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4.シスコン悪役令嬢、妹と和解しようとする

 フィアナが来るまでの間、『恋愛には一輪の花を添えて』の内容を思い出すことにする。


 この恋愛乙女ゲームの舞台は剣と魔法のあるファンタジーな世界の学園がメインだ。


 主人公のフィアナは先に話した通り親を病気で亡くしてしまい、どういうわけか我が家と繋がりがあって引き取られることになる。

 色々と突っ込みたいがそこはそういうシナリオだからと納得するしかあるまい。とんでもない話の流れのゲームは他にもあるのだから。


「家名はエトセリアだったわね。家族構成は父と母にメイドがたくさんだったはず。あとは、攻略対象か」


 この世界は階級社会である。国王がいて、その下に貴族がいて、平民がいる。貴族には貴族の階級があったり、平民でもその中で差があったりする。

 ただ、私はフィアナ見たさにゲームをやりまくっていたから、そういう身分的なところはあんまり把握出来ていない。


「私、というかセリーネは公爵令嬢だってことはわかってるんだけど……」


 とりあえず身分が無駄に高かったことだけは覚えている。立場を利用してとんでもない悪役をしてたぐらいだし。


「身分もだけど、これからのイベントのことも考えないといけないわね……」


 どちらかというと注意しないといけないのはそっちだ。


 このゲームはフィアナが学園に通学を始めてからを描くのだが、その間に各攻略対象とのイベントや私とのイベントが盛沢山ある。ちなみに私関連のはフィアナ側にとって大体胸糞が悪いものになっている。ひどい。


「でも、今は私がセリーネだし、フィアナに酷いことが出来るわけはないのよね……そこら辺はどうなるのかしら」


 私が嫌がらせをすることで、それを知ったり目撃した攻略対象がフィアナを助けたりして好感度が上がったりすることもあったがそういうのは軒並み無くなるわけだ。


「うーん、それは今気にしてもしょうがないか……」


 兎にも角にもまだわからないことが多すぎる。根本的な問題のなぜ私がセリーネになってるかということもだ。夢なら夢でもいい、正直嬉しすぎる夢には違いない。理想と思える妹が出来たのだから。だけどそれは問題からの逃避にしかならないこともわかっている。どうしよう。


 そんなことを考えていたら部屋にノックの音が響いた。


「セリーネお嬢様。フィアナ様をお連れしました」


「…………どうぞ、入って」


 やばい、ゲームのことを思い出そうとして何も考えていなかった。謝るだけといっても流石に何も考えずに謝り倒すわけにもいかない。


 ただ、そんな焦りも彼女を見たら吹っ飛んでしまった。


「……失礼、します」


(ぴゃああああ、フィアナ可愛い!)


 フィアナはカップの載ったお盆を持ちながら、少し臆しているように俯きながら申し訳なさそうに部屋に入ってきた。


 そんなフィアナにシグネが何か耳打ちすると、彼女はゆっくりと顔を上げて近づいてくる。何を言ったのか知らないがシグネグッジョブ! と心の中でサムズアップしておいた。


「あ、あの、セリーネ様」


 まるで神秘的な森に住む鮮やかな体毛を持つ綺麗な声で静かに鳴く小鳥のような声だった。一言で言うと可愛い。お姉ちゃんと呼んで欲しい。


「……その、少しでも身体を温めたほうが良いと思ってホットミルクをお持ちしました。その、よかったら……」


 その控えめにこちらを窺うような姿勢に一発で射抜かれた私は、彼女が言い切る前にカップを受け取る。


「あ、あの……」


 すると、有無を言わさずに私がカップを取ったことに驚きながらもフィアナはこちらを窺っていた。私が受け取ったそれをマジマジと眺めていたからだろう。


 もしもこれがゲームのままだったらこのカップを床に落とすなどという死んでもありえないことをするのだが、今は違う。


 私はカップを持ったままシグネに差し出した。


「これは家宝にします。シグネ、このまま完璧な状態で保存して」


「何滅茶苦茶なこと言ってるんですか……」


 割と本気だったのだけど若干引かれた上に断られた。

 とりあえず一口だけ貰うが基本的に私の知っているホットミルクで安心した。設定では料理人に頭を下げてまで頼み込みに行ってるから失敗はないはずだけど、自身を雑に扱う姉に対してのその行動や気持ちがもう尊い。

 今すぐにでも抱き締めたい気持ちを何とか抑え込みながら表情を崩さないように微笑む。


「ありがとう、フィアナ。嬉しいわ」


「あ、い、いえ……セリーネ様がお元気になられて良かったです……」


 今まで冷たく当たってきた(はず)というのに何と健気なのだろうとフィアナを見る。それでも今までの付き合いのせいだろうか、彼女は私を前にして怖じ気ついているようだった。


(こんないい子になんてことを……)


 シナリオとはいえそう思わざるを得ない。

 彼女は両親を失い、それだけでも辛いはずなのに突然我が家に引き取られ、学校も人付き合いも全て一変した。

 しかも貴族の学校にいきなり通うことになり、平民の出身だからと周りには上手く馴染めずしかも義理の姉の私からも邪魔者扱い。

 シグネを除けば彼女に味方はいないのだ。


 普通なら心が折れておかしくない。なのに私の心配までして、何を言われるかもわからないのにホットミルクまで用意して……


「う、うぅ……」


「せ、セリーネ様!?」


 あまりにもその境遇がひどすぎて、気がついたらみっともなくポロポロと涙を落としていた。

 フィアナはそんな私に驚いて駆け寄ってくる。確かゲーム終盤前でも嫉妬に身を拗らせたセリーネを案じていたぐらいだし、元が根っからのお人好しなのだ。流石主人公である。


「ど、どうしたんですか!? も、もしかしてホットミルクはお嫌いでしたか!?」


 フィアナは泣きそうな顔でそう尋ねてきた。それに私は首を振って、そのまま勢いに任せて頭を下げた。


「……なさい」


「え?」


「ごめんなさいぃぃっ!」


「セリーネ様!?」


 そのままワンワン泣きながら今までのことを謝り続けた。終始フィアナは困惑してシグネすらもどうしたものかとオロオロしているようだったが、私には今までの非を情けなく詫びることしか出来なかった。



#####



 私の泣き謝罪はしばらく収まらなかった。後から知ったのだがシグネが軽く人払いをしてくれてなかったら使用人にも気づかれることになっただろう。ありがとう有能シグネ。


「う、ぐすっ」


 そんなわけで久しぶりのマジ泣きだった。恥ずかしくもあるがどうしようもない。


「セリーネ様……」


 フィアナは私の謝罪を何も言わず聞いてくれた。許されなくてもしょうがないと思っていたが、そんな中で彼女は恐る恐るだが、私の両手にそっと手を添えてきた。


「フィアナ……?」


 どうしたのだろうと名前で問いかけるとポツリと彼女が話を始める。


「その……初めてお会いした時は私のことが気に入らないんだろうって、そう思ってました」


 ゲームでのセリーネはそうだった。


「だから出来るだけ粗相をしないようにって、でもやっぱり怒られて、きっと私のことが嫌いなんだって」


 フィアナが紡いでいく言葉に私はブンブンと首を横に振って答える。何としてでもその誤解だけは解かないといけない。


「嫌いなんかじゃない……貴女は大事な家族であり妹なんだもの。今まで酷いことをした私なんかすぐには信じられないと思うけど、本当にそれだけは信じて……」


 端から見れば、最早それは懇願するような姿勢だったに違いない。添えられたフィアナの手に今までの謝罪をするかのように頭を下げて載せる。


 フィアナの柔らかい小さなその手は少しだけ震えていた。


「本当に、いいんですか……私が、平民の私がセリーネ様の家族でも」


「そんな当たり前……ってフィアナ!?」


 見上げようと顔を上げた私はギョッと驚いた。何故ならフィアナが涙を流していたのだ。


「ど、どどどどうしたの!? わ、私もしかして何か嫌なことを!? あ、あわわ……」


 助けを求めるようにシグネを見たが、彼女は表情一つ変えずにこちらを冷静に観察しているようだった。ここにきて完璧メイドを発揮するなんて……!


「セリーネ様……」


「は、はひっ!?」


 泣いているフィアナに呼ばれた私は変な返事をして固まる。


 彼女は泣きながらも聖女の如く微笑んでいた。そのなんという美しさか! 残念ながら今の私にはそれを言い表す語彙力がないのだが、しかしその表情には覚えがあった。


(フィアナがエンディングで見せる……)


 ずっと優しい愛を求めていた彼女は、最後に結ばれた相手にプロポーズ受けて今みたいに泣きながら微笑んで返事をするのだ。そしてそのあとは熱い抱擁を交わして……


「フィアナ……」


 今はエンディングではない。しかしゲームでもないのだ。私はフィアナの細い華奢な腰に手を回してゆっくりと抱き寄せる。


「あっ……」


 最初こそ驚き固まっていたフィアナだったが、ゆったりと抱いたおかげか次第にこちらに身を預けてくる。


「セリーネ、様」


「もうその呼び方じゃなくていいわよ」


「え?」


「私達はもう家族なんだから、ね」


 そういう私の意図を汲んでくれたのか、フィアナは腕の中から小さな、小さな声でちゃんと私を呼んでくれた。


「お、お姉様……」


 思わず感極まった私はギュッと彼女を抱き締めた。たぶんお互いともに泣いていた気がするのだが、それからのことはあまりに泣きすぎてよく覚えていない。

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