取り、決して非行に走らない事。いいですね?」
この国、というかこの世界に明確な季節という概念はない。一年中暑い地域や雪が降り続けている地域がそれぞれ存在する形である。
私の住むこの国は基本的に温暖な気候が続き時期によって少し寒い日があるくらいだ。
故に夏休みとか冬休みなんていう言葉はないのだが、その代わりに収穫記念休みというものがある。
これは名前の通り作物の収穫時期を祝すもので、この期間は学園の生徒達は休みとなるのだ。そう、言ってしまえば夏休みと同じようなものである。
「楽しみだなぁ……そうねぇ、どこかお出掛けしてみましょうか? 海でも山でもいいわね……フィアナはどこか行きたい?」
「え? そ、そうですね。私はどこでも嬉しいですけど……でも、それより先に……」
「はぁー、一日中ダラダラするのもいいわねぇ。部屋の中でお茶とお菓子を用意して」
「……これはたぶん、現実逃避ってやつ」
時間は昼休み、学園の広い庭園の隅っこに私達の姿はあった。ここ最近はフィアナに「手の平クルー」をした連中が何とか彼女を囲もうと誘いの手を伸ばすが、毎回私が弾き飛ばすようにしている。
そんなわけで大体は私とフィアナ、そして先程「現実逃避」などと訳のわからないことを言ったアクシアで食事をするのが基本となっていた。
「何よ現実逃避って。私はいつもフィアナを見てるわよ」
「えっ」
私の発言にフィアナは一瞬驚くとすぐに顔を赤くする。そんな彼女を可愛いなぁと思っていると、それを邪魔するようにアクシアがため息をつく。
そしてタップリと間を溜めてから、こちらに言い聞かせるように私にとっての強烈な呪詛を吐く。
「……定期試験」
「うっ」
その言葉が耳から脳に達したて理解した瞬間、思考が拒絶反応を起こし私は呻きを上げる。
しかし、アクシアは私を虐め続ける。
「……魔法実技試験」
「うぅっ!!」
グサリ、と見えない剣に体を刺されたように私はお腹を抑えて丸まる。「お姉様!?」とフィアナが駆け寄って背中を擦ってくれなかったらこのまま死んでいたかもしれない。ありがとうフィアナ。
だから、まさかフィアナからも矢が飛んでくるなんて思ってもいなかったわけで──
「だ、大丈夫ですよ! 試験を乗りきったら王国主催のパーティーがありますから!」
「はぐっ!!!」
「えっ!? お姉様? ど、どうしたんですかお姉様!?」
私は丸まったまま横にコテンと倒れるとそのまま動かなくなった。ああ、ここに来てこんな壁が迫ってくるなんて思ってもいなかったなぁ……
「ショックで倒れてもフィアナの膝に頭を乗せるなんて……」
呆れたようなアクシアの呟きは私には届かなかった。
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期末テスト、定期考査などそれは様々な呼び方があるが、それを好きな学生は日本でも異世界でも少数だろう。勿論私もだいっきらいである。
この世界では前期試験と後期試験に分けられて年に二回テストが行われている。これはゲームでもあったことでその時のフィアナの能力次第で物語が変わる仕組みだった。
そしてその試験と一緒に行われるのが魔法実技試験である。こちらも同上でストーリーに関わってくるわけだが、今はそんなゲームのことを思い出している余裕はない。
(出来るわけないじゃん!?)
残念ながらセリーネでありながら私は日本にいた頃の知恵しか持っていない。そもそも美幸という人物も中々に勉強の分野では残念な感じだったが、それに加えてこの世界には魔法学という未知の教科がある。
「アクシア、虐め、いけない」
「何でカタコト……それに虐めじゃなくて現実……あと二週間後」
「あぁあぁ、具体的な日数をあげないでぇ……!」
そう、私は無知だ。一般教養的な部分は日本とそんなに変わっていないため、とりあえず大丈夫だが、魔法学とこの国の歴史とかの社会にあたる教科は致命的である。
アクシアは私の真実を知っている唯一の友人で、何とか助けてくれないかと懇願したのだが……
「流石に……高等部三年の科目は無理……」
と、バッサリ斬られてしまった。
魔法実技試験も同じだ。やることはそんなに難しいことではないらしいが、まだ私は単純な氷魔法しか使ったことがなく、少しでも複雑なものは出来るか怪しい。
ただ、これについては一週間前に何をするか通知が来るらしいので、それを受けて対処すればいいかと考えている。
そして、今の私にとって一番の問題がフィアナの話した奴だ。
「お姉様……パーティーに行きたくないんですか?」
そう、収穫期の記念で毎年行われる盛大なパーティーがある。王家主催のそれはかなりの規模でたくさんの人々が集う豪華な催しだ。
当然、ゲームでも一大イベントとして設けられる。ゲームではエトセリア家としてフィアナもシンプルで地味目なドレスを着て参加するのだが、周りからはそれを失笑され馬鹿にされる。それで恥ずかしくなって帰ろうとしたところをその時一番好感度の高い人物がダンスに誘うという、まあ王道な展開だ。
ちなみに私も当然参加していて、攻略対象と踊るフィアナに激しく嫉妬する。今だったらフィアナと踊ろうとしたやつを吹き飛ばすだろうが。
「ダンス……礼儀作法……」
「あ、アクシア、ど、どうしたらいいんでしょう?」
「……とりあえず正気になるまで、膝枕のままで……」
このパーティーの問題は、私が公爵家令嬢であることだ。基本的に身分が上であるほどダンスや作法のレベルは高いと考えられる貴族の世界。そこに普通の女子高生が突然入れるかと言われれば答えは「NO」だ。
ダンスも出来ない、貴族のマナーもわからない小娘がパーティーで目立ってしまえばばばbbbb……!
「ああぁううぅっ……!」
「お姉様!?」
「……とりあえず……頭を撫でてあげて……」
「えっ!? こ、こうですか……?」
あぁ、フィアナの柔らかい手が頭を優しく……思考が、思考が溶けて……
「ハッ!?」
「お姉様!? 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、フィアナ……ありがとう、大丈夫よ」
「あぁ、良かった……」
「……なにこれ」
危ない危ない、現実逃避しすぎて精神ごと逃避させるところだった。フィアナの膝と手が無かったら危なかっただろう。流石フィアナだ。
とにかく課題という壁が立ち塞がりまくっているので整理しよう。当面の問題として大きく分けるなら
・筆記試験の対策
・魔法実技試験の対策
・パーティーでのダンスとマナーの習得
以上の3つだろう。これを二週間以内に何とかしなくてはならない。二週間……にしゅうかん……
「フィアナぁぁ、膝ぁぁぁ」
「え、えええ?」
やっぱり現実逃避していた方がいいかもしれないほど、私は追い詰められていた。
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