41.シスコン悪役令嬢、第一王子と対峙する
声の先にはゲームでの王道な攻略対象と言われるアランが興味深そうにこちらを見ていた。
「あ、ああア、アラン様!? どうしてこちらに!?」
驚いて声を出したのはミリだった。フィアナも予想外の人物に呆気に取られている。
私はゲームで見飽きているから、そこまで驚き自体はなかった。
「珍しく茶の時間にお前が来なかったんでな。それでイリサに聞いたらここら辺にいるはずだと」
「お茶……? ああっ! うそ、もうこんな時間!?」
何やらミリだけが慌てふためいていた。彼女は物凄い勢いで謝罪するように頭を下げた。
「す、すすすいません! すぐにお持ちしますー!!」
そしてそのままやっぱり物凄い勢いでどこかに走っていってしまった。私達を置き去りにして。
「相変わらず賑やかな奴だ」
「申し訳ありません、アラン様」
「いや、別に責めてるわけじゃない。むしろあれぐらいがちょうどいい」
そして、私達を放って意味ありげな会話をする王太子とメイド長。フィアナは只々よくわからずに目を点にしているし、私も流石に無視されっぱなしは何だか気まずい。
と、そう思っていたらアランはこっちの意志を感じ取ったように向いて口を開く。
「すまなかったな。愚弟のとんだ思い付きで面倒させて」
その口ぶりからするとどうやら一部始終を知っているらしい。というか知らないわけもないか。
「いえ、べ、別にこれぐらいは何ともありません、わ」
しかし、ここで一つ問題が起きた。
「……お姉様?」
そう、言葉遣いである。
今更と思われるかもしれないが、一応目の前にいるのは王位継承者に最も近い存在で、馴れ馴れしく接していい相手でもない。
そういう意味ではバリスに対しての接し方とでちょっと矛盾が起きるが、彼はかしこまったのを嫌っているから問題なしとした。
とにかくお嬢様っぽい口調で丁寧に喋らなくてはならない。私はかしこまって言葉を選ぶ。
「元々こちらから挑んだような形でしたし何も問題はありません。それにバリス様も何だかんだ無事ではなかったようですし」
よし、それっぽく喋れている……はずだ。日頃から使う機会がなかったため何だかもどかしいが、とにかくこの場を乗りきらなくてはならない。
そんな私の言葉にアランはクツクツと笑い、思い出すように言う。
「……確かに大変な目にあっていたな。お前はあのこぶは見たのか?」
その言葉で思い浮かべるのは、涙目で二つのこぶを作っていたバリスの姿。
「……くっ、あ、あの姿は、えっ、ええ、とても刺激的、ふふ……でしたね……っ」
一度ツボに入っていたせいだろう、思い出すだけで笑いだしてしまいそうになる。しかしそんな彼の実兄の前でそんなことは出来ない。
そう思って何とか耐えてたのに──
「ちなみに頬を張ったのは母上だが、その時のあいつの顔の形は凄まじかったぞ」
「……っぷ、くく……」
何で彼はそんなわざとらしく言うのか、私は想像して笑わないようにするだけで必死だというのに……
しかし、彼はそこでさらにとんでもないことをした。
「こーんな顔だったぞ」
彼はそう言って、自分の両手を頬に当てて、顔をぐにょんと潰した。
「────」
「────」
「────」
いや、そりゃフィアナもイリサさんも、当然私だって絶句するよ。そんなことをしていい顔じゃないでしょ貴方は!
そして、遂に私は崩壊した。
「ぷはっ! あは、あはははは、な、なにそれ……そんな、バカみたいな顔、だ、だめっ、むり! あはははは!」
耐えられるわけがなかった。それぐらい本当にひどすぎた。少なからず彼は攻略対象よろしく美形なイケメンだが、そんな彼が顔を潰すのを笑う以外にどう反応しろと言うのだろうか。
というかそういうキャラじゃないはずなのに……
「はは、は、ひぃ、ひぃ……」
ついに呼吸困難一歩手前まできて、漸く少し収まった。余韻はまだまだあるけど。
「お姉様……」
「アラン様……」
そしてフィアナの不安げな声と、イリサさんの呆れた声でハッと我に返った。
あろうことにとんでもなく偉い立場である彼に対して滅茶苦茶に笑い飛ばしたのだ。普通に考えれば非常に不敬極まりない行動である。
(や、やば……)
しかも、演じようとしていたお嬢様らしさも皆無だった。その気まずさと共に恐る恐る確認するように彼を見る。
しかし──
(あら?)
彼は怒っている様子は微塵もなく、それどころかニヤリと笑っていた。そして私に口を開く。
「それがお前の素か?」
彼はまるでとっくに私の事を知っているように言った。いや、というか知っていたんだ、初めから。
「……だ、騙したのね!」
その言葉の意味がわかった瞬間、私は敵意を露にするように唸った。
元からお嬢様でないことすらバレていたとあれば、私の演技はなんだったのかという憤りも込めて。
「人聞きの悪いことを言う。寧ろ騙していたのはそっちじゃないか?」
「うぐ……」
確かに素を隠してお嬢様ぶろうとしていたのは事実だ。しかし何故……そこまで接点はないはずなのに、どうして素性がバレていたのだろうか。
「あいつからお前の事は聞いてたよ。元はといえば、俺が原因でもあるがな」
「……?」
そこからやっと説明を受ける。元々私に何らかの変化があったことは彼にはバレバレだったらしい。
「何せ毎日のように挨拶に来て、延々と媚を売ってきた鬱陶しい奴が急に来なくなったからな」
「そ、それは……」
そのことについては私だってわかっていた。
ゲーム内でのセリーネはアランに気に入られようとひたすら詰め寄ったりすることを繰り返していた。それを突然止めることの不自然さは私だって理解している。しかし、全然気のない男に無理矢理媚を売るなんてことは出来なかったのだ。
幸いにして周りの取り巻きやらが怪訝に思って一言言うぐらいで済んでいたから大した問題ではなかったと思っていたのに……
「それで不自然に思って少し探りを入れたら面白いことになっていてな」
「面白い?」
「ああ、なにせ今まで高飛車で傲慢で我儘で何でも自分の思い通りにならないと気が済まない令嬢と言われていた奴が、急に人が変わったように静かになって周りに当たるどころか、物腰が柔らかくなったと大きな噂になっていたからな」
「…………」
そんな風にセリーネは周りから思われていたのか……
知りたくなかった事実だが納得は出来る。ただ、静かになったというのは授業とかついていけないから目立たないようにしてただけだと思う。とんだ勘違いだ。
「そして、もう一つ」
まだあるのか、とげんなりして彼を見ると、その目は私ではなくフィアナの方を向いていた。
「その暴君令嬢が大人しくなったわけに、最近引き取られた少女のことが話題になっていた」
「え?」
突然の指名に怪訝な声をフィアナはあげる。彼女はいきなりで少し驚いている様だ。
「な、なんでフィアナが関係あるのよ」
思わず彼女を半分庇うように立つ。
「それは当たり前だろう。急に物腰が落ち着いた令嬢と、そこに引き取られた少女の時期が一致しているのだから」
正確にはそれは一致していない。フィアナが来てからの一ヶ月はまだ私が目覚めていなかったのだから。
でも、周りからすればその程度の認識かもしれない。そもそも私がセリーネとして目覚めた何て知るわけもない。
「そのことを含めてバリスに話したら興味を持ったらしくてな。たぶんそれが今回の騒動のきっかけかもしれん」
「なるほど……ってじゃあ元を辿れば貴方のせいってことじゃないの!?」
「まあ、そうかもしれん。すまんな」
何という雑な謝罪! いや、確かに直接的には悪くはないかもしれないけど! 腑に落ちない!
「お、お待たせしましたぁ……!」
そしてそんなタイミングでミリが帰って来た。何やら装飾の豪華な配膳用の籠にお茶やらお菓子やら載せている。それらを急いで準備してきたのだろう。
アランはそれを見て満足そうに微笑む。
「来たか。じゃあここからはイリサが引き継ぐ。後は任せたぞ」
「はい、お任せくださいませ」
「え?」
アランの言葉に対してイリサさんが静かに応える。疑問の声を上げたのはミリだ。
「えっと、イリサさんと私代わるんですか?」
「ああ、お前は俺のお茶の相手だろう。さ、行くぞ」
「え、ええ!? ちょ、待って! ああっ、セリーネ様、フィアナ様すみません! また学園でー!」
そのままミリは歩いて行くアランの後ろを籠を押しながら必死に追って消えていった。
「な、なんだったんでしょう……」
フィアナの言葉に私は同意するように頷いた。すると、イリサさんが横から説明をいれてくれた。
「実は、少し前からなのですがアラン様はミリを気に入っているようで……ああしてお茶の間の話し相手としてよく引っ張って行くんですよ」
「へ、へぇー……」
だからその代わりとしてイリサさんを連れてきたのか。自分の為に中々のごり押しっぷりである。
「イリサさんは良かったんですか? 他にも仕事とかあるんじゃ……」
「ああ、書類関係はそれこそ当のアラン様が手伝ってくださいまして……あとの時間ぐらいなら全然大丈夫なんです」
しかし、そういうところは気が回るあたり流石ではある。というか彼はミリを気に入ってるのか。
「……どうしました?」
うーん、と考え込んでいたらフィアナが覗き込みながら尋ねてくる。
「んん、何でもない」
ゲームではフィアナのことを気に入る彼であったが、何があったのか今の状況はゲームとは同じではないらしい。もしもフィアナに興味がありそうだったら釘を刺そうと意気込んでいたのだが、それも不要になりそうだ。
「じゃあ、あと少しですがお二人ともよろしくお願いしますね」
「あ、はい。よろしくお願いします!」
ちょっと色々と急に押し寄せてきた感じがあるが、とにかく今はメイドに集中しよう。
「フィアナ、頑張ろうね」
「はい! 頑張ります!」
それからイリサさん指導の元、メイドとして動き始めた。
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