21.純粋無垢な妹、その過去
フィアナ視点です。
また、今回設定を少し変えたところがありますので、後書きで確認頂ければありがたいです。
「再開しようとしたら寝てるなんて……」
私のお付きメイドであるシグネさんが呆れたように呟きました。
「最近は何か忙しそうにしてましたから、きっと疲れてるんじゃないですかねー」
シグネさんの言葉にアイカさんがのんびりと答えます。私はその言葉を聞きながら隣で寝息を立てている方に目を向けます。
「すぅ、う、うぅん……」
エトセリア公爵家令嬢であり私の義理のお姉様になる、セリーネ様。彼女は今、机に伏して穏やかに寝ていました。
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別にお金持ちになりたいとか、権力が欲しいとかそんなことを思ったことはありませんでした。ただ大好きなお母さんやお父さんと幸せに暮らせれば何もいらなかったからです。
決して裕福な暮らしではありませんでしたが、小さな町と温かい家族や友人に囲まれて確かに幸せでした。
そう、あの日までは。
「お母さん、お父さん……なんで……」
原因はわからないけど簡単に命を奪ってしまう流行病。どうして私の両親だけがそれに罹り、どうして命を落とさないといけなかったのでしょうか。
『ごめんね、ごめんねフィアナ……』
お母さんはずっと私に謝っていました。そんなことする余裕もないほど辛いはずなのに、最期の時まで私を心配していました。
『大丈夫だから、だから早く元気になって……』
何度も伝えたその言葉はもう両親に届くことはありませんでした。私は初めて目のあたりにする死という概念に涙を流すことも出来ず、それからは茫然と家の中でずっと椅子に座って何も考えずに過ごしていました。
食事も睡眠もまともにとる気力はなく、正直に言えばこのまま死んでしまってもいいんじゃないかと本気で思っていました。
私にとっての世界には両親という存在が必要不可欠で、だというのにその二人とは二度と会えないという事実だけが私の中を支配します。
「う、ぇっ……ぐ、すっ」
そんな私が涙を流すことが出来たのは両親が亡くなってから数日後。通っていた学び舎にも行くこともせず、誰とも会わず、ただ家の中でジッとしていた時ふと、自覚したのです。
いつもは聞こえる料理を作る音も、優しい声も何もかも聞こえず、ただ静かな空間の中で、初めて両親とは本当に会えないことを。
「え、ぐ……う、う、うわあぁぁぁぁん……!!」
そして私はやっと大声で泣いたのです。どれくらいの時間泣いていたかわかりませんが涙と声を枯らすまで泣いていたので長い時間だったと思います。
ただ、泣き続けたせいで漸く知りたくなかった現実に直面することになりました。
現実は決して優しくありません。親を失ったからといって誰かが何かをしてくれるというわけではないのです。もしかしたら生活に余裕がある人なら救いの手を差し伸べてくれる人もいるかもしれませんが、生憎この町はとても小さくてそんな期待はできません。
「……明日から、どうしよう」
ポツリと呟かれた絶望の混じる声と一緒に、お腹が情けなく空腹を告げました。とにかく明日から生きるために働かないといけません。
心の片隅には一時期死の一文字がありましたが、今はそれを受け入れることはできませんでした。
死ぬ勇気もないし、何よりそうしたらきっと両親は悲しむから。だから私は何とか生きようとしたのです。
それから転機があったのは数日後でした。私は通っていた学び舎を辞めて町で手伝いを始めていました。私の年齢ではまともに働くことは出来ないのでそれが精一杯なのです。
ただ、小さい町なので私の事情を知っている方は多く、賃金はたくさんは貰えませんでしたが食べ物をくれたり生活に必要なものを支援してくれたりと、とても嬉しい優しさをくれました。
そんな日々を過ごしていた時、とある方が私の家を訪れたのです。
「貴女が、フィアナ様でしょうか? エトセリア家の使いの者です」
その方はとても身なりの整った男性の方でした。家名を持っているということは貴族だとわかったのですが、エトセリア家とはどこの家でしょう? ただその男性の服装を見るにかなり裕福な家だろうと想像はつきます。
「今回の訃報を受けて、ご主人様は大変悲しまれておりまして。それで一人娘である貴女がいることを思い出し、急遽私を遣わせたのです」
「え、えっと……?」
私は混乱していました。だって、エトセリア家なんてお父さんやお母さんの口から聞いたこともないし、繋がりも知りませんでした。
だからかなり警戒をしましたが、その使いの方もそんな私の様子に困惑しているようでした。
「えっと、両親からエトセリア家について聞いたことは……?」
「その、ごめんなさい。何も……」
「そうだったんですか……てっきり知っているかと思い、大変失礼致しました」
それから、男性の方はゆっくりとわかりやすいように説明してくれました。
昔から私の父とエトセリア家のフォード様という方は交流があったらしいのです。どうして小さな町に住んでいた父と繋がりがあったのか、どうしてそれを少しも私に話してくれなかったのかはわかりません。
ただ、事実としてそのフォード様が私さえ良ければ家に招きたいと言ってくれていることでした。
「こ、ここ公爵家の方なのですか……!?」
「はい。現在はご主人様であるフォード様にその奥方様であるマリン様、そしてご令嬢であるセリーネ様がいらっしゃいます」
「し、信じられません。どうしてそんな、だって父は何も……」
「そうですね。どうして私もお話していなかったのか疑問ですが……」
もしかしたら騙されているのかもしれないと、警戒心を隠せない私に男性の方は手紙を一つ渡してくれました。
「フォード様からのお手紙です。今日はもう遅いので一度失礼致します。また訪ねますのでその時にお答えを聞かせてください。あ、決して強制じゃないですから! ただ、本当にフォード様は心から心配されているのでご一考して頂ければ」
「……はい」
そして一礼して去っていく男性の方を見送った後、私は一人悩むことになりました。
「お父さん何も言ってなかったけど……どうして教えてくれなかったんだろう……?」
お父さんは少し無口でしたが、凄く優しい人でした。いつもお母さんや私のことを第一に考えてくれていて、とても立派なお父さんです。
だからこそ公爵家の人と交流があることを黙っていたのが不可解でした。まさか何か悪いことをしてたわけじゃないですよね……
ただ、そういう不安なところを除いてしまえば今回の話はありがたい話に違いありません。
生活が苦しいのは事実ですし、周りに迷惑をかけ続けるのも辛いです。私がエトセリア家に引き取られればそうした事は全部解決しますし、私も衣食住には困らないでしょう。
引き取られてどういう扱いを受けるかだけは不安でしたが。
「…………」
ですが、どの道断るという選択肢は最初からなかったのだと思います。
「まぁ、フィアナちゃん引き取られるの!? 貴族様のお家に?」
「うーん、でも確かにその方がいいのかな……一人でいるよりは」
「もしも酷い家だったらすぐ帰ってくるんだよ! 助けることぐらいは出来るからね」
お手伝いをさせて頂いていた所や、お世話になった人々に挨拶をした私は、そういえばいつ来るかわからないエトセリア家の使いの人を待つことにしました。
それから彼が来たのは割とすぐで、身支度を整えていた私を見て少しホッとしているようでした。
「荷物を纏めているということは、そういう事でいいでしょうか?」
「……はい。世間知らずで迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします」
「フォード様もきっと喜ばれると思います。それでは向かいましょう」
きっと私が誘いを受けるとわかっていたのでしょう。家の前には立派な馬車が停まっていました。
そこに私は多大な緊張を感じながらゆっくりと乗り込んだのです。
ブックマークや評価、感想などありがとうございます!
少し思うところがありまして、フィアナの年齢を13歳にしました。
それを踏まえて全体的に修正が入っておりますが、物語自体は変わっていないので読み直す必要はありません。
急な変更で申し訳ありませんが、よろしくお願いします!
次回の投稿は明日の11時頃を予定しております。よろしくお願いします!




