3.シスコン悪役令嬢、思い出す
『ふぃ、フィアナです……これからお世話に、なります』
『……あっそう。良かったわね、縁があったおかげでこの家に住めて』
『ご、ごめんなさい、私なんかが……』
『……それでわざわざ私の部屋に何をしに来たの?』
『あ、あの、これから、お世話になるので挨拶を……フォード様から「血は繋がっていないが姉妹のように仲良くして欲しい」ということで……』
『貴女が私の妹?』
『は、はい。良ければお姉様なんて──』
『ふざけたこと言わないで』
『っ!』
『勝手に姉なんかにしないで頂戴。貴女は居候なんだから身分ぐらいわきまえなさい。わかるわよね』
『……ご、ごめんなさ、すいません、でした……』
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「すみませんでした。罪を償って死にます。先立つ不幸をお許しください」
「ま、待ってください!? なにしてるんですか!?」
「姉として失格者の私が生きていても意味はありませんから。ああ、フィアナには『愚かな姉でごめんなさい』と伝えてください」
「な、何を!? いいからその果物ナイフ下ろしてください! お願いですからぁ!!」
ゲームでの初対面の流れ、それを完全に思い出した私はスープと一緒に運ばれてきた果物を切る用のナイフを手に取っていた。慌ててシグネが止めてくれたが止めないで欲しい。もうダメだ無理だ……
「いいんです。あんな暴言を吐いた私には生きる資格はありませんから。シグネ様、フィアナのことをどうかお願いします」
「何ですかその口調!? い、いいから一回ナイフを置いてくださいってば!」
それからしばらく押し問答(攻防)があったが、病み上がりで体力のない私の方が先に折れることになった。
そしてみっともなく咽び泣きを始めた。恐らくシグネの視線はとんでもないほど冷ややかだろう。
「一ヶ月、なんで一ヶ月経ってからなの……」
過ぎた話ではあるのだが、もしも初対面の頃からセリーネとして私が覚醒していればそんなことには絶対にならなかったはずだ。開幕抱きつきすらありえる。
しかし、現実は非情だった。私がセリーネとして覚醒したのはフィアナと会ってから一ヶ月後。ゲームの内容を振り返ってみれば既にアウトなことをやり過ぎている。
まずは先程思い出した初めての顔合わせだ。罵倒もそうだしお姉様呼びさせないとかありえない。まじでセリーネどうなってるの。
そしてこの家に来た翌日から、フィアナはすぐに学園に通うことになるのだが、そこでもセリーネは彼女を無視したり周囲に馴染めないフィアナを嘲笑ったりした。そこは助けるでしょ普通!
そして最も重要なのが今だ。ゲームでは明確な日時が設定されていなかったが、姉のセリーネが病気になるイベントがあるのだ。
(ああ、思い出してきた……!)
フィアナは姉の見舞いに行きたいと思ったが(天使かな?)自身が疎まれていることはわかっていたので悩んでいた。その時にシグネが「セリーネお嬢様がお呼びです」と声を掛けてくるのだ。
それでフィアナはわざわざ厨房の人に頭を下げてホットミルクを作って持ってくるのだが(天使だった)そこからはまあひどい。
セリーネはやってきたフィアナに対して
「病気になったのは貴女が来て精神的に疲れたせい、どう責任を取るのか」
「真っ先に謝りに来るのが常識」
「私にこんな迷惑を二度とかけないこと」
などなど、思い出したくもないがそんなことをひとしきり暴言と一緒に言ったあとに、持ってきたホットミルクを床にぶちまけるのである。
「あれ、やっぱり死んだ方がいいかも」
「なに言ってるんですか……というか悪いと思っているなら謝るべきではないのですか」
シグネとはその場面から本格的に対立していくことになる。確かゲームでシグネは、その時に何も考えずにフィアナをセリーネと引き合わせたことを深く後悔していたはずだ。
「だって……あんなひどいことを言ったらもう、もうダメでしょ? 信用0だよぉ……」
「ご無礼を承知で申し上げますが、確かに今までのセリーネお嬢様の行動は私から見ても酷いと思います。それでもフィアナ様はお嬢様のことをとても心配していました」
「はぁ? 天使すぎる……」
「天使……? ま、まあとにかくフィアナ様と少しでも関係を良くしたいなら謝るべきだと思います。セリーネお嬢様にとっては──」
「そうだ……」
「プライドとかあるとは思い……へ?」
「そうよ! あ、謝らないと!」
そう、今の私はセリーネであってセリーネではない。ちゃんと日本人で朝倉美幸という名前も思い出せる。故に、故にだ!
まだ、このゲームの流れを変えることが出来るかもしれないのだ。
「行きましょう! フィアナの部屋に今すぐ──きゃあっ!?」
飛び上がるようにベッドから飛び出した私だったが、その瞬間に強烈な目眩に襲われてベシャリと床に転がった。柔らかいカーペットのおかげで痛くはないが、病み上がりだったことを再度思い知らされることになる。
「だ、大丈夫ですか!?」
シグネが慌てて抱き上げてくれた。そのままベッドに座らせてくれたがまだ頭がクラクラして思わず押さえてしまう。
「……無理しないでください。三日も寝込んでいたんですから」
「で、でも、謝らないと……!」
「そ、それならフィアナ様をこちらまでお呼びしますから……それならいいでしょう?」
「謝るのは私なのにわざわざ部屋まで呼ぶの……? だったら這ってでも」
「それは絶対やめてください!!」
言い切る前に遮られた。でも普通に考えれば呼びつけるのはおかしいだろう。確かにまだふらつくから危ないけどゆっくり行けば大丈夫のはずだ。さっきみたいに慌てなければ。
そう言った私に対して、シグネは心からため息をついたように息を吐いた。
「本当にセリーネお嬢様ですよね……? 何だか随分と様子がおかしい気がするのですが」
それに「うっ」と言葉が詰まる。言いたいことはわかる。要は以前のセリーネと性格がグルッと変わっているのだからその疑問は当たり前だ。
きっとシグネがさっきから変な反応をするのはそのせいだろうと推測がつく。
だからといって実は違う世界の記憶がーなんて言い出したらすぐに医者を呼ばれるに違いない。
だから、ここは言葉を選ぶ。
「あのね、病気で寝込んだ時夢の中でお告げがあったの」
「は、はぁ?」
「『妹がどれほど尊い存在か、どれほど可愛いかそなたに教示しよう』って」
「…………」
瞬間、シグネはクルリと扉の方を向くと早足に歩きだす。
「待って! 医者を呼びに行こうとしてるでしょ!? ま、ほんと待って!!」
慌てて呼び止めると呆れたように振り向く。一応メイドさんだというのにひどい話だ。まぁ、ゲームの終盤みたいに親の仇のように敵対されるよりはずっといいけど。
「やっぱり診てもらいましょう。夢のお告げなんて言う人じゃなかったですよ……」
「い、いや、そんなことないから! ただ、妹が、家族が如何に大切なのか知ったの! 本当に、お願い信じて……」
そんな私の必死な思いが漸く伝わったのか、シグネは一度考えるように顔を俯かせて、またすぐに顔を上げた。その表情はまだ少しだけ迷いがあるが何かを決心したような凛とした表情だった。
「……一応、信じます。それでもフィアナ様は部屋までお連れしますから。絶対に、絶対に安静にしておいてください。いいですか?」
「……うぅー、わかったわよ。でも無理矢理じゃなくていいからね? もしも会いたくないって言ったらそれを伝えてくれたらいいから」
「フィアナ様はそんなことを言う方ではないと思いますが……わかりました。その時はお伝えします」
「うん、そしたら潔く死ねるわ」
「ちょくちょく物騒な事言うのやめてくれません!?」
何だかんだで最後の最後まで安静にしておけと釘を刺された後、シグネは部屋から出ていった。よくよく考えればゲームシナリオ通りに進んでいる。
もしかしたらゲームのセリーネも「謝りたい」といってわざと呼んだのかもしれない。それだったら姉妹の関係改善に期待したシグネが呼びに行ったのも理解できる。
結局、フィアナとシグネ二人の信頼を裏切るわけだが。
「セリーネのバカ! 何してるのよー!」
そう言って自分で頬をつねると確かな痛みを感じた。
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